07.ギャラリー (はじめの一歩/木村/アネモネ設定) その日、木村は家業の手伝いをしていた。 といっても店番ではなく、数件の配達をするだけなのだが。 本来なら今日はジムの開く時間まで部屋でゆっくりするはずだったのだが、何やら何処かの社長が亡くなったとかで葬儀用生花の注文がどっと舞い込んできたのだ。 その為、両親は生花造りに追われ、配達まで手が廻らなくなってしまったのだ。 そこで猫の手ならぬ不肖の息子の手を借りることとなり、木村は地図を広げることとなった。 時間指定の無いものについては生花が終わってから父が届けるというので、木村が届けるのは午前指定の四件だった。 住所を調べ、地図に付箋を貼る。それぞれどう行けば最短ルート化を考えながら、四件目の配達は最後で良いや、と住所を調べる事無く地図を閉じた。 四件中三件は家庭への配達だったが、四件目のそれは総合病院のある病室へのものだった。 木村は花束とアレンジメントを地図と一緒に車に詰め込み、発進させる。 多少分かり難い場所もあったが、三件とも家人がおり、無事渡すことが出来た。 さて、と助手席で開きっぱなしになっていた地図を閉じ、最後の配達先へと進路を向ける。 木村は病院への配達は余り好きではなかった。 病院に限らず、大きな会社や施設。 何となく、こう、上手く言葉に出来ないが…場違い、とでも言うのだろうか、周りの視線が気になってしまい、気が滅入るのだ。 しかしお届けしなくてはならないことに変わりは無い。 木村はあっさりと辿りついた総合病院の駐車場で一つ溜息をついた。 指定された病室の主はまだ若い女性だった。 彼女は木村の母が造ったピンクを中心としたパステルカラーのアレンジメントを大層喜んだ。 このアレンジメントを頼んだのは彼女の友人で、造ったのは母親であり、木村自身はただ届けただけなのだが、やはりありがとうと笑顔で言われると嬉しくなる。 受け取りのサインを貰い、病室を出る際にも「ご苦労様でした」と声をかけられ、こういうのも良いか、と現金な事を思いながらエレベーターに乗った。 この病院は大きく分けて外来用のA棟と入院患者用のB棟に分けられている。 そして現在、木村が居るのはB棟で、一般の者は原則としてA棟の出入り口を使用することになっている。 木村はこの病院の造りは知っているので、最短ルートで出口へと向かった。 エレベータを降り、A棟の建物内に入り、すぐ右手に曲がる。そしてまたすぐ左に曲がり、神経科、眼科、耳鼻科…幾つもの外来窓口の前を通り過ぎ、小児科の手前の角を左へ曲がる。 ここで一度曲がって、もう一本向こうの通りへ出たほうが良い。 何しろ小児科には親子連れが溢れているし、更にその奥には内科があるのでこれまた人で溢れかえっていて通り辛い。 そうしてトイレの前を通り抜け、レントゲン室の並ぶ通りへ…ちょっと待て。 木村はぴたりと足を止めた。 今、見知った顔が視界の端を掠めなかったか。 さり気無く(まるで誰かに呼ばれたように)振り返ってみると…目が合った。 丁度トイレから出てきたのだろう「彼」は小動物を思わせる黒目がちの瞳をまん丸に見開き、木村を見て固まっていた。 よう、奇遇だな。そう声をかけようとして木村も固まった。 「彼」はオフホワイトのタートルネックトレーナーを纏い、肩からは大きめのグレーのトーとバックを下げていた。 そこまでは良い。 「彼」は深緑のタータンチェックのロングスカートを穿いていたのだ。 「おま、なん、」 思わず指を指して、けれど言葉にならない声を紡ぐと二人の間に割って入るように「幕之内さーん」と近くの窓口から「彼」を呼ぶ声が掛かった。 「あ!はい!今行きます!」 慌てて「彼」は窓口から顔を出した看護師に応えを返し、木村に駆け寄ってその腕を掴んだ。 「木村さん!これから時間ありますか!!」 「お、おう…」 「じゃあちょっと待っててください。説明しますから!お願いします!」 「お、おう…」 あまりの剣幕に、木村はただ同じ応えを返しながらこくこくと頷くしかない。 「じゃあ、ちょっと行ってきますから待合で待っててください」 そう言うだけ言って、彼は呼ばれた窓口へ向かい、一言、二言看護師に声をかけ、傍らの扉から中へと入っていってしまった。 「………嘘だろ?」 木村は呆然と立ち尽くしたまま呟いた。 『産婦人科』 一歩が入っていった科の窓口には、そう掲げられていた。 *** ギャラリーという言葉の一般的な使い方を間違えてますスマソ。 花屋に勤めていた時、社葬かなんかでアホみたいな数の生花の発注が来たときがありました。近所の花屋も同じ状況だったらしく、生花を並べに行った先で他の花屋の人と「連名にしとけって感じだよな…」と苦笑しあった覚えがあります。造るのが大変なら並べに行くのも大変で。(超安全運転じゃないと倒れるし)更に片付けるのも大変で。生花って凄く重い上に水が入ってるからバランス崩せないのでそんなのが十も二十もあるといっそ笑いたくなります。(やけっぱち) |