花咲く丘に涙して〜IF〜
     ―又、嬉々として―





私の心は貴方をおもひ



ぺらり、と紙が捲られる音が聞えた。
それがスイッチだったみてえに、俺の意識は浮上した。
「……」
ゆっくりと瞼を持ち上げ、視界に広がった黒衣にぼけっと見入る。
組んだ脚の上に置かれた本を、見慣れた亜人の手が支えている。
……。
………。
はっ、しまった。ついぼけっとしちまった。
ぱらり、とページが捲られる。
そうか、さっき聞えたのはこの音か。
いやそうじゃなくて。
どうするよ、俺。
視線を上げるのが正直言ってメチャクチャ怖え。
ぱたん、と本が閉じられた。
「いつまで呆けて居る積もりだ」
淡々とした声に自分の肩が微かに震えたのを感じる。
ああ、この声だ。
俺はちらっと視線を上げた。
相変わらずの無表情に、何とも言えない気分になった。



視線を逸らせずに居ると、ヤマネコが体は動くか、と問いかけて来た。
カーシュはむくりと起き上がって手を握ったり開いたりを繰り返す。特に不具合は無いようだ。
「頭痛がするとか意識がはっきりしないなどは」
「……あー…っと…ない、けど…」
何でこの男がそんな事を聞くのか、と思った所でカーシュはクロノ・ポリスでの事を思い出した。
「あー…そう、か…俺、炎と…」
「何故私を蘇らせた」
カーシュの言葉を遮るようにヤマネコは問う。
「お前は私を憎んでいたはずだ」
その言葉にカーシュはじっとヤマネコを見詰める。
以前はその姿を、否、名を聞くだけでも心がざわめき、嫌な音を立てたと言うのに。
今は、不思議なくらい落ち着いている。
そうだ、この体の奥からじわじわと湧き出るもの。
それは不快なものでは無く、寧ろ。
ヤマネコの表情が微かに揺れる。
カーシュは湧き上がる暖かさに、思わず微笑んでいた。


――俺が、ずっとカーシュの傍に居るよ…


あの日からずっと、誰かを愛する事は禁忌だと思っていた。
悲しみを呼ぶだけだからと。
だから求めない様にしていた。
けれど。
ああ、今なら言える。
「あんたには悪いけど、俺はあんたを喪いたくなかったんだ」
目の前の亜人の表情が目に見えて驚きに染まる。
そんな感情を表に出した彼の表情を滅多に見た事の無いカーシュは、更に嬉しくなって相好を崩して笑う。
「あんたが俺の事、玩具にしか思ってなくても俺はあんたが好きだ。だから生き返らせた。それだけだ」
喪いたくなくて、生きていて欲しくて。
何も要らない。他に何も要らないから。
ただ一つ。
この男を愛する事を、求める事を。
それだけは、許して下さい。
「…カーシュ」
「うん?」
頬に男の手が添えられ、カーシュは擽ったそうに目を細めた。
「お前が私に笑いかけてくれたのは、初めてだな」
添えた手を滑らせ、喉を擽れば小さな笑い声が上がる。

否、初めてではない。

ヤマネコは彼を引き寄せ、口付ける。
「んっ…」
滑り込ませた舌におどおどと応える彼のそれに、そう言えば意識のある彼に口付けたのはこれが初めてだと思い至った。


――わかんなくて良いんだ。その時、思い出してくれれば…


脳裏に甦る、炎と一人の青年の姿。
迫り来る炎に全く気付いていないような素振りで、彼は笑っていた。


――だけど、参った事にそれでも俺は…


そう言って笑った彼の姿が、まるでその家を燃やし続ける炎で焼き付けたように離れなかった。
蛇骨館でその姿を見つけた時、どれほど胸の内が騒いだ事か。
だが、それまで「フェイト」の命令を忠実に実行するだけだった己に湧き起こる様々な感情の奔流に振り回され、ただひたすらに彼を縛り付けるしか術を持たなかった。
例えその眼に宿るのが憎しみでも、彼の中を己で満たせるのならそれで良かった。
「…っは…」
だが、今こうして覗く彼の紅の眼に最早憎しみの色はない。
媚びるような卑屈さの宿る従順の色ではなく、ただ真っ直ぐに自分を見詰めてくる一対の赫。
「ヤマネコ…」
その憎しみの篭もらない声で、寧ろ慈愛に満ちたその声で呼ばれる事がこんなに愛しいものだとは思わなかった。
「カーシュ」
その腕に捕らえたままヤマネコはカーシュを見下ろして告げる。
「       」
告げる事は無いと思っていたその言葉が、少しずつカーシュへと染み込んでいく。
「……ははっ」
カーシュが泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情で笑い、ヤマネコを見上げる。
「ばっかやろ……早く言えっての、そーゆー事はよ」
カーシュはその腕に導かれるまま、男の体に寄り掛った。





