Change Side:R 「……ん…」 ふっと意識が覚醒し、眼が覚める。珍しくスッキリとした朝だ。 「………?」 リョーマは薄らと目を開けるとあれ?と呆けた頭で考えた。 そこは、見覚えは有るものの、自分の部屋ではなくて。 「?!」 がばっと飛び起き、辺りを見回すが、何故か物がぼやけて見える。 ごしごしと目を擦ってみるが、それは変わらない。 (あ、あれ?) 昨日は真っ直ぐ家に帰った筈だ。なぜ手塚の部屋で寝ているのだろう。 「?!」 そしてふと視界に入った自分の手に仰天する。 「なっ…?!」 そして漏れた低い声に更に仰天。 「なんで?!」 朝、目が覚めたら手塚国光になっていましたマル。 Side:K 「……っ……」 リョーマがパニックを通り過ぎて呆然としている頃、手塚は目覚し時計の電子音に意識を現実へと引き戻されていた。 (……眠い) 普段なら目覚まし時計が鳴る前にすっと置きれる筈なのに何故か今朝は無性に眠い。 だが起きないわけにはいかず、半ば気合で目を覚ました。 「……?」 電子音を繰り返す目覚し時計を止め、漸く思考が動き出す。 (この時計は……) 音こそ良く似ていたが、見ると違うものである事が分かる。 「?!」 そして何より、ここはどこだ。 いや、何処かはわかる。幾度と訪れた越前リョーマの部屋だ。 だが何故自分がここにいるのだろう。 リョーマの姿を探して部屋を見回すが、彼の姿は無い。 「?」 そしてふと気付く。普段なら眼鏡が無ければ見えないだろう壁際の本棚や、床に散らばったテニスゲームのタイトルロゴがしっかりと見える。 まさか眼鏡を掛けたまま寝たのだろうか。いや、視界にその姿は無い。 訳が分からずくしゃりと髪に手を差し入れ、髪の感触に違和感を覚える。自分の髪はこんなに柔らかくなかった筈だ。 「?!」 下げた手に視線をやり、目を見開いた。 「なんっ…?!」 そして己の口から飛び出した、声変わり前の甲高い声に仰天する。 「どういう事だ…?!」 朝、目が覚めたら越前リョーマになっていましたマル。 先に行動を起こしたのは手塚だった。 自分がリョーマになっているのなら自分の体とリョーマの中身はどうなったのか。 単純に考えるのなら、自分の体にリョーマの精神が入っているのだろう。 何度か来ているので家の構造や家族構成は一応分かっている。真っ先に電話を取り、自宅へと電話する。 この時間帯なら両親は既に働きに出ている筈だ。ならば出るのは一人しか居ない。 『はい、えちぜ…じゃなくて手塚です』 自分の声が電話の向こうで話しているのはかなり奇妙な感覚だった。 それはさて置き、これで自分の予想は当たった。 「リョーマか?」 『オレ?!あ、いや、国光?!ちょっとねえこれ何!?眼が覚めたらオレ国光になってたんだけど!!』 「………」 言い直そう。奇妙な感覚というか、はっきり言って気色悪い。 人間、口調一つで随分変わるという事を身を持って知った瞬間だった。 『ちょっと!聞いてる?!』 「あ、ああ…」 つい遠くを見てしまい、手塚は気を引き締めた。 「とにかくお前は落ち着け。良いか、今から言う事をしろ。メモが必要なら俺の机の上にある」 手塚は服の場所や朝食、持物などを事細かに指示し、誰と会っても喉の調子が悪いということにして絶対に話すな、など学校までの注意事項を伝えた。 「……ああ、また学校で」 かちゃりと受話器を戻し、ふう、と溜息を吐く。 こちらも登校準備をしなくてはと振り返り、びくりとする。 「よお、朝っぱらから何処に電話してんだ?」 南次郎が新聞を片手に立っていた。 「ちょっと、友達に……」 普段なら知り合いに、と言ってしまう所だが今、自分はリョーマだ。