永遠の恋人へ十の言葉より





振り返ったその先に
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


ヤマネコとケンカした。
ケンカ、と言っても一方的にカーシュが怒ってヤマネコを避けているだけなのだが。
原因は些細なことだった。今思えば何であんな事で言い合いになってしまったのか。
けれど起こってしまった事は仕方ない。問題は、それからどうするかだ。
謝らなければならない。そう思うのにカーシュの足は図書館から遠ざかる。
ふとその時、背後でざわめきが起こってカーシュは立ち止った。
振り返ったその先に、ヤマネコがいた。
滅多に階下には降りてこない彼の姿に一般騎士たちがざわめく。
彼はそんな声には頓着せず、真っ直ぐにカーシュを目指して歩いてくる。
そしてあと数歩で腕が届く、という所でヤマネコは足を止めると、すいっと右手を差し伸べた。
「カーシュ」
「……!」
その声に、カーシュは堪らない気分になる。
怒鳴ってしまった後悔とか、避けてしまっていた後ろめたさとか、そういう感情が渦巻いてどうしていいのかわからなくなる。
だが、ヤマネコはただ手を差し伸べる。この手を取れ、と。
カーシュは数歩前に歩みだすとそろりと右手を持ち上げてその手を取った。
「……すまねえ。つい、かっとした」
絞り出すように低く呟くと、構わん、と頭上から応えが返ってくる。
「たまにはそういう事もある」
穏やかな声に、無性に口づけたくなった。
だがここが廊下であることを思い出して、カーシュは恥じ入るように顔を伏せた。

***
くだらない事でも本人は真剣なんです。多分。



離れている時間
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


ヤマネコは今、このエルニド諸島にはいない。本の仕入れだとか言って、一週間前から大陸へ行っていた。
こういう事は度々あった。蛇骨館にある図書館の蔵書量は多い。しかしそれらを全て読みつくしてしまったヤマネコは更なる知識の吸収を求めて大陸へと向うのだ。
「カーシュ様、次はこちらの書類に目を通していただきたいんですけど」
ランスローの声にはっとする。そうだった、今は執務中だった。
「ああ、よこせ」
受け取った書類に目を通しながらも考えるのはヤマネコの事だ。
今何をしているのか、今はどのあたりに居るのか。
凍てついた炎の力を使えばコンタクトを取ることも可能だったが、用もないのに繋いでも仕方がない。
「……カーシュ様、今日はこの辺にしておきましょうか?」
「は?どうかしたのか」
どうかしたのはカーシュ様でしょう?とランスローが苦笑する。
「先程からぼんやりとして。その書類だって頭に入ってませんよね」
失礼な、と反論しようとしたが頭に入ってないのは事実だったのでカーシュは言葉を詰まらせた。
「司書殿ならもうすぐ帰ってきますよ」
「え……」
「執務が終わるまでお知らせしないでおこうと思ったんですが、先刻、司書殿を乗せた船がテルミナ港に入港されたそうですよ」
伝令から報告が来ました。そう苦笑する。
先程伝令役がやってきたのはその事を伝えに来たのか。カーシュは得心する。
「さ、気掛かりが消えた所で、もう一仕事しましょうね」
ずいっと書類を差し出され、カーシュは渋々とそれを受け取った。

***
まだルーカンが騎士になるだいぶ前。



守りあえる、そんな関係でいたい
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


守りあえる、そんな関係でいたい。カーシュは常々そう思っている。
だが、守られてばかりだと痛感する今日この頃。
先日は麻酔で眠らされて誘拐されそうだったのをランスローと共に助けてもらった。
あれは不覚としか言いようがない。もう少し瞬時に機転が利けば倒れる前に蛇骨館まで空間を跳べたはずだ。
カーシュは守られてばかりというのは性に合わないと思っている。
確かにヤマネコは傍から見れば一介の司書だ。狙われる理由がない。
それに比べてカーシュは違う。秘宝と呼ばれる凍てついた炎をその身に宿しているのだから狙われる事はよくある事だ。
それが不満というわけではない。カーシュとてそれだけの代物を手に入れてしまったのだという自覚くらいはある。
けれど守られてばかりで何も返せないのが口惜しい。
そうヤマネコに訴えると、彼は呆れたように溜息を吐いた。
「私はお前に守られているよ」
「どこがだよ」
「私はお前という存在が私という存在を許してくれているから存在していられる。お前が私を許す限り、私はお前に守られている事になるのだよ」
よくわからない理屈だとカーシュは思う。けれど、そうならば。
この力を手に入れた事、それ自体が彼を守ったのだ。

***
カーシュから自動的に供給を受けてヤマネコ様は生きてます。



この先二人に何があっても
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


カーシュとヤマネコがまた喧嘩したらしい。
と言ってもいつものようにカーシュの方が勝手に怒っているだけのようだが。
カーシュに原因を聞いても教えてくれないし、その話をすると逃げられる。
付き合いの長いランスローとルーカンからすれば、この先二人に何があっても二人が道を別つ事ないと知っているのでそれほど心配していない。
しかしそれが一週間にもなると、少しばかり不安になる。
いつもはヤマネコの方がさっさと折れてそんなヤマネコにカーシュが謝る、というパターンなのだが。
しかし今回はそのヤマネコが何の行動も起こさない。それが喧嘩を長引かせているのだ。
「今回は何が原因なんですか」
カーシュが駄目ならヤマネコに聞けばいい。怖いもの知らずのルーカンがそう問うと、ヤマネコはさもつまらなさそうに答えた。
「閨事の問題だ。お前たちは気にしなくて良い」
ルーカンがランスローに報告すると、ランスローが今度はカーシュの元へ走って行った。
「カーシュ様!」
カーシュはその時、いつもの様に部屋で書類に目を通しているところだった。
「何だ、どうかしたのか」
その表情に微かに憂いがあるのは欲目だろうか。
「カーシュ様、正直におっしゃってください」
「うん?」
「司書殿との夜の営みに満足してないんですか?」
「な、ななな何を……」
カーシュが声をどもらせるがランスローは至って真面目だ。
「司書殿に満足してないなら俺に乗り換えませんッイッテ!」
ぼすっと分厚い本でランスローの頭を叩いたのはヤマネコだった。
「阿呆な事を言っている暇があったら職務を熟せ、黒騎士」
「アンタが不甲斐ないから……!」
「ランスロー!違う、違うんだ……!」
「何が違うんですか、そうなんで……」
「だから、逆なんだよ!」
一瞬の沈黙。ランスローは言われた意味を反芻してみる。
「……逆?」
思わず聞き返したランスローにカーシュは顔を赤くしながら観念したように言った。
「俺が回数が多いから減らせって言ったら断られてそれで……」
「……」
ぽかんとカーシュを見下ろした後にヤマネコへと視線を向ければ彼はいつもの無表情でランスローを見返してきた。
「そういうことだ。……カーシュ」
ランスローから視線を外し、カーシュを見下ろす。
「私はお前の要求を呑むつもりはない」
ぐっと息を飲むカーシュはだって、と絞り出すような声でぼそぼそと告げた。
「こんなに頻繁にしてたらアンタ、いつか飽きるんじゃないかって……思って……」
「お前はまた愚かしい事を」
ヤマネコの声音が甘さを帯びてカーシュの耳朶を擽る。という事はランスローにも聞こえているわけで。
「……お邪魔しました」
急に馬鹿馬鹿しくなってきて、ランスローはそそくさと退散することにした。

***
日常茶飯事。



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