オトメチックエゴイスト〜第六の夜〜


あなたって本当にずるいのね。
なんにも知らない顔をして。
ただ優しく微笑んで。

その四つの音であの人たちを縛り付けて。

本当に、ずるいのね。






浅瀬を歩む君の滑らかな脚




第六話:「乾貞治と不二周助」





今日はテストが近いこともあり、部活はいつもの半分程度の練習時間で終わった。
「お先失礼します」
着替え終わった乾と手塚は三年や他の部員たちと軽い挨拶を交わして部室を出る。
「今日は?」
「裕太君とスクールまで行って来るよ」
昨日、何かの会話のはずみで部活が早く終わると告げたところ、裕太が指導してほしいと申し出てきた。これを断る理由を持たない乾はその場で承諾したのだ。
多分そろそろ校門に裕太が待っているだろう。
「あれ?不二、どうかしたのかい?」
門へと向かう途中、先に帰ったとばかり思っていた不二が二人を待ち受けていた。
「ちょっと良いかな」
乾に歩み寄り、ちらりと手塚に視線を送る。
「………」
視線の意味を察した手塚は、幾ばか乾と言葉を交わしてその場を立ち去っていった。
「乾と手塚ってさ、付き合ってるの?」
「は?」
乾がきょとんとした声をあげる。その反応に不二もあれ?と小首を傾げる。
「違うの?」
「俺と手塚はそんな仲じゃないけど?」
どうやら嘘を吐いている雰囲気では無い。
「へえ…じゃあ、質問を変えるよ。僕や大石のことは好き?」
「好きだけど」
「手塚への「好き」と僕らへの「好き」は同じ?」
「?」
その質問の意図が掴めず、乾は眉を顰めた。
だが不二はそれに構うこと無く質問を続ける。
「ねえ乾、なら裕太と手塚ではどう?」
「…それは…?」
乾が言い淀んでいると、不二の顔から笑みが消える。
珍しく真剣な面持ちをした不二に、乾はこれまでの質問が冗談に近く、ここからの話が彼にとって重要な事であることを察する。
「乾、誰かに恋をしたことはある?」
「何?」
何を問われるのかと内心身構えていただけに、質問されたその内容に乾は首を傾げた。
「よくないと思うんだ。君のその愛情は。隔てが無さ過ぎる。確かに手塚や裕太には必要な感情かもしれない。でも、やっぱり危険だよ」
それは密やかに与えられた者の心に棲み、その愛情を向けられないと不安になる。
そしてその存在を知ってしまった裕太も、それを己に向けて欲しいと願うようになった。
「裕太が手塚をどう思ってるか、知ってる?」
尊敬の陰に時折覗く嫉妬と羨望。
「乾がそうやって優しくするから勘違いされるんだよ」
「人を誑しみたいに言うなよ」
「誑しの方がマシだよ。君が優しくなるのは誰にでも、ってわけじゃない」
手塚はその整った容姿と才気溢れる実力から他から一線置かれ、手塚自身、その性分から他と一線を置いてきた。
裕太は兄を超え、自分の存在を認めさせる事に躍起になり、人との交流よりテニスに打ち込んだ。
まだ子供と称される彼らは孤独に慣れることはできても、孤独を消す事は術を知らない。
乾のその他意の無い情は、彼等の心が何より欲しているものであり。
「普通の猫より捨て猫の方が懐きが早いのと一緒だよ」
孤独を抱えた存在は暖かさに弱い。
押し付けがましい熱さでもなく、突き放されるような冷たさでも無い、ぬるま湯の暖かさに。
「どうやら手塚は自覚しているみたいだけど、裕太は違う。このままだと君に依存してしまうだろうね」
「それで、俺にどうして欲しいんだい」
相変わらずの無表情の乾に、分かってるくせに、と不二は笑った。

「裕太を突き放して欲しいんだ」







(第七話へ続く)
(2001/10/19/初出)
(2007/07/26/改定)

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