「…グランドリオンが…」
カタカタと震える己の武器を、彼はきつく握り締める。
「炎の不安定さに引き摺られたか…?」
どうしたものか、と彼は呟く。
グランドリオンの力が不安定になった所為で彼の体は不自然な軋みの音を上げていた。
今まで抑え込められていた魔力は放出される事を望み、体内を駆け巡る。
だが、彼自身こればかりはどうしようもない事で。
「さて…どうしたものか…」




かつてはガルディア城を覆うように繁っていたガルディアの森。
その大樹が生い茂った森の奥深くには小さな泉がある。
道らしき道も無く。苔や蔦に覆われた、幼子程度の大きさをした石碑が一つ、ぽつんと佇んでいるだけの泉。
日の殆ど差さないその泉の表面は分厚い氷の層に覆われ、流れる事を知らない。
春の柔らかな陽射しにも、夏の乾上がるような暑さにもその泉が揺らめく事は無い。


――…レン…目を覚ますんだ…


そんな水底で、神から永遠の眠りと安らぎを賜ったはずの男は目覚めた。





「あ、目が覚めたんだね」
セルジュがカーシュの様子を見に来ると、彼は既にいつも通りの「カーシュ」に戻っていた。
ヤマネコは既にヒョウ鬼へとその姿を変えており、カーシュの足元で大人しく座っている。
「色々世話掛けちまって悪い」
手袋を嵌めながらそう告げるカーシュに、セルジュは「ううん」と首を横に振る。
「お互い様だよ」
連れ立って廊下に出ると、ヒョウ鬼が音も無くカーシュの後を付いていく。カーシュはそれをちらりと横目で見ると、勘の良い者にしか分からないほど微かに嬉しそうな色を滲ませた。
セルジュはそんな彼らの姿に自らも嬉しくなり、小さく微笑んだ。
会議に使っている部屋に着くと、室内にいた全員の視線がカーシュに集まった。
「カーシュ」
マルチェラが駆け寄ってくる。
「もう、大丈夫なのか?」
「心配かけたな」
カーシュは苦笑して少女の頭をぽんぽんと撫でるように叩く。いつもなら「髪に触わらないでよ!」と怒る筈のマルチェラは、「別にそんなんじゃないわよ」と唇を尖らせた。
「なんつーか、俺自身よく覚えて…」
がしがしと頭を掻いていたカーシュがはっとして天井を見上げる。
「?」
それにつられた何人かが天井を見るが、天井以外何も無い。
「カーシュ?」
マルチェラの声にカーシュがぽつりと呟く。
誰かいる、と。
この船には大勢の人間が乗っている。勿論上の階の部屋にも人は居るだろう。
だが、彼が示すのはそういう事ではなく。
カーシュは「ここだ」と天井へ、いや、彼の「眼」が捕らえた「何か」へと語り掛ける。
「ここへ、来い」
その声に導かれるように彼の視線の先、その天井を一つの光球が突き抜け、カーシュの前に漂った。
掌に収まるほどのその光球はふわりと光の粒となって広がり、やがて一人の男の姿へと変わった。
『…導き、感謝する』
その明るい緑の髪の男は何処か古めかしい雰囲気の鎧を纏い、カーシュと向き合う。
『私はガルディア王国騎士団が一人、グレン』
その所属、そして名に一部の者がざわめく。
かつて大国を誇ったガルディア王国。
その騎士、グレン。
A.D.600年代、もう一人の英雄と共にその名を轟かせた、草原と同じ髪色を持つ英雄。

