花咲く丘に涙して・零
〜人よ、われらが涙をゆるしたまへ〜
君はきっと責めないだろう
ガライたちが遠征に出て暫くして、ダリオとグレンの母が体調を崩して寝込むようになった。
ただの風邪だと笑っていた彼女は日に日に臥せる時間が長くなり、衰弱していった。
肺の病だと彼女の子供たちに告げられたのは、彼女がもうほとんど起き上がれなくなってからだった。
家の事は家政婦がやってくれていたので生活自体には困ることはなかった。
ただ、不安だけはいつも付きまとっていた。
うつるといけないからと寝室を訪れることを母に禁止されてしまった。
グレンはまだよくわかっていないようだった。ただ母親に遊んでもらえないのが不満のようだった。
時折扉越しに聞こえてくる母が咳く音に不安を掻き立てられた。
これから自分たちはどうなってしまうのだろう。母の体は、いつまでもつのだろう。
この頃にはダリオは医者から母がもう長くないことを知らされていた。
もって数か月、と言われ、その言葉を肯定するように母の咳いている時間は日に日に長くなっていった。
そして父が遠征に出て半年後、母は帰らぬ人となった。
葬儀には大勢の人が訪れた。父は手紙をよこしただけで帰ってはこなかった。
葬儀を取り仕切ってくれたのはカーシュの母だった。母と仲の良かった彼女が全てを仕切ってくれた。
一通りの事が終わるとカーシュの母はダリオたちに提案した。
ガライたちが帰ってくるまでザッパの、つまりはカーシュの家に住まないか、という事だった。
ガライは彼女にも手紙を送っていたらしく、そこにそのようにして欲しいとの事が書かれていたのだ。
こうしてカーシュの家の庭の一角に小屋を建て、ダリオとグレンはそこで暮らすことになった。
屋敷の方はそのままにしておいて、ガライが帰還したら共に戻る。そのつもりだった。
そうしてダリオとグレンはカーシュと半ば共同生活のような生活を送ることになった。
ダリオとカーシュは最初の頃はぎくしゃくしていた。
ダリオは住まわせてもらっているという遠慮から、そしてカーシュは人見知りな性格から言葉もあまり交わさなかった。
しかしグレンはすぐにカーシュに懐いた。カーシュ自身も年が離れているせいだろうか、ダリオに対する時より親身だった。
次第にカーシュとグレンは本当の兄弟のように仲良くなり、その頃には弟を介してダリオとカーシュは会話をするようになっていた。
何をするにも一緒だった。どこへ行くにもカーシュは二人を誘った。カーシュになりに気を使っていたのかもしれない。
三人でいる事が自然な事へと次第に変わっていく。ダリオとカーシュはグレンを間に挟まなくても普通に会話ができるようになっていた。
そんな頃、蛇骨大佐の一人娘であるリデルがテルミナにやってきた。
乳母に連れられてテルミナにやってきた少女はそこでたまたまカーシュたちに出会った。
カーシュたちとリデルは面識があった。お互い親同士の繋がりで何度か顔を合わせていたのだ。
その時はいくつか言葉を交わして終わりだったのだが、後日、リデルがカーシュたちの家を訪れた。
手製の菓子を手に、仲間に入れてほしいの、と少し恥ずかしそうに言ったリデルを三人は迎え入れた。
それからの四人は何をするにも一緒だった。
今まで一日の殆どを蛇骨館で過ごしていたリデルは毎日でもテルミナにやってきた。
日が暮れるとリデルを蛇骨館まで送り、そうして一日が終わっていく。
四人兄弟のような関係が、いつまでも続くと、そう信じていた。
それから四年後、ガライの訃報が届いた。
まさか、という思いだった。同じように知らせを母親から受けたカーシュも信じられない思いだった。
何かの間違いだと信じたかった。けれど、手紙を何度読み返してもそれはガライの死を伝えるものだった。
ダリオとグレン以上にショックを受けたのがカーシュだった。
カーシュは丸一日部屋に籠って出てこなかった。そして翌日部屋から出てきたカーシュの目は赤く腫れていたのだった。
それからカーシュにどんな心境の変化があったのかはわからない。
訃報が届いて数日後、カーシュはアカシア龍騎士団に入団すると言い出した。
ならば自分もと言い出したのはダリオだ。グレンは当然反対した。騎士団に入るという事は蛇骨館に住み込みになる。
行かないで、と泣くグレンを宥めてカーシュとダリオはアカシア龍騎士団に入団した。
龍騎士団では地位が高くなれば好きな武器を使えるが、下っ端の頃は剣かアクスのどちらかだった。
そこでカーシュは今まで使ってきた剣を捨て、アクスを選んだ。
アクスを手にしてからのカーシュの成長は目覚ましいものだった。あっという間にその地位を高めていった。
負けじとダリオもその実力世界の中でのし上がっていき、いつしか二人は次期四天王になりうる双璧と呼ばれるようになった。
