05.部長の苦労
(宮一子子供編・滋郎/はじめの一歩)




彼は困っていた。
部員が足らない。
いや、部員数自体は問題ないのだ。
ただ、偏ってしまっているだけで。
高飛びや幅跳びなどの競技を得意とする部員はほどほどにいる。
短距離走も多すぎるほいる。
ただ、長距離走の選手がいないのだ。
彼は困っていた。
陸上部部長として、これは由々しき自体だと頭を抱えていた。
何せ去年までの長距離走選手は全員卒業してしまった。
部長のバトンを渡された時、前任の部長もそれを危惧していた。
しかし、新入部員でどうにかなるだろうと、そう思っていた。
だが実際は、ゼロ。
確かに走らせればそれなりの部員は何人もいるが、あくまでそれなり、だ。
大会に出せるほどの実力者は居ない。
そんな時、彼を見つけた。
宮田滋郎。
今年二年生になった男子だ。
去年のマラソン大会、美術部の彼が優勝したと聞いたときは耳を疑った。
実際、彼を観察してみれば、およそ運動神経に恵まれているとは思えない風貌だ。
ちょこんとした小柄な身体。小動物を思わせる幼い顔立ち。気が弱いのかちょっとしたことで大げさに驚き、いつも笑い方ははにかんだような笑い方をする。
典型的な苛められっこ、または可愛がられっこだ。
しかもどうやら彼は後者らしく、何かと周りに声をかけてもらっていた。
これは、と彼は思った。
強く押せば倒れるタイプだ。
となれば後は実行に移すまで。
「宮田君、陸上部入ってみない?」
最初、彼は思ったとおり難色を示した。
なので美術部と掛け持ちでいいから頼むよ、と強く押してみた。
簡単に落ちるだろうと思っていた。
しかし彼は。
「ごめんなさい」
とあっさり頭を下げた。
仕方ない、寧ろ美術部を優先していいから、とまで言っても彼の返事は変わらなかった。
もしや意外と押しに強いのか?
そう思うと同時に彼が困ったように笑っていった。
「ボク、美術部の他にもやってることがあって…だから、ごめんなさい」
既に他の部活も兼業しているということか。
しかし彼は丁寧に違います、と教えてくれた。
「ボク、ボクシングをやってるんです。まだ全然弱くて、姉にも負けてしまうくらいなんです。だから、せめて姉を越えて、姉を守れるくらいにはなりたいんです」
だからごめんなさい、と再び彼は丁寧に頭を下げた。

去っていく後姿を眺めながら、あの小柄で気弱そうな彼がボクシングかあ、と思う。
しかも後で聞いたところによると、彼の父親は世界王者で、母親も元日本王者だという。
人間、意外性の塊というのは強ち間違っていないらしい。





***
宮一子本編ではまだ影も形もない弟ですが、一歩似の子です。
うちの宮田父の名前が滋一なので、それと一郎とあわせて滋郎(じろう)です。
勿論考えたのは一歩ですよ。(笑)
で、滋郎君も歩夢と同じくサラブレッドで才能もあるのですが、親も姉も強いので、自分が弱いと思ってます。一般的には十分強いです。

 

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