『グランドリオンを、探している』

その言葉に何よりその身を強張らせたのは、やはりカーシュだった。
「確かに一本目のグランドリオンはここにある」
だが、その足元からの言葉にカーシュ自身も驚いて見下ろした。
ヒョウ鬼の姿をしたヤマネコはすっと視線を部屋の隅へと向かわせる。
「今は何と名乗っているかは知らぬが」
視線の先には、壁に背を預けている男、アルフ。
「………」
無言でヒョウ鬼を見るその仮面越しの視線は責めるような色を持っていた。
だが、獣は素知らぬ顔で男の視線を受け止めている。
「…『一本目』…?」
呟くような声にヒョウ鬼の視線は傍らの青年へと移る。
「そうだ。グランドリオンは二本存在する。どちらもB.C.12000年の古代魔法王国ジールの三賢者の一人、命の賢者・ボッシュが鍛えた物だ。一本目のグランドリオンは最終的にはガルディアにて代々受け継がれ、ガルディアがパレポリに滅ぼされた際に行方不明となっている。そしてもう一本のグランドリオン…つまりお前たちの知るグランドリオンは同じくボッシュにより鍛えられたが元は小さなナイフだったが、それを使ってある装置の暴走を止めようとした際に長剣と化し、ジール王国と共に一旦は海に沈んだ」
そこで黒き獣は言葉を止めた。
それ以上を語るまでも無い、と。
「さて」
再びヒョウ鬼の視線はアルフへと向かう。
「面倒毎は早めに処理するが得策と心得るが?」
「…致し方ないとす可し、と?」
「自業自得だ」
アルフはチッと舌打ちすると右腕を振った。
すると、まるで彼の得意とするイリュージョンの様にその手の中には彼の武器があった。
『さあ、グランドリオンを』
男の言葉に導かれるようにアルフの手からロッドが離れ、彼の前でふわりと浮かぶ。
そして彼が手を翳すとロッドの輪郭は歪み、一振りの剣へとその姿を変えた。
「…何故私に力を貸す」
苦々しい色を滲ませたアルフの問いに、男は微かに笑った。
『仲間だからさ』
その仮面の下で驚きに眼を見張っているアルフに男は笑みを深め、そしてグランドリオンへと向き直った。
『我が名はグレン。汝が主となり得た我が魂を糧とし汝が力、更なる強固なものとせん!』
途端にグランドリオンが眩いばかりの光を放ち、咄嗟に閉じた眼を開ける頃にはグランドリオンだけが宙に留まり、明るい緑の髪をした男の残像は消えていた。
「……グレン……」
アルフはぽつりとその男の名を呟き、グランドリオンの柄を掴む。
するとグランドリオンは再びその輪郭を崩し、ロッドへとその姿を変えた。
「………」
アルフは暫くそのロッドを見詰めていたが、ひょいと投げるような仕種と共にそのロッドを消してしまった。
「暫く」
そして、彼自身も袖を振ると同時にその姿を消していた。








(続く)
+−+◇+−+
寒・・・某亜人と筋肉バカの周りが熱い分、こっちは氷点下に突入しています。
なんかさ、いや、うん、なんかさ・・・一気にラブラブムード突入?え?いいの?そんなあっさりラブってていいの?いやぁ、でも人間、一度吹っ切るとこんなモンですけどね。(けっ)
特にカーシュの場合感情が一直線(単純)なのでその色は顕著に表れるかと。
それにしても、ホント寒いなあ、こいつら・・・ピンクの背表紙の小説だって最近はまだマシな恋愛してるぞ。(読んでないので知らんが)
そういえばヤマネコ様、大抵ヒョウ鬼の姿で居ますが、変身の雰囲気はハリポタで言うならアニメーガスみたいな感じで受け取って頂ければ。
まあつまり、ヤマネコ様はカーシュがヤマネコ様の存在を知る前からカーシュの事を少なからず思っていたという話。(唐突)あと、少し零ネタが入りました。そんな事どうでも良いけど。いやそれより、トリガーネタが入った事の方が重要なんじゃ・・・。ていうかごめん、ぶっちゃけ、ヤマカー云々以外で言うならこれが一番書きたかったんです。(爆)
カエル大好き。魔王も大好き。サイラス×グレン、グレン×魔王(リバ可)大プッシュ。なのでうちのトリガーでは魔王は勿論一緒に戦ってます。バランスが悪いと分かって居ながらクロノ、カエル、魔王でパーティ組むくらい!そらさすがにラヴォス戦ではクロノ、マール、カエルでしたけど。(カエルは外さないらしい)まあとにかく、カエルに「仲間だからさ」と言わせたかったが為にグランドリオンが二本有るとか無茶苦茶な設定にしてます。イルランザーの立場無し。良いんです、妄想ですから。まあ、トリガーをプレイした時は本気で二本あると思ってたんですけどね。
(2003/09/24/高槻桂)

 

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