花咲く丘に涙してIF、没ネタ。
「カーシュの強い感情に炎が引き摺られたんだ」
カーシュは二歩、三歩前に進み出ると、すっとセルジュへと視線を落した。
「…『これで良かったのだろうか』」
「え?」
「炎に意識を奪われてるんだ」
ツクヨミが鹿爪らしい表情でカーシュを見ている。だが、彼は気にも止めずつらつらと言葉を紡いでいく。
「『彼を倒す事が己の生きる証なのだろうか。彼は何を見ていたのか』」
「これはセルジュ、アンタの心だ。凍てついた炎は願いを叶える秘宝であると同時に、人の心を映す鏡のようなものなんだ」
「…ツクヨミ」
突然名指しされたツクヨミはびくりとして「彼」に向き直る。
「お前の役目は果たされない。私はお前たちの元には行かない」
「!」
「彼らに伝えよ。私はこの者と生き、死ぬ」
そんな、とツクヨミが悲鳴に近い声を上げた。
「どうしてですか!」
「…人の言葉で言うのなら、『疲れた』のだろう」
彼は視線を伏せ、じっと眼を閉じて呟くように告げた。
「ですが、あなたを人の手に委ねるなど…!」
「破戒を望まず、富を望まず、権力を望まず…私を受け入れる心を持っている」
「人は変化の生物です!特に強大な力には左右され易い!」
それでも彼は首を横に振ると、ツクヨミから視線を外した。
「良い、下がれ」
「……」
ツクヨミはきゅっと唇を噛むと、軽く跳躍して消えてしまった。
ツクヨミが消えてしまうと、彼は一つ、大きな溜息を吐いた。
「何より運命に囚われていたのは、フェイト自身だったのかもしれない…」
そう言い終えると、繰り糸の切れた人形のように彼は倒れ込んだ。
「カーシュ!!」
遠くに、鈴の音を聞いた気がした。
――…………
…こえが…きこえる…
――………シュ…
ああ、ゆめか…おれ、ゆめみてんのか…
――…カーシュ……
……鈴の音が、聞える。
…呼んでる…誰が…
――カーシュ!
…ツクヨミ…?あれ、俺どうしたんだ?
――いつまで寝てんだバカーシュ!早く起きろ!今ならまだヤマネコ様を蘇らせられる!
…ヤマネコを…?だけどよ、アイツは…
――セルジュたちへの遠慮とか、そんなんどうだっていいだろ!アンタはどうしたいんだ?!
俺…俺、は…
――何迷ってんだよ!!
引き返せない。
何も、言えなかった。
「涙……あたい、泣いてる……」
伝えれなかった。
「バイバイ……。セルジュ……」
逃れられない、定められた役割。
――アンタは力を手に入れたんだ!あたいと違ってアンタはヤマネコ様を取り戻す事が出来るんだよ!
ツクヨミ、お前…
――ねえカーシュ、あたいね、アンタの事、嫌いじゃなかったよ
――ヤマネコ様を、救ってあげて
「大佐」
声に振り向くと、グレンが神妙な面持ちで自分を見ていた。
「少し、良いですか?」
グレンの言葉に蛇骨は甲板を軽く見回す。船尾の方に何人か屯しているのが見えたが、幸い自分達の居る船首の方に人気はなかった。
「何だね。言ってみなさい」
「はい。三年前、自分の兄は亡者に襲われて亡くなったのだと聞きました。大佐は、それ以外に何かご存知ありませんか」
グレンの問いかけに蛇骨の答えは否、だった。
「居合わせたのはカーシュのみ。半ば自失状態となったカーシュを連れ戻したヤマネコももうおらぬ。カーシュがそう言ったのなら……」
ふと蛇骨は言葉を区切らせる。
違う。
亡者の島での出来事を知らせて来たのはカーシュではなくヤマネコだった。カーシュはヤマネコの傍らに控え、蛇骨が彼に「確かか」と尋ねた際、
「相違、ありません」
そう答えたのみである。
「大佐、カーシュはヤマネコに脅されていたのだと思います」
「ふむ…しかし何のために」
あの、カーシュが寄りによってヤマネコの言いなりになるなど余程の事だろう。
「以前、アルニ村周辺調査やセルジュの捕獲命令を出したのは大佐ですか」
覚えの無い司令に蛇骨は微かに目を見開く。
「いや、初耳だ」
自分に忠実だったカーシュが勝手な単独行動をするとは思えない。すると、やはり彼は何らかの理由からヤマネコに従っていたのか。
「カーシュは何と」
蛇骨の問いかけにグレンは視線を落し、唇を噛む。
「そうか」
蛇骨は暫し考え込むと「わかった」と頷いた。
「わしからも一つ聞いて…」
がたん、と物音がして二人はそちらを振り返った。
「カーシュ!」
船室で寝ていた筈のカーシュが甲板へ上がって来たのだ。
「カーシュ、寝てなくて良いのか?」
グレンが声を掛けると、まるで高熱に浮かされたようにカーシュの呼吸は早かった。
「カーシュ?まさか炎の所為じゃ…」
「あ、ぅああっ…!」
「カーシュ!!」
突然崩れ落ちるカーシュを抱き留めた蛇骨は、彼の背に異様なものを見た。
カーシュの背、その服の下で何かが突出しつつあるのだ。
「これは…!?」
グレンの驚愕の声と同時にびつっ、と布地の避ける音がしてそれが姿を現わした。
それは何本もに枝別れをした赫い枝の様だった。
または、赫い鹿の角が二本、左右に生えた様と言うべきだろうか。
「まさか、凍てついた炎が成長しておるのか…?」
蛇骨は呆然としているグレンにセルジュを呼んでくるように告げる。
「調停者ならなんとかできるやもしれん」
「は、はい!」
グレンは慌てて船内へ下りていき、蛇骨は断続的に悲鳴を上げ続けるカーシュを見守る事しか出来ない事に歯噛みした。
「……え…くれ…」
「何?」
「…かえしてくれ……ぁいつを、ヤマネコを返してくれ!」