花咲く丘に涙して・零
〜人よ、われらが涙をゆるしたまへ〜
ああ人よ、われらが涙をゆるしたまへ
亡者の島は名前の通り亡者や亡鬼があちこちにうろついている危険な島だ。
しかしカーシュとダリオの前ではその亡者たちも赤子のようなもの。彼らの道に立ちはだかった亡者たちは悉く蹴散らされていた。
そんな中、辿り着いたそこでカーシュたちは足を止めた。
「何だ、これは」
ダリオは目の前の鏡の様な壁をこんこんと叩いた。何かの鉱物だろうか。とても硬そうだ。
「向こう側に何かありそうだな」
「壊すか」
カーシュがアクスを構えたのでダリオは慌てて他の騎士たちに下がるように告げる。
「はあっ!」
カーシュがアクスを下からその鏡の様な壁に向かって叩きつけ、ようとしたがアクスの先は何の手ごたえもなく空ぶった。
空ぶった、というより、壁をすり抜けたのだ。
「何だぁ?」
カーシュが何気なくその壁に手を差し伸べると、ずるりとその指先が白く反射する壁に入り込んだ。
「どういうことだ」
ダリオがもう一度壁を叩くが、やはり硬質な音を立てるばかりでカーシュの様にすり抜けたりはしない。
「俺、通り抜けられるかも」
「待て、カーシュ。何があるかわからないのに……」
「大丈夫だって。ちょっと見てくるだけだ」
そう言うとカーシュは銀の壁の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「カーシュ!」
止める間もなく向こう側へと言ってしまったカーシュ。銀の壁には不安げな顔をしたダリオが映るばかりだ。
それから暫くして、カーシュが戻ってきた。
カーシュ曰く、この先にもいくつかのフロアがあり、そこに至るにはいくつかの同じような銀の壁をすり抜けなければならなかったとの事だった。
一人という事もあってざっとしか見てこなかったらしくグランドリオンらしき剣は発見できなかったらしい。
どうする、と問うカーシュにダリオは一時撤退を提案した。
カーシュ以外が通れないからと言って、彼一人で行かせるわけにも行かない。
ここは一度蛇骨館に戻って対策を練った方がいい、という結論だった。
カーシュはこれに従った。この島で一人で突っ走るほど無謀ではなかった。
亡者の島から蛇骨館に戻ると、昨年騎士団を引退したラディウスが来ていた。
ラディウスは現在、近くの小島に小屋を建ててそこで隠遁生活を送っていたが、時折こうしてやってきては蛇骨大佐と何かしら話をしているようだった。
亡者の島のあの銀の壁の事をラディウスに話すと、彼はその事を知っていた。そして言ったのだ。
あそこを通るには、ある品が必要になる、と。
その品を取りにラディウスは一旦小屋に戻り、そして翌日、ある包みを手に帰ってきた。
「これじゃ」
差し出されたそれに反応したのはカーシュだった。
「これは……!」
藍地に銀の刺繍の美しい巾着。カーシュはそれを受け取ると、そっと中身を取り出す。そこには手のひらサイズの鏡があった。
「これ……俺がガライ様に差し上げたお守りだ……!」
「なんと、そうじゃったのか。そうか、お主が……」
どうしてこれが、とラディウスを見ると、彼はそれはガライの遺品じゃ、と教えてくれた。
「ガライはいつもそれを身に着けておった」
「ガライ様……」
けれどどうしてこれが鍵となるのかはラディウスにもわからないようだった。ラディウスがかつて亡者の島を調査した時に偶々発見したことだと言った。
「じゃがグランドリオンを万一見つけても近づいてはならん。あれは人の負の感情を増幅させる魔の剣。手にすればその邪気に取り込まれてしまうぞ」
重々、気を付ける事じゃ。ラディウスはそう念を押した。
それから数日後、カーシュたちは再び亡者の島に渡った。
あの銀の壁の前に辿り着くと、カーシュたちはシュガールとソルトンをその場に残し先へと進んだ。
残された二人は岩陰にこそこそと隠れて二人の帰りを待っていた。
するとじゃり、と骨を踏みしめる音がして一人の亜人が姿を現した。蛇骨館に滞在している客人、ヤマネコだ。
