清々しい朝、目覚めた彼等の第一声は同じものだった。
「「げっ?!」」



Change2〜海堂とリョーマの場合〜



 越前宅。
「お?リョーマ、飯は?」
 部屋から出て来たと思ったらばたばたと玄関へ向かう息子に声をかけると、リョーマは何をそんなに慌てているのか「結構です!」と言って出ていってしまった。
「結構です…って…おい母さん、リョーマのやつ、何か悪いモンでも食ったのか…?」
「さあ?」


 海堂宅。
「おはよう、薫さん……あら?」
 足音に気付いて勝手口から顔を出すと、既に玄関口で靴を履いている息子に声をかける。
「薫さん、朝餉は召し上がりませんの?」
 薫はびくりと肩を揺らして立ち上ると、荷物を持って振り返る。
「す、すみませんが、食欲が無いので…行ってきます!」
 引き攣ったような笑みを浮かべ、そそくさと出ていってしまった息子に母親は小首を傾げる。
「あの薫さんが……珍しいこと」


 ひたすら走る。抱えた鞄が邪魔くらしかったがそれでもとにかく走った。
「「!?」」
 道を曲がった途端に人とぶつかり、慌てて立ち止まった。
「うわっ…」
「げっ……」
 そしてぶつかった相手を確認した途端、お互いは小さく声を上げた。
 ぶつかったのは、なんと自分自身だった。
 だが、自分が探していたのもその自分自身で。
「どうなってんだよコレ?!」
 リョーマが海堂に詰め寄るが、海堂はその手を跳ね除け、負けじと言い返す。
「知らないよ!どーもこーも眼が覚めたらこうだったんだから!」
 海堂の言葉(と態度)にリョーマはくらりと目眩を覚えた。
「気色悪い……」
 それもそうだろう。目の前には海堂、つまり自分がいて、その自分がきゃんきゃんと喚いているのだ。普段の自分からは想像も付かない姿である。
「それはこっちのセリフ!」
 そして自分で言って気色悪かったのか海堂はふらりと塀に寄り掛る。
 そう、見た目こそ特に変わりは無いが、実は中身が入れ替わってしまったのだ。
「何でこんな非現実的な事が……」
 リョーマ(中身は海堂)が同じく脱力して壁に寄り掛る。いや、そんなこと俺が聞きたいっす。(高槻談)
「厄日だ……」
 そういう問題でもないでしょ…リョーマはそう思ったが突っ込む気には到底なれなかった。
「とにかく…こうしてても仕方ねえ。オイ、鞄は持って来ただろうな」
「これだよね」
 リョーマ(中身以下略)の言葉に海堂(中身はリョーマ)は鞄を差し出す。目付きの悪い少年が自分より遥かに背の低いこれまた目付きの悪い少年と鞄交換をしている姿は第三者の目から見てかなり奇怪な光景だった。
 だが、幸いな事にこの朝早く、そうそう人が通るものでは無い。二人はその場で荷物を点検し、足りないものが無いかどうか調べた。
「オレは特に大丈夫だけど?」
「オレも何とか……」
 ほっと一息つくと、これからの事を考えなくてはならないと言う現実に直撃し、二人は大きな溜息を吐いた。
「そういや、お前、飯はどうした」
「襤褸出すとヤバイと思ったから食べずにさっさと出てきた。そっちは?」
「オレもだ」
 とりあえず、近くのコンビニで何か買って行こう。
 そうして二人はこの認めたくない現実を少しでも遠くへとやるのだった。



