花咲く丘に涙して〜IF〜
     ―又、嬉々として―





私の腕は貴方へ伸ばされるのです



翌日、一同の元へと姿を現わしたアルフの姿に一同の視線が集まった。
だが、アルフはその視線を意に介さず真っ直ぐにセルジュへと近付く。
「セルジュ、死海で砕けたグランドリオンを覚えているか」
「え?うん」
「グランドリオンは、まだ生きている」
え、とセルジュがその目を見開いてアルフを見上げる。
「グランドリオンや凍てついた炎は元々はある生命体の欠片だ。だからお互いに共鳴しあい、その居場所を探る事が出来る。そして私のグランドリオンは確かにもう一本のグランドリオンの息吹を感じた。ただ、相変わらず邪気が強すぎて私では場所までは特定出来ない。だが、凍てついた炎なら、或いは」
その言葉にセルジュの視線がカーシュへと向かう。
「あ?」
何で俺を見るんだ、と言わんばかりの表情を浮かべたカーシュは漸く思い至ったように「ああ」と声を上げて足元に蹲るヒョウ鬼を見下ろした。
「どうやってやれば良いんだ?」
「ただ願えば良い。お前は人であると同時に凍てついた炎自身なのだから」
「あー?」
えーっと、などと声を上げながらカーシュはじっと眼を閉じる。
(願う?願うっつってもなあ…)
グランドリオンを。
閉じた瞼の向こうに赤い光が一つ。
そして人影。
アルフとその傍らに立つ、英雄グレンと一人の精霊。
違う、もう一つの。
そう思うと同時にぎゅん、と景色が通り過ぎる。
「…エルニドの、北東…に、島が、ある…小さな島だ…」
小屋が見える。小さな島に、ぽつんと一つ建っている。
そこに、赤い光。
けれど、どす黒く歪んだ光。
「!!」
その瞬間、カーシュは大きく目を見開いていた。
「カーシュ?!」
セルジュが駆け寄っても彼は全く気付いた素振りも無く、ただ只管、最後に見た光景に驚愕していた。
カーシュはわなわなと震える唇で呟く。
「ダリオが…生きている…」
グランドリオンの主は、ダリオだ。




自分の知るダリオは、確かに死んだ。
死体もこの目で見た。
だが、そうだ。
ここは、もう一つの世界なのだ。
この世界で自分は死んでいた。
ならば、その反対も有り得るのだと、それを。
こんな形で突き付けられるとは、思いも寄らなかった。


「そう、だったのですね…」
リデルの声が重苦しい雰囲気の立ち込めた室内に響いた。
リデルとマルチェラが寝泊まりしている船室には、当の二人と蛇骨大佐、ゾア、グレン、そしてカーシュとヒョウ鬼の姿をしたヤマネコが集まっていた。
カーシュは亡者の島での出来事を彼らに打ち明けた。
ダリオがグランドリオンに魅せられ、カーシュを殺そうとした。
だが、僅かに残っていた意識に説得され、自分が彼を斬ったのだと。
ただ、彼がリデルを名指した事やその後のヤマネコの事は言えなかった。
そして、「彼」の事も。
「…ダリオは」
マルチェラが俯いたままぽつりと呟いた。
「カーシュの事、嫌いだったのかな」
グランドリオンは人の心底の闇を引きずり出し、増長させる。
つまりそれは、ダリオが心の底ではカーシュを憎んでいたとも取れる。
「………」
更に重たい沈黙が室内を覆った時、乱暴なノック音が響いて船長であるファルガが姿を覗かせた。
「着いたぜ。ボートの準備も万端だ」




ダリオと戦う必要はない、と彼は言った。
グランドリオンの邪気さえ祓えば片が付くと。
今のお前には、それができると。
本当は、余り凍てついた炎の力を使いたくはない。
人が人として不相応な力を使うのは、抵抗があった。
けれど。
無駄に剣を合わせずに済むのなら、と自分を納得させた。
恐らく、自分は何処か逃げ腰になっているのだ。
ダリオと戦うのは、少し、怖かった。
ダリオと向き合えば、きっとあの時を思い出す。
あの、悪夢の様な瞬間を。
繰り返したくなかった。
だから、この力を使う事にしたんだと思う。


「目を覚ませ…グラン、リオン…ダリオ…!」


エレメントを使うより簡単にその力は思い通りになる。
世界を変える事すら容易いとまで言われたその力は、確かにグランドリオンの邪気を取り除いた。
ただし、それは柔らかく浄化するような物では無く。
体にこびり付いた物を無理矢理引き剥がすような。
そんな、問答無用の強さ。
ああ、だから。
だからこれは人の手に渡ってはならないのだと理解した。
たとえ人を殺してもその実感はなく、罪悪感も生まれないだろう。
呆気ないくらいに強大な力。