どうしてここに、と二人が言葉を交わしているとヤマネコはちらりと二人を一瞥しただけで銀の壁の前に立った。
そしてそこに壁などないかのような素振りですり抜けて向こう側へと言ってしまったのを見送り、シュガールとソルトンは首を傾げた。
あの壁はカーシュと鏡を持っているダリオしか通れなかったはずだが。
おかしい、と二人はそろそろと壁に近づいて突いてみた。やはり硬質な音を返すだけで通り抜けることは不可能のようだった。
何故あの亜人が通れたのだろうか。そう思いながらも二人は上司二人が早く帰ってくることを祈っていた。
そして悲劇は起きた。
グランドリオンを残して谷底に落ちて行ったダリオを追うようにカーシュは崖から身を乗り出したがダリオの姿は確認できなかった。
カーシュは混乱していた。何故、どうしてこんなことになったのか。ほんの少し前まで彼は自分の傍らで笑っていたのに。
一瞬にして世界は残酷なものへとその姿を変えていた。どうして。カーシュは自問する。けれど答えは返らない。
「哀れなことだ」
背後からかかった声にびくりとしてカーシュは振り返る。そこにはあの猫科の亜人、ヤマネコがへたり込むカーシュを見下ろしていた。
何故ここに彼がいるのか。カーシュの混乱は深まっていくばかりだ。
ヤマネコが足元に転がるグランドリオンに手を伸ばす。待て、それに触るな、とカーシュの制止も無視をしてヤマネコは赤き剣を手に取った。
手にした剣を一振りすると、グランドリオンはその姿を消してしまった。手品のようなそれをぽかんと見ていると、ヤマネコは言った。
「ここにグランドリオンはなかった」
「え……」
言われた内容が理解できずヤマネコを見上げると、彼はもう一度繰り返した。
「ここにグランドリオンはなかった。ダリオは亡鬼に襲われて谷底に落ちて死んだ。良いな、カーシュ」
「なっ……でもダリオは……!」
「馬鹿正直にあったことを言うつもりか。ダリオがグランドリオンに魅せられ暴走したので自分が斬った、とでも?」
「っ……!」
「ダリオは亡鬼に襲われて死んだのだ」
言い含めるようなそれにカーシュの心は揺れ動く。
「全て私に任せておけばいい」
柔らかさすら孕んだその声音に、カーシュはきつく目を閉じた。
その後、すぐさま捜索隊が派遣されたがダリオの遺体は発見されなかった。
リデルは嘆き悲しみ、グレンもまた悲嘆の声を上げて泣いた。二人の姿を、カーシュは直視することが出来なかった。
それから数日が経過したが、一向にダリオの遺体は見つからなかった。
そしてある夜。
「カーシュ様」
自室へ戻ろうとしていたところを呼び止められ、カーシュは振り返った。そこには一人の騎士が立っていた。
「あの……ヤマネコ様がお呼びです」
カーシュの顔が不自然に強張ったことに騎士は気づかない。彼はただ頼まれたことを果たしているだけだった。
「そうか、わかった。ありがとう」
敬礼をして去っていく騎士を見送り、カーシュは来た道を戻った。向かう先はヤマネコに与えられている客室である。
扉の前に立つとカーシュは乱暴にドアを叩いた。入れ、と中から声がかかる。
「失礼します」
扉を開け、中へと入っていく。
ぱたん、と静かに扉が閉められた。
***
終わりです。ええ、これで終わりです。これで花咲く〜2の冒頭に繋がるわけです。
一番迷ったのはラディウスでした。そもそも亡者の島にグランドリオンがあるのはラディウスが封印したからなのだろうか、と思ったり。
ていうかホームの方だとガライの墓があるんですが、何で?って思いませんか。霊廟にも墓あるのになんで大陸で死んだガライの墓が亡者の島に?
色々わかんないことだらけで予想とか妄想とかで書いているので齟齬があるかもしれませんが、そこは見なかったことにしてください。(爆)
さて、これで「花咲く丘に涙して」は全ての話が出そろいました。あとは雑多SSSで小話をちょこちょこと出していけたらいいな、と思ってます。
ありがとうございました。
(2012/11/23/高槻桂)