いつもの口調ではマズイ。 「ほー?」 「準備があるから」 何やらにやにやと探るような目で見る南次郎に、手塚はこれ以上長居は無用とばかりにリョーマの部屋へと向かう。 ふと桃城が迎えに来ると言っていたのを思い出す。 自転車の後ろに立ち乗りなど言語道断。こうなったら早く家を出るしかない。 手塚は着替える手を速めた。 Side:R (へえ……) 台所に準備されている朝食に、リョーマは少し驚いたように目を見張った。 テーブルの上には手塚の分だけ茶碗やらが伏せてあり、まだ暖かい鮭の切り身、卵焼き、そして鍋の中には赤出汁の豆腐とワカメの味噌汁。 「頂きます」 久々に見る純和風な朝食にリョーマは嬉々としていた。 「………」 それを食べながら、きょろきょろと辺りを見回す。 手塚の部屋には入った事があっても、他の部屋には滅多に入る事はなかったのだから物珍しくて仕方ない。 「……御馳走様でした」 初めての一人での食事。味はかなり美味かったが、家族で食べるのが当たり前のリョーマには、どこか寂しかった。 (国光、いつも一人で食べてるのか……) 電話で言われた通り軽く水で食器を濯ぎ、流し台の角に寄せておく。 (道、わかるよな……) 普段より二周りほど大きいシューズを履き、荷物を掴んで家を出た。 Side:mix 「おはよう」 「はよーっす」 「「………」」 お互いいつも通りに挨拶を交わし、沈黙する。 中身が入れ替わって目の前に自分が居る、と言うだけで奇妙だと言うのに、目の前の自分が「自分だったら使わないだろう口調」を発し、かなり気色悪い。 「眉間に皺、寄ってますよ」 「お前こそ年下に敬語を使ってどうする」 「アンタだって年上に対してその口調じゃん」 そして再び沈黙タイム。 「……こうしてても仕方ない。とにかく部室へ行くぞ」 「……っす」 人も疎らな校内を進みながら二人はあれこれと相談する。 「で、どうするんすか?みんなに言います?」 「いや、事を大きくしたくない。出来るだけ知られない様に努めよう」 そんなこんなで部室へと向かった。 現在、朝の日差しを浴びながらテニス部は元気に部活中。 そんな中、ある二人を除いて誰もが思っている事があったりする。 「今日の手塚とおチビちゃん、変だよね」 菊丸の言葉に一同は頷く。 「そうなんスよ、今朝、越前を迎えに行ったら「用が有るからって先に行ったぞ」って親父さんが……」 「それに、なんかずっと一緒に居るんだよね」 大石の言葉にも一同はうんうんと頷いた。 二人が恋人関係である事は既に皆知っていた。中にはリョーマを狙っていたものも多く、一部を除いては涙を飲む羽目になったが。 「それにしても不自然なほど一緒に居るんだよね」 「話し掛けても逸らかして逃げてくし……」 「どうしたんだって聞いても体調が悪いだけだから、の一点張り」 「それに今の所ろくな練習が出来ていないね」 ほら、と乾がコートを指差し、一同がそちらに視線を向ける。 コートでは手塚とリョーマが何か話していた。 すると手塚がサーブを打った。だが、それは思い切りアウトになり、手塚とリョーマは二人揃って溜息を吐く。 「……何なんだろうね、一体……」 「……表情が、いつもと逆だな」 ぽつりと海堂がそう呟き、一同はそう言えば、と二人を見る。 体調が悪い、の言葉に納得していたから気に止めなかったが、リョーマの表情にいつもの天上天下唯我独尊的色は無く、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。 一方、手塚の方はと言うと、他の面々の前で居る時は一見普通なのだが、ああしてミスショットを打つと「ったく何だよコンチキショウめ」と言った、普段ならまず見られない雰囲気を出す。 