08.差し入れ
(鴨川×一歩/はじめの一歩)




ずぐ、と脳が崩れるような痛みで目が覚めた。
薄らと開いた両目に差し込む光すらも痛い。
眼の奥が締め付けられるような痛みも。
喉元から胃の辺りがムカムカする。
しかし吐きそうなほどのそれに反して口内は乾いていて。
この感覚を、鴨川は知っている。
以前にも一度経験した。
二日酔いを拗らせた様なこの気分の悪さ。
重いような軽いような不思議な感覚の肉体。
鴨川は横になったまま布団の中から己の両手を抜き出し、眼前に曝す。
節くれ立った、しかし厚い皮に包まれた若々しい掌。
ああ、やはり。
鴨川は深い溜息をついてその両の手で己の顔を覆った。
手に触れる顔の皮膚。それは乾いてかさついたものではなく、寝起きの油分を含んだ張りのある肌。
唇に触れてみれば肉厚のそれ。
もう一度嘆息する。
初めてこの経験をした時は怒髪天という言葉に相応しい怒りが全身を駆け巡ったものだ。
しかし二度目だからだろうか、思考の混乱も無く。
今回はただ呆れたと言うか、寧ろ哀れみと言うべきか。
今も鈍い痛みを断続的に発する脳裏に浮かぶのは、はにかんだ笑みを浮かべた青年の姿。
お疲れ様です、と差し出された湯呑。
恐らく前回同様、茶に薬を仕込まれたのだろうが。
あの子はそんな事露にも思わず差し出したのだろう。
ただこの老い耄れを労りたいがために。
自分のこの状態を知ったらあの子は恐らく顔をくしゃくしゃにして泣くだろう。
ごめんなさい、と何度も繰り返しながら頭を下げるのだろう。
そんな顔はさせたくないのだが、首謀者であるバカトリオに仕置きに行けば自ずとあの子の耳にも入り、そしてその原因をのこのこと差し出したのが自分であると気付いてしまう。
一先ず、今日は適当な理由をつけて休むべきか。しかしそうした所であのバカトリオを喜ばせるのも癪に障る。
ならばさっさとシメておいたほうが良いのかも知れない。

「おはようございますー!会長、いらっしゃいますか!」

玄関の方からよく知った青年の声が響いてきた。
会長、と間を置かず繰り返すその声音には焦りが含まれている。
まさか、とゆっくりと身を起こした所で失礼します、と叫ぶ声が聞こえてばたばたと忙しない足音がこちらへ一直線に向かってきた。
「会長!」
すぱんっと勢いよく開かれた襖。
現れたのはやはり今先程思いを馳せていたあの子で。
青年の口は「あ」の形で開かれたまま硬直し、呆然と身を起こしたばかりの鴨川を見下ろしていた。
「……ぁ、あ、あああやっぱりぃぃぃ…!!」
呆然があっという間に愕然へと変わり、彼はがっくりとその場に膝をついて四つん這いになった。
その姿を見ながら鴨川は本日三度目の深い溜息をついた。
老いた筈の彼の肉体は、見事に若返っていたのだった。







***
鴨一若返りネタその2。
前回から数ヵ月後、くらいの気分で書いてます。
最初愛題でやるつもりだったのですが書けば書くほど外れてったので部活題に変更。
どっちにしろ消化したいお題に変わりは無いのでまあ結果オーらいということで。
ということで続きます。(爆)

 

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