花咲く丘に涙して・零
〜人よ、われらが涙をゆるしたまへ〜
だが哀しき人よ、君の微笑みは私にアイを教える
翌日、カーシュとダリオは何事もなかったかのように振る舞った。
昨日今日と騎士団の方には葬儀のための休みを届けていたのでカーシュたちは自宅に居た。
朝早くにリデルがやってきて、手合わせをしていたカーシュとダリオの元からグレンを連れ出して霊廟へと向かった。
ダリオはリデルたちもあの青リンドウを見るのだろうと思ったが、カーシュが何も言わなかったのでダリオも黙っていた。
ただ黙々と剣とアクスを合わせていく。お互いの呼吸はもうわかりきっていて、それをどう防ぐか、やり返すかを構築していく。
結局この日の手合わせもダリオの勝利で終わった。ちくしょう見てろよ次こそ、と息巻くカーシュにダリオは笑う。
家の中に戻ると、カーシュの母が汗だくの二人を見て風呂場に放り込んだ。
昨夜の事、カーシュはどう思っているのだろう。
何も気にした様子もなく服を脱いでいくカーシュを見ながらダリオは思う。
今までカーシュの裸など何度も見てきた。
なのに、カーシュが好きなのだと意識してしまってからは見ていいものか戸惑う。
「カーシュ、背中」
流してやるよ、と手を差し出せばひょいとスポンジが渡される。
カーシュの滑らかな背をスポンジで擦りながら、不意にダリオは悪戯心に襲われた。
「ひゃあ!」
つつーと背筋を流れていく感触にカーシュが甲高い声を上げる。
「ダリオ、てめえ」
「悪い悪い、つい手が」
ははは、と笑ってごまかすとカーシュの腰に腕を回した。
「ダリオ?」
泡でぬるつくその体を抱き寄せ、ひたりと密着する。
「カーシュ、もっと触っていいか?」
「さ、触るって、なんだよ……」
微かに強張ったカーシュの肩を慰撫するように撫で、つるりとそのまま下肢へと手を滑らせた。
「ダリオッ」
「しっ……カーシュ、静かに」
静かに、と言われても。カーシュは混乱した頭で思う。
ダリオの手が内腿をぬるぬると撫でる。泡を纏った掌は内腿からカーシュの中心へと伸ばされた。
「んっ……」
まだ柔らかなそれをぬるぬると扱く。すると次第に手の中のそれは芯を持ち、熱を帯びて硬く勃ち上がった
「ダ、リオ……」
か細い声に導かれるようにダリオはカーシュに口付ける。昨日のそれとは違い、舌を差し入れるとカーシュの舌が驚いたように引っ込んだ。それを引き出すように舌を絡め、その口内を犯していく。
「んっ、んっ……」
声を漏らさぬよう押し殺すその姿が健気で、ダリオは自身も熱を帯びていることに気づく。
「カーシュ……」
カーシュの手を取ってそこへ導けば、恐る恐るという様にカーシュもまたダリオの熱に指を絡める。
「は、ぁ……」
貪る様に口付けを交わしながら、お互いを高めていく。
「ダリオ、ダリオ……」
譫言の様にダリオの名を呼ぶカーシュに、彼の限界が近いことを知らせる。
「イッて良いよ、カーシュ」
「っ……!」
にゅくにゅくと音を立てながらそこを強めに扱くと、カーシュが足を突っ張らせて達した。
「……気持ちよかった?カーシュ」
問えば、荒い息を吐きながら彼はお前も、とダリオ自身に絡めた指の動きを速めた。
「カーシュ……!」
ぎこちない動きだったが、それでもダリオはその手の中で達した。カーシュが触れてくれているだけで十分だった。
そしてその夜、ダリオはカーシュの部屋に居た。
グレンを寝かしつけてからそうっと小屋を出て忍んできたのだ。
ダリオは昼間の続きがしたい、とカーシュに言い寄った。
続きって、と顔を赤らめるカーシュを抱き寄せ、その臀部に指を滑らすと布越しに谷間をなぞる。
ここに、挿れたい。
耳元でそう囁くと、カーシュは耳まで真っ赤にして俯いていしまった。
嫌か?と続ければ、暫くの沈黙の後、ふるふると首が横に振られた。
ぎしり、とベッドが二人分の重みを受けて軋む。
暗闇の中、二つの影が重なった。
それは、ダリオにとって人生最良の日の様に思えた。
騎士団に戻ってからも二人の関係は変わらなかった。
人目を忍んで口付けを交わし、体を重ねた。
そんな中、カーシュを手に入れたことで舞い上がっていたダリオは一つ問題がある事に気付いた。リデルだ。
リデルのダリオを見る目は好意以上の何かが含まれていた。