しかも今日の手塚は良く言葉を詰らせ、その度にリョーマに肘鉄を食らっている。 リョーマの方も、元々自分から誰かに話し掛ける質ではなかったが必要以上に人との接触を避けているように見られる。 『…………』 一つの仮説が一同の脳裏に過ぎる。 いや、しかしそれは余りにも非現実的だ。 「……まさか、ね……」 そうこうしている内に、噂の二人がこちらを見ていた。 ヤバイ、「そこ!グラウンド10周!」の怒声が飛んでくる! 何名かがそう思ったが、予想に反して怒声は飛んでこなかった。 その代わりに本人たちがすたすたとこちらへやって来た。 「グラウンド、10周」 そして、そう一言だけ言うと再びコートへと戻っていった。 『………』 拍子抜けしながらもとりあえず走り出す一同。 「……何か違うよね」 「うん」 すると、手塚がリョーマの手をひいてコートを出ていくのが見えた。 「何だ?」 「気になるにゃー」 「行くかい?」 『当然』 二人の後姿が見えなくなると、一同は近くに居た二年に後を任せ、二人の後を追ってコートを出ていった。 校舎裏に二人を発見し、一同は整然と植えられた低木の陰に隠れて様子を窺った。 「どう思う」 リョーマが壁に凭れ掛かり、腕を組んでいる。それは正しく手塚の癖だった。 一方、向かい合った手塚は片足重心で立ち、腰に両手を当て、ふう、と溜息を吐きながらかしかしと頭を掻く。これはリョーマの癖だ。 「どうって……ヤバイんじゃない?」 『?!』 手塚の砕け口調に一同は驚いて顔を合わせる。 一番付き合いの長い不二に視線を送るが、不二もあんな砕け口調の手塚は見た事無いと視線を返す。 「完全に疑われているな」 対するリョーマの口調は手塚そのものである。 「それに授業とかどうすんの?アンタは良いとして、オレに三年の勉強が分かるわけないじゃん」 ないじゃん…ってアンタ。手塚がそんな事言うととっても不気味なんですが。 一同はそんな事を思いつつも視線を交わす。 やはり、予感は的中している。 こくりと頷くと、一同は立ち上がり、植木の間から姿を現わした。 「!?」 リョーマと手塚が驚いてこちらを見る。 「お前ら……」 リョーマがやれやれと言ったように溜息を吐いた。 「二人とも、説明してくれるかな?」 二人は顔を見合わせ、仕方ないと言ったように肩を落した。 「で、原因はわかってないのかい?」 一通り説明を終えた二人は大石の問いにこくりと頷く。 「ああ、朝起きたらこうなっていたからな」 「身長が違うせいでマトモにテニスできないし。ああもう最悪」 「……ウン、そう…そうか……」 大石がどこか引いた表情で困ったように笑う。 だから、だから手塚の顔で、声でそういう事を言われるととっても奇妙なんだって…!! 一同はそう思い、思い思いに視線を逸らす。 「ねえ、それってキスしたら戻ったりとかしないの?」 『は?!』 不二の問題発言に一同は間の抜けた声を上げる。 「キスしたら戻るって、王道パターンじゃない」 にこやかに言う不二にリョーマ(中身は手塚)は溜息を吐いた。 「軽々しく言うがな、この状況でそれは自分に口付けろと言っているのと同じ事だぞ」 「良いじゃない。体が他の人じゃないだけマシでしょ?」 ねえ?とにこやかに、それでいて反発を許さないという雰囲気で同意を求められ、一同は何度も頷くしかない。 「リョーマ君も賛成だよね?」 「やってみる価値はあるかもしれませんね」 手塚(中身以下略)があっさりと頷いてしまい、リョーマはちょっと待てと手塚に視線を送る。 