花咲く丘に涙して〜IF完結編〜
     ―私にはあなたがある―





私が身は思ひ出と共に罪を溯り




あれから、一ヶ月が過ぎた。
そう、あの時の闇の彼方で時を喰らうものを倒してから。
「彼」の居ない生活を始めてから。
ダリオは勿論、マルチェラも、ゾアも、みんな。
あの旅の事を覚えていなかった。
まるで自分だけが壮大な夢を見たかのように。
けれど、自分の中には確かに人成らざるものが存在している。
凍てついた炎。
その所為か動物や龍など、人成らざるものの声、意思と言うべきだろうか?それが理解できるようになっていた。向こうもどうやらこちらの言葉(意思?)が分かるらしい。
特にこれと言って炎の力を使って何かをする気はないので、現在は超高性能翻訳機となっている。
恐らく、自分が記憶を失っていないのはこの凍てついた炎を宿していたからだろう。
けれど、そもそも何故炎は宿ったままなのだろうか。
四年前に戻ったのなら、炎は宿っていない筈だ。
という事は、やはりここは新しい時間軸なのだろうか。
それとも、自分一人があの闇の彼方からここへ戻って来たのだろうか。
本当はキッドに会えればよかったのだが、彼女が何処でどうしているのか見当も付かない。
セルジュはどうだろう?
そう思い、目覚めて数日した頃にアルニ村へ行ってみようとした。
そうしたら、溺れ谷で偶然、テルミナへ行く途中らしいセルジュと出会った。
けれど、目が合った途端、彼はそれこそ初対面の人に対するように軽く会釈をしてすれ違った。
ああ、小僧も覚えて無いのか。
何処か、諦めにも似た感情だった。
けれど、一つだけ確かめたい事があった。
おい、小僧。え?僕、ですか?そうだ、お前だ。お前、親父さんは元気か?

はあ、元気ですけど…。

父のお知り合いですか?あーまあ、似た様なモンだ。はあ。引き止めて悪かったな。いえ。
セルジュの父、ワヅキは無事だ。
では、ワヅキが正気を失った先に存在するヤマネコは?
居ないのだろうか?
この世界には、存在しないのだろうか?
けれど、自分に凍てついた炎が宿ったままならば、この世界にヤマネコが存在する可能性もゼロではない。
ああ止めた止めた。
彼は待っていろと、蛇骨館で待っていろと言ったのだ。
必ず迎えに行くと。
今度こそ、信じると決めたのだ。


差し当たって問題なのは、ダリオとの関係だ。

ダリオに思いを告げられ、そのまま済し崩しに関係を持って…自分が二十四と言う事は七年目か。
…うわ、七年かよ。
男同士という事から周りに公言していたわけでもなかったし、二人きりの時以外は親友、戦友、そんな関係だったからこれと言って「付き合っている」という認識が薄かった。
何時の間に七年。
ぶっちゃけ、言い辛い。
仮にも七年もの間お付き合いなるものをしていた相手(しかも自分と同じ男の上、自分に惚れている)に、
「すまん、別れよう」
と言うのはとてつもなく勇気が要る。
あの時、グランドリオンから解放されたダリオと言葉を交わした時でさえこれ以上に無く心臓に負担が掛かったと言うのに。
あれをもう一度やれ、と。
しかもあの時は事情が事情だったし三年という離れていた期間があった。(そもそも別の世界同士だったがこの際それは置いておくとする)
が、今回の場合、ダリオにしてみれば青天の霹靂状態だろう。
だが、ヤマネコへの想いを自覚している以上、ダリオとの関係を続けるわけには行かない。
ああまさか自分がこんな事で悩む日が来るとは夢にも思わなかった。
いっその事、炎の力でダリオの記憶からその事だけ消してやったらどうだろう。いや待て待て幾ら言い辛いからと言ってもそれは余りにも不誠実で卑怯だ。第一、そんな事に使われる炎が哀れだし何より自分の力で解決しろよオイ。

そんなこんなでウダウダしながら半月を過ごしてしまった頃、漸くカーシュはダリオに告げた。

「…何となく、予想はしていたさ」
殴られても構わない、土下座しろと言うならしてやる、それくらいの意気込みだったカーシュにとってダリオの反応は見事に肩透かしを食らわせてくれた。
「最近、何か言いたげにしてたからな」
バレバレだった。
「元々俺が強引に迫った形だったし…」
いつかこうなるんじゃないかって予感は、昔からあったんだ。
そう自嘲気味に笑うダリオに、カーシュはすまない、と告げる。
ダリオの事は確かに好きだった。
けれど、ダリオが自分を想うようにダリオを想えなかった。
親友の線を越えた、けれども恋情には届かない曖昧な所で立ち竦んでいた自分。
漸くどちらへと踏み出すのか、決める事が出来た。





