03.暗黙のルール
(はじめの一歩/ホーク×一歩)




一歩が仕事やジムで家に居ない間、居候であるホークが何をしているかというと、ただ寝ていた。
鷹村戦以降人が変わってしまった影響なのか、元々慣れているのか、彼は独りで何もせず時間を潰すことを苦痛と思っていないようだった。
食事以外で寛子と顔を合わすこともあったが、彼の扱える日本語と言えば基本的な挨拶と「イタダキマス」「ゴチソウサマデシタ」だけだったので普段喋ることもなかった。
寛子の方も特に気にしていないのか、一方的に「もうすぐご飯できるからもうちょっと待っててね」などと話しかけ、しかし構いすぎることもなかった。
あくまで彼を面倒見るのは一歩だと寛子は弁えていた。
一歩から彼の滞在を頼み込まれるまでは寛子は彼を当然のように知らなかったし、勿論彼の過去の暴言についても知らなかった。
けれど今となってはどうでもよく、恐らく聞いたところで「仕方ないわねえ、あの子は」で済ませるのだろう。

寝ているときの彼は常に一歩の部屋でだった。
そこが一番彼が安心できる空間らしく、一歩の部屋で、一歩の布団の上に寝転がって眠っていた。
これは彼がここを訪れた日からのことであり、妙な事に一歩の方が来客用の布団で眠っていた。最初こそ彼が自分の布団執着するに意味が分からず羞恥から抵抗した一歩も、今では(意味は分からないままではあったが)それを受け入れており、ただ布団を被らず眠る彼を苦笑しながら揺り起こすのだった。
それ以外で彼がすることと言えば、ビデオを見ることだった。
といっても映画でもドラマでも勿論、キレイなお姉さんが出てくるものでもなく、一歩の試合のものだった。
それ以外の試合のビデオには全く興味を示さなかったが(寧ろ嫌がっていた)、一歩の試合のビデオだけは何も言わずただ見ていた。

ある日、船から帰ってきた一歩はそうしてビデオを見ているホークの後ろ姿を見た。
猫背のその後ろ姿に声をかけると、彼はのそりと振り向き、唐突に問いかけた。

『楽しいか?』

一歩は一瞬理解しかねたが、すぐに笑顔になってそれを肯定した。
するとそうか、とだけ呟いて再び彼の視線はテレビの画面に戻ってしまった。
その背中が何かに戸惑っているように見えて、一歩は思わず声をかけていた。

『ロードワーク、一緒ニ行ってみまセンカ?』

その誘いにホークは驚いていた。
声をかけた一歩自身、練習嫌いと言われていたホークがどんな反応をするのか予想もつかず、じっとその反応を待った。
しかし返って来たのは先程と同じ問いかけだった。
曰く、楽しいか、と。
それはロードワークが、という端的な意味ではないと一歩は何となく感じた。
なので様々な意味をこめてイエス、と笑えば彼はビデオを止め、テレビを切ってのそりと立ち上がった。
そして問いかけた。
ボクシングとは何か、と。
だから一歩は答えた。
スポーツです。
他にも一歩にとってのボクシングには様々な意味を持っていた。
しかし今ホークのこの問いにはその事実そのものが一番重要な気がしたのだ。
だから、繰り返した。

ボクシングは、スポーツです。







***
碇草シリーズ居候編その2。
なんか長くなりそうだったのでここで切りました。
寛子さんはきっとホークの事をでっかい子供くらいにしか思ってませんよ。(爆)

 

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