「だって戻らなかったらヤバイじゃないッスか」 「そ、それはそうだが、戻るとも限らないだろう」 「やってみないと分からないっすよ?」 手塚はにっと笑い、リョーマの腰を引き寄せる。 「ちょっ、越前!」 「今はお前が越前だろう?リョーマ」 普段の自分と同じ口調で喋られると、手塚としては本当に目の前に自分が居るようでかなり気味が悪い。 慌てて不二たちに助けを求める視線を送るが、不二はにこにこしているだけで止めないし、他の面々も面白がっているか不二に止められて「生きて帰ってこいよ…」的な視線を送ってくるだけである。 「っ……!」 逃れようと腕を突っぱねるが、所詮リョーマの肉体。当然の如く勝てるわけもなく、覚悟を決めてぎゅっと眼を閉じる。 ふわりと唇が重なる感触がした途端、プツッと意識が途絶えた。 「ちょっ…二人とも?!」 突然倒れ込んだ二人を慌てて抱き起こす。ちなみに手塚の体は大石が、リョーマの体は不二が抱き起こした。桃城たちもリョーマを抱き起こそうとしたが不二の一瞥でそれは適わなかった。 「………」 手塚がふっと瞼を開けた。大石が大丈夫かと問うと、大丈夫だとぶっきらぼうな答えが返って来た。 「もしかして、戻った?」 「ああ、まさか本当に戻るとは思わなかった」 手塚は起き上がるとジャージに付いた砂を軽く払う。 「あ、リョーマ君おはよう♪」 不二の声にそちらへ視線をやると、不二の腕の中でリョーマが目を覚ましていた。 「…あれ?不二先輩……?……あ!」 リョーマも自分が戻った事に気付いたらしく慌てて辺りを見回す。 「国光!」 リョーマは不二の腕から逃れ、手塚にぽふっと飛びついた。 「……ちっ」 その後ろで不二が小さく舌打ちをしたが、手塚とリョーマに聞こえてはいなかった。 「何とか戻れたようだな」 「これで戻らなかったらオレ三年の授業出なきゃならないかと思った」 「ああ、俺もだ」 「でも、オレ……」 「ハイハイちょっと待ってよ二人とも」 どんどん二人の世界になりつつある雰囲気を打ち破ったのはやはり不二様だった。 「そろそろ朝部活、終わるよ?」 その言葉に二人だけでなく、他の面々もはっとする。 「そうだよ!早く着替えないと授業に遅れるにゃ!」 菊丸が慌てて部室へと向かい、それに続いて一同は一斉に走り出した。 「ねえ、国光」 「なんだ」 「さっき不二先輩に邪魔されて言えなかったんだけど」 結構、楽しかったかな。分かった事もあるし。 眼鏡がないと不便だな、とか、いつもの自分より遠くが見えて羨ましいな、とか。 好きな人が、いつもどんな視野で景色や、知人や…自分を見ているのか。 「キス一つで戻るなら、また変わっても良いかな」 「バカを言うな」 あ、また溜息一つに眉間に皺。 「……一年に一度くらいならな」 何だかんだ言って、あんたオレに甘いよね。 そんなトコも、大好きだけど。 ね?国光。 END ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― さようなら…何がしたかった自分……。えー、これは「転校生」ネタです。 知ってます?「転校生」。知りませんか。知りませんよね、今時の子は。大昔の映画です。 あれの場合、入れ替わるのは男女でしたが。あれのあおり文句が笑えましたね。(笑) はいお次は同ネタで海リョです。懲りてません高槻。 え?テニプリ熱はいつまで続くかって?多分半年くらいだと思います。ホイッスルの時がこんな感じだったから。高槻の場合、幻水2やクロスみたいな長続き萌えは飛び抜けて萌えませんからね。地道にたらたらと萌えてます。なので現在がーっと萌えてるテニプリは長くてあと半年の命です。多分きっと。 (2001/08/14/高槻桂) |