「アルフ、ドリーンを…」

アルフのグランドリオンからダリオのグランドリオンへ、一人の精霊が渡る。
ドリストーンの精霊姉弟が揃ったグランドリオンは、もう怨念に取り付かれる事はないだろう。
「本当に良いのか?」
ドリーンはアルフの魔力を抑える為の礎だった筈だ。
だが、彼は構わないと言う。
「私には、グレンが居る」
その仮面の奥の眼光に、何処か和らいだ所があると気づいたカーシュは「そうか」と微かに笑みを浮かべた。
「グランドリオンが、新しい主を選ぶ…」
輝きを取り戻した赤い力は、セルジュを新たな主と決めたらしい。
セルジュのスワローがグランドリームへと変化を…進化を遂げた。

「うぅ……」
「ダリオ…!」

更なる力を手にしたセルジュの傍らで頭を抱え、蹲る男にリデルが寄り添う。
その姿に動きを無くし、カーシュはただ二人を見ていた。

怖かった。

自分に気付いたダリオがどんな目で自分を見るのか。
もし、あの頃の様に、


――俺が、ずっとカーシュの傍に居るよ…


愛しさで満ちた目で見詰められたら。
きっと、何も言えなくなってしまう。



「…カーシュ…?」



視線が、重なった。





自分達とダリオは違う世界の人間だ。
だから意味の無い行為といってしまえばそれまでなのだが。
ダリオは、リデルとの婚約を解消した。
もしそちらの自分が生きていたら、そうしただろうから、と。
リデルも何か察する所があったのか、それをあっさりと承諾した。
その後、カーシュはダリオと言葉を交わした。
彼らが何を話したのか、それは彼ら自身しか知らない。
けれど、少しずつ彼らのぎくしゃくとした空気が薄らいで行くのが分かった。
そんな頃、セルジュがキッドの元へ行きたいと言い出した。
キッドは未だにラディウスの元で眠り続けており、当然食事も碌に受け付けない為、少しずつ衰弱して行っている。
星の塔へと向かう手立てが見つからない今、セルジュの要望は容易に受け入れられ、その航路はすぐさま変えられた。
島に辿り着くとセルジュ、イシト、カーシュ、そしてヒョウ鬼の姿をしたヤマネコがラディウスの元へと向かった。
ラディウスはすぐにヒョウ鬼の正体に勘付き、セルジュ達はその説明に些か時間を取られ、老人は何処か面白そうにそのヒョウ鬼を見下ろしていた。
『なんだ?』
精霊の声にセルジュが首を傾げる。
「お姫様?時のたまご?」
その問いに答えたのは、ヤマネコだった。
「キッドは私と同じだ」
「え?」
「ある存在から創り出された存在。ほんの欠片に過ぎない」
「つーことは、キッドも誰の分身と言うことなのか?」
カーシュの問いにヒョウ鬼は「そうだ」と肯定する。
「ルッカはそれが誰だかを悟り、キッドの役割を知った。だから時のたまごの試作品を持たせたのだ」
「ルッカ?」
「キッドを育て、私…いや、「フェイト」と炎のリンクを絶つプロメテウスシステムを作り上げた科学者だ」
そして、とヒョウ鬼の視線はベッドの上のキッドへと向かう。
「時のたまごとは時空を超える為のキィとなるものだ。それを使えば時間の流れに直接的に介入する事が可能となるが、そこにある時のたまごは不完全なものだ。作動しても僅かな時間で戻されるだろう。下手をすれば時間軸に閉じ込められ、永遠に時の迷子だ。だが…」
『僕たちが力を合わせれば、おひめさまを助ける事が出来る』
「どうやって?」
セルジュの問いかけに、精霊たちが口々に説明する。
つまり、キッドを捕われている過去から解放させれば目が覚める、と。
セルジュたちがそれに賛成の声を上げると、ヤマネコが「一つ」と声を挟んだ。
「行くのであれば、青の攻撃エレメントを主にセットしておく事だ。あと、オーラも」
赤の攻撃エレメントなぞ外しておけ、と彼は告げる。
まるでこれから起こる事を知っているような口振りだ。
だが彼はそれ以上を口にせず、カーシュの傍らでじっと座っているだけだった。







――ルッカねえちゃん!