「……で、どーすんのさ」
「……オレの体でその言葉使いは止めろ」
「そんな事言っても仕方ないでしょ。そう言う自分だっていつも通りじゃない」
「………」
 別に言い返す言葉が無かったのではなく、単に自分が目の前で「でしょ」とか「じゃない」とか言っているのが気色悪くて閉口してしまったのだ。
「……覚悟決めますかね」
 あれこれ言い合っている内にとうとう部室の前まで辿り着いてしまい、海堂(くどいようだが中身はリョーマ)がぽつりと呟く。
「…海堂先輩開けて下さいよ」
「……」
 リョーマ(くどいけど中身は海堂)は溜息を吐くと素直に従った。いつもだったら反論するのだが、これ以上自分であり自分でない相手と口論したくなかったのだ。
「……」
 いつも以上に高い位置にあるノブに、嫌が応でもこの体がリョーマのものだと実感させられた。
「お前、本当に背が低いな」
 扉を開け、ついぽろりと漏れてしまった本音に海堂がぴくりと反応する。
「うっわ!最悪!オレが背ぇ低いの気にしてるって知っててそういう事言う?!」
 海堂の言葉に部室内にいたレギュラー陣+乾の視線が一気に二人に集まった。その視線は信じられないものを見るかのような視線だった。
 いや実際信じられないものなんだろうが。
「……バカだろ、お前」
 「ったくやってらんねーよ」的に溜息を吐いたリョーマに海堂はカチンと来た。
「へえ…バカ。そう、バカ」
 しまった、と海堂(本物)ははっとする。
 リョーマがキレた場合、二通りのキレ方がある。癇癪を起こすタイプと地を這うようにキレるタイプだ。
 癇癪を起こしたようなキレ方をした場合は大抵暴れ疲れれば収まる。だが今の様に静かにキレた場合、何をするか分かったもんじゃない。
「あ、いや、オレが悪かった、だから…」
 海堂は慌てて謝るがリョーマの耳はそれをシャットダウンしているらしくちらりと背後へ視線を向ける。
『?!』
 そこには状況が飲み込めていないレギュラー陣と乾が着替えの手を止め二人を見ていた。
 リョーマ(彼等にとっては海堂)が視線を向けると、若干一名を除き、一様にびくりと身を竦ませる。
「!」
 桃城と目が合った海堂はにやりと笑った。それに対し桃城は即座に視線を逸らし、止まっていた着替えをそそくさと再開する。
 桃城の本能は告げていた。あの海堂はいつもの海堂ではないと。そして今自分はかなり危険な状況にいるのだとひしひしと感じていた。
 蛇に睨まれた蛙とは正にこれだ!と桃城は何処か遠い所でそう思った。
「桃先輩〜vv」
 すると、突然海堂が桃城に抱き着いた。それも聞いた事の無いほど甘えた声で。
「ぎゃああああ!!離せ!離してくれ海堂―!!」
「だああ!!マジでオレが悪かったからオレの体でそういう事すんなー!!」
 リョーマが慌てて海堂と桃城を引き離しに入る。
 オレの体で。
 桃城以外のメンバーはその一言で事情を納得した。
「世の中には不思議な事がたくさんあるんだね」
「見てる分には面白いんだけどね〜」
「とりあえず、夢ではないみたいだな」
「ふむ、良いデータが採れそうだ」
 摩訶不思議な事が起こっても所詮他人事。
 案外薄情な面々は思い思いな事を言っていた。
「……死ぬかと思ったぜ……」
 漸く解放された桃城が精根尽き果てたような顔をしてロッカーに背を預けて座り込む。
「で、授業とかどうするの?」
 漸く落ち着いた二人に不二がそう問うと、そこまで考えて無かった…というか考えたくなかった…らしく、二人はお手上げ状態だった。
「うーん、今日は休んだ方が良いんじゃない?もしかしたら明日には直ってるかもしれないし」
 不二の言葉に二人が渋々ながら頷くと、大石がなら、と提案する。
「海堂か越前のどちらかの家に泊まったらどうかな。一緒にいた方がフォローしあえるだろうし」
「……それもそうっすね」
 二人はこくりと頷き、再び荷物を取り上げ、立ち上った。
「んじゃ、オレら帰りますね」
「先生には上手く言っておくよ」
 大石の言葉に礼を言い、二人は部室を後にした。

「………ずるいよね」
 二人が出ていった後、そう言いながらにこりと不二は一同を振り返る。
「何で海堂なのかな〜?」
 にこやかに笑う不二。だが部室内の温度は確実に五度は下がっている。
「もし僕とリョーマ君が入れ替わったら即、体の隅から隅まで隈なく調べるのに…」
 海堂とリョーマが付合っていると知らない一同。確かに、何故あの二人、と言う思いはある。
 だが、確実にこれだけは言える。
「それとかどこが感じ易いのかとかさー」
 不二、お前だけは入れ替わる事はないだろう、と。


 ちなみに翌日、海堂とリョーマの二人は何事も無かったかのように普通に登校して来た。どうやら不二の言った通り、寝て起きたら直っていたらしい。
「僕の言った通りだったでしょ?そこで、お礼という事で今度の日曜、僕と付合ってくれないかな?」
 次限が移動教室らしく、一人廊下を歩いていたリョーマに声をかけ、さり気に抜け駆けを試みる不二。
 だが、不二の目論みもリョーマ自身によって打ち砕かれた。
「あ、その日は海堂先輩とデートだからダメっす」
 ぴしっと不二の笑顔が凍り付く。
「海堂と付合ってるの?」
 それでも笑みを絶やさずそう言うと、リョーマはこっくりと頷いた。
「そう、じゃあ仕方ないね。楽しんでおいでよ」
 にこやかにそう言うと不二はそれじゃ、とリョーマに背を向けた。
 向かうは自分の教室。
 思うは日曜どうやって邪魔をしてやるか。
「海堂…よくも僕のリョーマ君を……許さないよ……?」
 既にリョーマを私物化しているらしい不二は、くつくつと小さく笑いながら階段を降りていった。





(了)
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あーすんません、また不二オチ…楽なんですよね、不二オチ。只でさえ駄文なのに今回はかなり読み難い……混乱した人、すみません…俺も混乱してます。(爆)
なのでどっかリョーマが海堂になってたりその反対があっても無視して下さい。
今回はもう言う事無いです…駄文すぎて何も言いたくないっす…。
ハイ次は……赤リョか女装ネタか徳リョっす。
(2001/08/15/高槻桂)

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