オトメチックエゴイスト〜第四の夜〜


いつもは素顔を隠しているあなた。
なのにあの人には簡単に素顔を見せちゃって。
あの人になら、すべてを見せられるっていうの?
そんなの嫌。
私にも見せて。
私にも囁いて。
その愛しいほどの、四つの音を。





浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第四話:「不二裕太」





「好きだよ」
乾さんがそう言った時、不覚にも俺の鼓動は高鳴った。
初めて見た素顔。そして。

「好きだよ」

別に乾さんは微笑んでいたわけでもなかったのに、それはとても暖かくて、優しかった。
凄いと、キレイだと、思った。
一般的に言う綺麗と称されるモノではなく、「好きだよ」とたったその四つの音が全てを現わしている様で、それがどうしようもなくキレイだと、思った。

同時に、苛立った。

乾さんのその眼差しは手塚先輩、ただ一人に注がれていて。
乾さんと手塚先輩は仲が良い。
どういう経緯で知り合い、信頼し合えるようになったのかは聞いた事はない。きっとテニスから始まったんだろうとは思うけれど。
ただ、二人ともあまり感情を表に出さない所為か、一見ではわからないけれど、よく見ていると他のクラスメートたちとは接し方が僅かに違う。
だから、仕方ないと思っている。
けれど、それでも、その視線を俺に向けて欲しいと思った。
「乾さんの眼鏡外したトコ、初めて見ました」
何だか入り込めないその雰囲気が嫌で、そう声をかける。
「普段は外すことは無いからね」
乾さんはそう言ってまた眼鏡を掛けてしまった。
そしていつもの真意の汲み取れない彼に戻る。
目は、何より感情を物語るのだと姉貴から聞いたことがある。だから、本当に伝えたい事はちゃんと視線を合わせ、自分の目の…心の色を相手に見せなさいと。
もしかして、乾さんはあの分厚い眼鏡を掛けることで自分の感情を見えない様にしているんじゃないだろうかと思った。
元々表情が小さい乾さんなら目元さえ隠してしまえば、他人が乾さんの感情の揺れを悟ることは出来ないだろう。
だからと言って、どうしてそんなことをするのかは分からないけれど。
そして、その素顔を曝す事が出来るのは……

「手塚、そろそろ教室へ戻ろうか」

手塚先輩を、凄く、羨ましいと思った。






(第五話に続く)
(2001/10/14/初出)
(2007/07/23/改定)

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