「何か俺に御用でしょうか?」
不自然なまでの爽やかな笑みで対応すると、ヤマネコは何考えてるのか分からん表情のままでカーシュを見下ろします。
「いや、特に用はない」
(なら声かけるんじゃねえよクソ猫!)
カーシュはそう思いながらも笑みを崩さぬまま言う。
「それでは、俺はこれで失礼させていただきます」
恭しくお辞儀をして立ち去ろうとすると、「待て」と呼び止められます。用が無いんじゃなかったのでしょうか。
「ああ、一つ良いか?」
「はい、何でしょうか?」
心中では一つも二つも良くないと言いたい所ですが、ここは忍耐の二文字にかけて笑みを絶やさずにこやかに。
「その笑い方はお前がやると気味が悪いぞ」
「・・・・・・」
ひくっとカーシュの頬が引き攣ります。カーシュの今の心境は、てめえ人が下手に出てやりゃ調子こきやがってコンチキショウ。笑い方云々でテメエにとやかく言われたかねえっつーの。と言ったとこでしょうか。
「お前がその様な態度を取ると見てるこちらが空々しくなってくる」
「んだとテメエ!人が穏便に済まそうと思っての苦肉の策をあーだこーだとうるせえんだよ!」
とうとう忍耐の二文字を吹き飛ばしてしまったカーシュは上司の客人に怒鳴り散らしてしまいました。
ヤバイと思っても後の祭り。だからといって「今の無し!」と言える訳も無く、こうなったら開き直りだとカーシュはふんっとふんぞり返ります。
すると、ヤマネコ様がふと本当に僅かですが表情を変えました。
「あ?」
その微かな表情を見てしまったカーシュは目を丸くしてヤマネコ様を見上げます。
「お前はそうやっていた方がらしくて良い」
今はもう先程と同じ、何を考えてるのかさっぱりな無表情でしたが、カーシュの頭の中には先程の表情が焼き付いていました。
「・・・・・・笑った・・・?」
脳裏に焼き付いた、ヤマネコ様のその優しい表情にカーシュはまさしく阿呆のように見上げます。
「私とて笑う事もある」
呆然として呟いたカーシュにヤマネコ様は憮然として言いました。
「そんな事より、私はこれから館へ戻るがお前はどうする?」
「は?」
「館へ戻っても退屈なのでな。チェスの相手が欲しいのだが」
ヤマネコ様の誘いにカーシュは暫し沈黙し、へらっと笑った。
「俺、弱いんすけど」
そう言うとヤマネコ様は「構わん」とだけ言い、さっさとテルミナの出口へ向かっていってしまいました。
カーシュは楽しそうに笑うと、ヤマネコ様の後を追い掛けました。
人間、開き直りも大切だと言う事です。