何か、ではない。あれは恋だ。リデルはダリオに恋をしていた。
それはダリオがカーシュに寄せる想いと同じ、恋情だった。
リデルの事は好きだ。大切に思っている。だが、リデルが自分に対して恋情を持っているとなると面倒なことになったのではないかと思う。
気付かない振りをし続けるしかないのだろう。自分はカーシュが好きなのだから。そう自分を納得させる。
けれど、一つだけ不安なことがあった。
カーシュの気持ちが今一つわからない事だった。
好きだ、愛していると言えば頷いてくれる。けれどカーシュの口からその言葉が出たことはない。
言うように仕向けてみても、カーシュは断固としてそれを口にしなかった。
この身を受け入れてくれている以上、カーシュにも愛情はあるのだろう。けれどカーシュは決してそれを口にしない。
何がカーシュの中で引っかかっているのかはわからなかったが、ダリオはただその時を待つしかできなかった。
ガライの葬儀が終わってから暫くして、カーシュとダリオに自分たち専属の騎龍を持つことを許された。
好きな騎龍を選べ、と告げられてカーシュが選んだのは、かつてガライが乗っていた龍、ジーザスの子供だった。
ジーザスの子は未だ幼い龍で、人を乗せる訓練すらまともに受けたことがなかった。
今から準備をしても一年はかかる。その一年はどうするのだと問われたカーシュは迷いのない強い眼差しで蛇骨を見つめた。
それまでは、ジーザスをお借りさせていただければ、とカーシュは告げた。
当初、蛇骨はそれを渋った。ジーザスは気難しい龍ということでで有名で、ガライ以外を決して乗せない気高い龍だった。
だがリデルとダリオの進言もあって、カーシュは自分の騎龍の準備が整うまではジーザスに乗る事を許された。
それから暫くして、マルチェラと呼ばれる赤子をルチアナが引き取った。
以前蛇骨から造反したファルガの娘だという事は聞いていたが、その娘がなぜルチアナの手によって育てられることになったのかは誰も知らなかった。
マルチェラは元気で活発な赤子だった。ルチアナは研究に没頭すると周りが見えなくなるので騎士たちによってあやされる事も多々あった。
そんな中で意外な才能を発揮したのがカーシュだった。
マルチェラはカーシュに懐き、泣きだしたらカーシュでないと手が付けられないと言われるほどだった。
蛇骨館に守られてすくすくと育ったマルチェラは、やがてツンと澄ました少女へと変貌していった。
そして数年後、ダリオとカーシュは揃って四天王となった。全てが順風満帆のように思えた。
だがカーシュは悩んでいた。
どれだけ鍛練を積んでも、どれだけ勝負を挑んでもダリオには勝てない。それがじくじくと痛みとなって胸の内を苛んでいた。
そしてダリオもまた悩んでいた。
相変わらずカーシュはダリオに対してどう思っているのかを口にしない。
告白をし、体を重ねるようになって数年。カーシュは一度たりともダリオにその胸の内を明かそうとはしなかった。
一人悩むダリオを支えようとしたのはリデルだった。
リデルはダリオの苦悩の原因を知らなくとも傍にいる事はできるとダリオの傍らに常に在った。
もしここで全てをリデルに打ち明けていたら、もしかしたら全ては違ってきたのかもしれない。
けれどダリオは言えなかった。しかし、傍らのリデルの存在はダリオの救いでもあった。
そしてそれに気づいたダリオは愕然とした。カーシュにあれほど愛を囁きながら、リデルにも惹かれている自分がいる事が信じられなかった。
それから暫くして、マルチェラが齢五歳にして騎士団に入団した。そして一年後には四天王の一人を下し、最年少の四天王となった。
その頃だ、大陸からの客が来ると噂が立ったのは。そして噂から数日後、それは本当の事となった。
蛇骨大佐は客を自ら迎えるためにテルミナへと向かった。
カーシュたちはいつものように他の騎士たちに指導をし、やがて龍車の音が聞こえるとそれを出迎えるために龍車の元へと向かった。
龍車から降りてきた客とは、奇妙な二人組だった。
黒衣に身を包んだ猫科の亜人と、道化師の格好をした少女だった。
蛇骨大佐とどういう繋がりなのかと訝しみながらもカーシュたちは頭を下げた。
「おかえりなさいませ、大佐」
「おかえりなさいませ」
蛇骨大佐はうむ、と頷くと二人にカーシュたちを紹介した。