遠くで自分の叫ぶ声が聞える。
周りは明るいほどに真っ赤で、それがちらちらと揺れている。

――キッド!良かった、生きて…

ああ、またあの夢だ。
幸せと、別れを告げた夜の夢。
あの時の、やっぱりセルジュだ…やっぱ、セルジュだったんだ…

――おい、とにかく外へ…

これは、誰だったんだろう…。
眼が、紅かったのは覚えてる。
炎と同じ色だ、と思ったのを覚えているから。

――お前は先に行っとけ。俺は…





そこは、一面の炎の海。
セルジュ達はキッドの姿を探して燃え盛る家中を走り回った。
その途中、何人もの子供を助け出したもののその中にキッドの姿はない。
「キッドを知らない?」
新たに助け出した少年に問うと、少年は奥の部屋へ行くのを見た、と答えた。
イシトが外まで連れ出そうとすると、少年は一人で大丈夫だからと走って行ってしまった。
「イシトさん!」
「イシト!」
早くしなくては、と三人が奥へ向かう途中、イシトが消えた。
「くそっ」
そしてカーシュも己が元の時間へ戻されそうになったのを悟り、咄嗟に凍てついた炎の力でグランドリームの力を補助させ、何とか留まり続ける事が出来た。
「キッド!」
駆け込んだ部屋の中央近くに少女が倒れ込んでいる。
セルジュが慌てて抱き起こすと、少女はのろりとその瞼を開いた。
大丈夫、まだ生きている。
「キッド!良かった、生きて…」
セルジュがほっと息を吐く。
「おい、とにかく外へ連れてけ。中毒起こしかけてるぞ」
「う、うん!」
セルジュは慌てて少女を抱き上げ、その軽さに微かに目を見開いた。
「お前は先に行っとけ。俺は勝手に戻るから気にすんな」
セルジュはこくりと頷くと、少女を抱えて外へと向かった。
「……さて」
セルジュの姿が見えなくなり、カーシュは窓際に立つ二人と向き合った。
「よお」
こんな状況だと言うのに、彼は片手をひらりと上げて笑った。
「今言っても忘れちまうかもしんねえけどさ、多分、もう今しか言えねえから言っとくわ。ツクヨミ、俺たちはお前を恨んじゃいねえよ。確かに利用されてたって知った時は腹立った。けど、結果的に俺たちは前に進めた。だから、ありがとうな」
勿論、この時点のツクヨミは目の前に居る男が誰だか知らない。案の定、「はあ?」を顔を顰められた。
「何か勘違いか人違いしてない?」
いやその格好で人違いも何も無えし、と内心で突っ込みつつ、カーシュは微笑った。
「わかんなくて良いんだ。その時、思い出してくれれば」

――もうこれ以上は炎の力を借りても限界だよ

「ん?ああ、そうか。じゃ、そろそろ帰るわ」
あ、そうだ、と彼はヤマネコに向き直る。
「なあヤマネコ、てめえのやって来た事は酷えと思うし、俺は自分の罪を忘れる事なんて出来ない。だけど、参った事にそれでも俺は」

そこで意識は途絶えた。





全身を引っ張られるような感覚が消え、カーシュは目を開けた。
「カーシュ、良かった、無事で…」
イシトがほっと息を吐く。
「小僧は?」
「まだだ…」
ゆるゆると左右に振られた首にカーシュは「そっか」とキッドへと視線を移す。
その寝顔が先程よりは幾分か穏かな印象を受けるのは気のせいではないだろう。
「で?」
足元から上がった声にカーシュは視線を落とす。
そこには思った通りヒョウ鬼の姿をしたヤマネコがカーシュを見上げていた。
「「で?」って何だよ」
「お前が最後に言った台詞だ。「それでも俺は」の続きは結局何だったのだ?」
一瞬の間を置いて、カーシュは一気に顔を朱に染めた。
「ななななんで知ってんだよ!?」
「どうも勘違いしているようだがお前たちが行って来たのはキッドの心の中ではなく過去そのものだ。だからあの場に居た私がそれを記憶していて不思議はなかろう」
当たり前の様に告げるヤマネコに、カーシュは酸欠の魚の様に口を閉開させる。
「〜〜〜〜!ぜってえ教えねえ!」
「…ほう?ならば力尽くで聞き出すまでだ」
これが人型であれば確実に「にやり」と笑っているだろうその声音に、カーシュの顔は更に赤くなった。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
結局、カーシュが白状したかどうかは…その場に居たものしか知らない。









――だけど、それでも俺は……









あんたを愛した事、後悔してねえよ。









(続く)
+−+◇+−+
えー、これでツクヨミやヤマネコ様が時々思い出していた光景が何なのか、判明しましたね。いや始めからバレバレでしたけどね。
改めて気付いた事。ヤマネコ様が居るのに他のキャラがカーシュに近寄れるわけないじゃん。
カーシュが亡者の島の事を打ち明けた時に内緒にしておいた事の一つ、「彼」ですが、これは花咲く零ネタです。父ですよ、父。誰のとは言いませんが先天性属性黒の人の。(言ってるし)
そしてやっぱりここでもさりげに出張って来たか、アルフとカエル。(笑)不意に私の脳裏を「番外編としてカエル×魔王の話とか書いてみたらどうかしら」なんて事が過ぎったのは内緒です。
グランドリオンイベント直後のダリオとカーシュの会話はもういい加減書き飽きたので(え?)気が向いたら番外編として書きます。
ていうか、話が猛スピードで駆けて行く所為か、文章がぶつぶつ千切れてる。
(2003/09/25/高槻桂)

 

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