そしてカーシュとダリオが入団して二年後、蛇骨大佐たちがゼナン大陸から帰郷した。
蛇骨大佐の手には、ガライの遺骨の入った木箱があった。
それを受け取ったダリオは、今になって父の死を重く受け止めたのだった。
「あれ、カーシュは?」
ガライの葬儀の朝、ダリオはカーシュの姿が見えないことに気づいた。
「グレン、カーシュを知らないか?」
弟に聞いても首を横に振るばかりだ。するとカーシュの母がやってきて苦笑交じりに教えてくれた。
「あの子ね、葬儀には出ないって言って早くに出てっちゃったのよ」
「どうして……」
「あの子はまだガライ様の死を受け入れられてないみたいなの。放っておきなさい」
彼女の言葉通り、カーシュは葬儀に姿を見せなかった。
リデルも心配そうにしていたが、カーシュの行方は杳として知れなかった。
そして日も暮れ、夕食が終わってもカーシュは戻ってこなかった。
「俺、探しに行ってくるよ」
その内戻ってくるわよ、と笑うカーシュの母にそれでも、と食い下がって家を出た。
テルミナの街は夜でも明るく賑やかだ。だが街を一歩出れば真っ暗闇が広がっている。
まさか街の外にいるのではあるまいな。そう思いながらも港の方へ向かったがカーシュの姿はない。
もしかして、と来た道を戻って霊廟へと向かった。
街中と違ってところどころにしか明かりの灯されていない薄暗い道を歩いて霊廟へと足を踏み入れる。
かくして、そこにカーシュはいた。
「カーシュ」
墓の前に座り込んでいるカーシュに駆け寄ると、カーシュは伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「ダリオ……」
「どこへ行ってたんだ。心配したんだぞ」
「……」
それには答えず、カーシュはふいっと顔を背けてしまう。
そこで初めてダリオは墓の周りに何かが供えてあることに気づいた。
薄明かりに照らされるように供えられていたのは、たくさんの青い花だった。
「カーシュ、これは……溺れ谷に、行っていたのか」
カーシュは何も答えない。だが、これだけの青リンドウが咲いているのは溺れ谷しかない。
ダリオは不意に思い出した。以前、二人で溺れ谷に行った時にカーシュがそっと教えてくれたことがある。
青リンドウは、ガライの好きな花なのだ、と。
「カーシュ……」
ダリオはカーシュの傍らに膝を着くと、その体をそっと抱きしめた。
「こんなに冷えて……」
カーシュはガライの死を受け入れられないのではない。
誰よりも深く受け入れているからこそ、こうして悼み、傷ついているのだ。
カーシュの冷え切った体を温めるようにその背を撫でると、そろそろとカーシュの腕がダリオの背に回った。
「……ライ様……ガライ様……!」
「カーシュ……」
声を殺して泣くカーシュをダリオはきつく抱きしめ、慰撫するようにその背を撫で続けた。
「……すまねえ」
やがて涙の引いたカーシュがそっとダリオから離れる。腕の中からカーシュがいなくなってしまうことが、ダリオはどこか惜しく感じた。
「もう、いいのか?」
「お前が泣いてねえのに、俺がいつまでも泣いてるわけにはいかねえだろ」
涙を拭いながら無理やり浮かべた笑顔に、ダリオは心臓が強く脈打つのを感じた。
「カーシュ……」
「ダリオ……?」
じっとカーシュが見上げてくる。なんだろう、この感覚は。この胸の高鳴りは。
ああ、そうか。
「俺は、カーシュの事が好きだ」
そうだったんだ。そういう事だったのだ。
「俺もお前らの事が好きだぜ?」
「そうじゃなくて」
ダリオは苦笑してカーシュの頬にそっと唇を寄せた。
「!」
「こういう意味で、カーシュの事が好きなんだ」
暗がりの中でもわかるほど、カーシュは見る間に顔を赤くしてダリオを見ている。
「だって、お前、男同士で……!」
「そんなのどうだっていいさ。俺はカーシュが好きだ。カーシュは?」
問われ、カーシュはそっぽを向いてぼそぼそと言った。嫌いじゃない、と。
ダリオは苦笑すると、今はそれだけでいいと頷いた。
「俺はずっとカーシュの傍に居る。絶対に一人になんてしない」
「ダリオ……」
「俺が、ずっとカーシュの傍に居るよ……」
ダリオがそっと顔を寄せると、カーシュはその長い睫毛を震わせて目を閉じる。
ひんやりとした唇が、合わさった。
それがすべての悲劇の始まりだとも知らずに、ただ二人はそっと唇を合わせていた。
***
IFと比べると一話一話の長さが短いです。ほんとは前後編くらいで良かったのですが四つに分けてしまったので一話の長さを短くしてお届けしております。
十年前の私、なぜ四つに分けたんだ……そんなに長い話にするつもりだったのか……。
あーダリカー書くの久しぶりすぎてよくわかんない感じになってきた。ヤマカー書きたい。(真顔)
(2012/11/19/高槻桂)