09.勝利の女神
(歩夢/はじめの一歩)




宮田歩夢の学校での成績は中の上、といった所だ。
科によって多少波はあるものの、平均すればまあ可も無く不可も無く、のラインを維持している。
その中で飛びぬけて素晴らしいのが体育。
彼女に長距離走で勝てるものはこの学校には居ないのではなかろうか。
瞬発力もあり、腕力もある。タイミングを合わせるのも得意。
テニスだろうとバレーだろうと彼女は何無くこなしていく。
当然、各部が彼女に群がったのだが、それらは呆気なく追い払われてしまい、涙を流した部長も少なくはない。
しかしそんな彼らの姿に折れたのか、時折助っ人として参加する姿を見かけることがある。
そんな時は必ず彼女は好成績を残していた。

しかし、そんな彼女にも苦手な科目は存在する。

苦手、の一言で括るのならばそれは一教科だけではない。
しかし一つだけ破滅的に、の前置きが着く教科が存在した。

家庭科。

どれだけ持久力があっても、どれだけ俊敏であっても、こればかりはどうしようもなかった。
そう、彼女は破壊的に不器用だった。
針を持たせれば糸を通す作業だけで指に突き刺し、波縫いの間隔は指が入るほど。
ミシンを使わせれば数秒後には目詰まりを起こす始末。
では調理実習はと言えば。
野菜を皮ごと切るのは当たり前。
剥かせてみれば実は殆ど残らない。
なので彼女の調理実習での役割と言えば、材料を洗うことと鍋をかき混ぜること、そして洗い物。それくらいなものである。

「どうせ私は父さんに似て不器用ですよーっだ」

彼女はその日の調理実習の事を母親に話し、そう締めくくった。
「でもあゆちゃん、ボクも料理は苦手だったんだよ?」
穏やかにそう言う母の作る料理はとても美味しい。
なのに苦手だったという。
「うっそだあ」
「嘘じゃないよー。だってボク、結婚する前は林檎の皮むきできなかったもん」
今でこそ最後まで千切れる事無くするすると器用に皮を剥く母も、そんな時代があったのだという。
「だからね、そういうのはやっぱり経験と慣れなんだと思うよ」
「そうかなあ…」
「じゃあ、明日のお夕食は一緒に作ろうか」
「ええ?!」
「明日はシチューにしようかなって思ってたんだ。それなら練習にも適してるし、丁度いいかなって思うんだけど」
「うーん…」
難色を示す歩夢に、母は大丈夫だよ、と笑った。
「沢山作って、おじいちゃんとおばあちゃんも呼んでみんなで食べよう。ね?」
「…うん、わかった。私、頑張るから母さん、教えてね?」
歩夢の言葉に、母はまかせなさい、と笑った。






***
私も林檎の皮は包丁でも剥けますが、ピーラーで剥くのが一番好きです。楽して綺麗に剥けるし。あれは楽しい。

 

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