「ヤマネコ殿、この四人が我がアカシア龍騎士団の四天王だ」
すっとヤマネコと呼ばれた亜人がカーシュを見る。
射抜かれるような視線にカーシュは身を強張らせる。
よく見ると傍らの道化師の少女もカーシュをじろじろと見ていた。なんなのだ、と思いながらもカーシュはじっと立っていた。
そして蛇骨大佐に促され、彼らは蛇骨館の中へと消えていった。
その姿が完全に見えなくなると、ふう、とダリオが肩を下げた。
「変わったお客人だな。亜人の方は大佐の戦役時代のご友人だそうだが……」
「どれくらい滞在するんだ?」
カーシュの問いに、ダリオはわからない、と肩を竦めた。
「詳しい事は私も聞いていないが、何やら調査に来ているらしい。それが終わるまではいるんじゃないかな」
ふうん、と曖昧に頷いてカーシュは彼らの消えていった扉を見つめた。
数日後、ダリオとカーシュは揃って蛇骨大佐の執務室に呼ばれていた。蛇骨大佐の傍らにはあの亜人が座っている。
「亡者の島、ですか?」
ダリオの訝しげな声に蛇骨大佐は重々しく頷いた。
「そこにグランドリオンがあるやもしれん」
「グランドリオン……あの伝説の……」
「そうだ。その調査と、本当に存在するのであれば回収してほしいのだ」
ダリオと蛇骨大佐が話を進めていく間、カーシュはちらりと亜人に目を向ける。
一言も言葉を発しない彼は、じっとカーシュを見つめていた。
それが居心地の悪さとなり、カーシュは振り切るように視線を逸らして蛇骨大佐を見つめた。
「では、頼むぞ」
「「はっ」」
二人は敬礼すると、部屋を出て行った。
その日は久しぶりの休暇で、カーシュとダリオはテルミナに戻っていた。
ダリオは朝からどこかへ行っていて居なかった。
カーシュは一人河を見下ろしてぼんやりとしていた。
考えていたのは、ダリオの事だ。
今のままでいいのだろうか、とカーシュは思う。
済し崩し的に関係を持って、もう何年も経つ。
ダリオの事は好きだ。だが、それはダリオがカーシュに抱く感情と同じなのか?それが未だにわからないのだ。
このまま、ダリオとの関係を続けていていいのだろうか。
「カーシュ」
「!」
はっとして顔を上げると、そこにはダリオとリデルが立っていた。
「聞いてほしいことがあるんだ」
神妙な顔つきのダリオに、なんだ、と思いながらカーシュは続きを促す。
「実は、リデルと婚約することにしたんだ」
「リデルと婚約することにしたんだ」
そう告げた時、カーシュの表情が何を言われたのか分からない、という顔をした後に強張ったのがわかった。
ダリオにとって、これは最後の賭けだった。
カーシュの気持ちがわからない。だから、強引な手に出た。
もしカーシュが結婚するな、ダリオの事を好きなのだと言ってくれたなら。
そうしたらダリオは全てを捨ててカーシュとこの地を離れる決意をしていた。
利用する形になってしまったリデルには申し訳ないが、カーシュがこの手を取ってくれるのなら、全てを捨てても構わなかった。
だがカーシュは見てしまった。リデルの胸元に光るペンダントが、ダリオの母親の形見の品だと、気付いてしまった。
ああ、もう遅かったのか。カーシュは諦めの感情が押し寄せるのを感じた。
きっともう、ダリオは待てなくなったのだ。そしてカーシュに見切りをつけた。
これはそういう事なのだ。
「……そうか、おめでとう……」
そういった瞬間、ダリオが痛みを耐えるような顔をしたのは、気のせいかもしれない。
それから何を話したか、カーシュには記憶がない。気付いたら騎士団の自分の私室で寝転がっていた。
どうやって帰ってきたのか、全く記憶にない。
あの後、ダリオと二人で何かを話した気もする。謝られた気もするが、それも定かではない。
「亡者の島、か」
ぽつりとカーシュは呟く。捨ててこよう。彼らへの想いも、妬みも全て。
そして何事もなかったように彼らの隣で笑うために。
カーシュは震える吐息を押し殺すように唇を噛みしめ、目を閉じた。
そして、亡者の島へ。
***
わあいヤマネコ様が出てきたよ!!でもまだわき役だよ!!!
書いていて、色々と齟齬が出てきてるのですが、気にしないことにしました。アバウトアバウト。
あとはオチに向かって走るだけです!あと少し、頑張ります!!!
(2012/11/23/高槻桂)