オトメチックエゴイスト〜第九の夜〜
ずっとあなたを見つめてきたわ。
離れてもずっとあなたを想ってきたの。
あなたに相応しくあるよう努めてきたの。
あなたの視線の先に立つ為に。
あなたを囚えるあの忌まわしい存在を消し去る為に。
必ず認めさせてみせるわ。
あなたをあの男から解き放ってあげる。
待っていてね。
浅瀬を歩む君の滑らかな脚
第九話:「観月はじめ」 それから幾度となくスクールへ通った。 勿論乾は部活が早く終わる日や休みの日のみだったが。 彼はスクールへ行っても専ら指示を出したり、データを纏めたりしており、秋を迎える頃には彼はスクールのコーチたちと意見を交し合うほどこのスクールに馴染んでいた。 今日も部活が休みだからと彼もスクールへと来ていた。 乾は他のコーチとの話があるからとまだロビーに居る。裕太は先にコートへ入るとすっかり馴染みとなったコーチに声をかけ、軽く打ち合った。 「ねえ君」 一息ついた所で声を掛けられた。 「仲間が一人急に来れなくなってしまってね」 声をかけてきたのは三人のうち真中に立った少年だった。 「良かったら相手をしてくれないかな」 年上だろうか、大人びた、と言うよりは高慢な感のある少年は少し癖の入った己の髪を弄りながらそう声をかけてきた。 「喜んで」 断る理由を持たない裕太が快く申し出を受け入れると、コーチの男が「良いねえ」と横槍を入れて来る。 「こいつ、結構ウマイんだよ。ほら、あの不二周助の弟君」 「コーチ!!」 弟と言われ、つい声を荒げてしまった。だが、彼らはそれに驚いたりはしなかった。 「ああ、そうですか。そんなコトより君のライジングショット、凄いね。ビックリしたよ」 「え…」 裕太は驚きに目を見開いた。 大抵の者は「不二周助」の名に跳びついてくる。だが、この三人にはそんなこと全く気にした様子は見られない。 「じゃあ、一セットお手合わせ願いますよ」 リーダー格であろう観月と名乗った少年と打ち合うことになり、裕太はよろしくお願いします、と小さく会釈を返した。 乾がやってくる頃には、裕太は三人から談笑混じりにルドルフの事を聞いていた。 「おや?」 近寄ってきた乾に先に気付いたのは観月だった。 「あ、もう良いんですか?」 「ああ。待たせてすまない」 それで、と乾の視線が観月たちに注がれ、裕太は慌てて三人を紹介した。 「あ、この人達は聖ルドルフの木更津さんと柳沢さんと…」 「観月はじめ君だね」 「え?!」 揚げ足を取られ、裕太はきょとんとする。 だが、観月のほうも乾を知っているらしかった。 「覚えていてくれたんですね」 「よく覚えているよ」 乾の返答に、観月は何故か誇らしげに笑った。 「それはそれは。光栄ですね」 「あの…」 話しの見えない裕太が控えめに声をかけると乾は裕太に向き直る。 「ああ、すまない。観月君とは小学校が同じだったんだよ」 「え!!」 心底驚いた声を上げると観月が可笑しそうに笑った。 「同じとはいえ、クラスが同じになったことは一度もありませんでしたけどね」 「それにしても、君は実家の山形に帰ったと聞いていたけれど?」 「ええ。ですが来月からルドルフへ編入する為に舞い戻ってきたんですよ。全国を目指すために」 挑発的なそれに、乾は「そう」と短く、だがどこか楽しそうにそう答えた。 「それじゃあ、僕たちはこれで失礼しますよ。裕太君、先ほどの話、考えておいて下さい」 乾を煽るかの様に、微かに声高にそう告げて観月たちはコートを出ていった。 「……あの……」 三人の姿が見えなくなってから裕太は乾を見上げた。 「ルドルフに誘われたんだろ?」 「はい……」 ルドルフに惹かれているのは紛れも無い事実。 あそこなら、「不二周助の弟」という柵から逃れられそうな気がする。 だが。 「俺……」 ルドルフへの転校。 それは、乾と離れる事を意味する。 離れたくない。 「……っ……」 そう思ってぎくりとした。 そうか、これが依存なのか。 気付いてしまった。 気付きたいと願いながらも、恐れていたそれ。 「…そのことについてはゆっくりと考えれば良い」 「はい」 小さく頷くと、くしゃりと頭を撫でられる。 それは裕太を慰め、勇気付けてくれているようでとても温かい。 そのくすぐったさに、裕太は小さく首を竦めて笑った。 (第十話に続く) (2001/10/24/初出) (2007/07/27/改定) |