「溺れ谷?」
カーシュがダリオからその知らせを聞いたのは昼食を終え、のんびりとお茶を啜っている時だった。
「そう。最近溺れ谷のモンスターが道を塞いでしまうらしいんだ」
変だ、とカーシュは首を捻った。
あの辺りのモンスターはこちらから手を出さない限りは周りをうろついているだけの、大人しい気性のものばかりだったはずだ。
「それがどうもおかしな事に、そいつらは行く手を阻み、幻を見せて去っていくらしい」
「幻?」
「内容は人それぞれだが、気味悪がって誰も通りたがらない」
今日の午後は訓練からそっちの調査に変更されるらしいとダリオは続けた。
「メンバーは」
「俺とお前、あと何人かと言ったところだな」
「へえ、四天王が二人、しかもお前と俺か。余程の事なんだな」
仕方ないさ、とダリオは笑った。
「溺れ谷はこちらとあちらの唯一の陸路だからな。商人からの訴えがかなり来ている。一刻も早く何とかしたいのだろう」
「んじゃ、まあいっちょ頑張るとすっか」




「で、どこだって?」
溺れ谷の入り口でカーシュが振り返ると、ダリオは道の真ん中辺りを指差した。
「あの辺で出るらしいが…」
「よし、行くぞ」
「ああっ!カーシュ様待って下さい〜!」
さっさと先に行ってしまうカーシュと、慌ててその後を追う騎士たちの姿にダリオは苦笑しながら後を追う。
すると、先頭を行っていたカーシュの目の前に一体のカゲネコが現れた。
「…カゲネコ…?」
カーシュがアクスを構えると、ダリオ達も剣を抜いて対峙する。
「うわっ!」
騎士の一人が声を上げた。谷の彼方此方からカゲネコが現れ、四人を取り囲んだのだ。
「あ〜、こら面倒臭えな」
「最初の一体だけいやに大きいな。あれが首魁か?」
騎士たちとは違って二人は平然として会話を続ける。
だが、幻を見せてくるのなら早めに倒した方が良い。
「?」
…そう思ったのだが、どうも仕掛けてくる気配が見られない。
「…あれ?もしかして…」
「カーシュ?!」
「カーシュ様?!」
突然アクスを下ろしてしまったカーシュにダリオ達の驚きの声が上がる。
だが、カーシュは全く耳に入っていないようで、まじまじと一際大きなそのカゲネコを見詰めている。
「お前…クローセル、か?」
そう告げた途端、そのカゲネコは一声だけ鳴いた。すると周りを囲んでいた無数のカゲネコ達があっという間に消えてしまった。
ととっとそのカゲネコはカーシュに近寄り、じっとカーシュの言葉を待つように見詰めてくる。
「お前、何で…バエルはどうした?あいつは…あいつは、近くにいるのか」
カゲネコは何も答えない。
「いないのか?」
にゃあ、と短く鳴く。
それに落ち込む反面、じゃあ、と嬉嬉とした色が滲むのを隠せない。
このカゲネコはやはりクローセルだ。そして、このカゲネコはカーシュの示す「あいつ」が誰だか知っている。
知っているという事は、彼はこの地に存在するのだ。
「存在、するんだな…」
にゃあ、とまた鳴き声が響く。
眼が覚めて時間が戻っていると気付いた時、真っ先に思ったのは彼の事だった。
新しい時間。フェイトも龍神も存在しない時間。
ならば、彼は?
フェイトがいないのなら、彼も存在しないのではないか?
アルニ村にはワヅキもミゲルも存在した。
彼は、この新たなる世界には存在しないのではないのか。
待つと決めた反面、常に不安は付き纏っていた。
突然クローセルはカーシュの額にぺたりと己の尾を当てた。
「?……あ…」

――カーシュ

その声を聞いた途端、一気に体の力が抜けそうになる。

――大人しく待っていろ

ふっと額から尻尾が離れた。
「カーシュ!」
倒れそうになったカーシュをダリオが抱き留める。
「大丈夫か?」
カーシュは自分が倒れそうになった事すら気付いていないような表情でクローセルを見詰めている。
「…生きてた」
「カーシュ?」
「……ぃよっし!」
突然ガッツポーズをするカーシュにダリオだけでなく、はらはらとしていた騎士たちもびくっと肩を揺らす。
「問題解決!さっさと帰っぞ!」
「ちょ、ちょっと待て。事情が良く分からないのだが…」
はーやれやれ、とアクスを担いで帰ろうとするカーシュを困惑顔で引き止めると、彼は随分スッキリとした顔であっけらかんと言い放った。
「原因はこいつで、こいつの面倒を俺が引き受けたからもう被害が及ぶ事はない。OK?」
「だ、だがモンスターを…」
「こいつは特別なんだよ。クローセル、目立つから潜っとけ」
当たり前のように自分の影を指差してそう言うと、カゲネコはするりとカーシュの影の中へと隠れてしまった。
「な?」
 そうにっこりと言われてしまっては惚れた弱み、何も言い返せない。
「…わかりました、ハイ」
上機嫌で帰って行くカーシュとわけが分からないまま付いて行く騎士たちの背に向かって、ダリオは深い溜息を吐いた。







(続く)
+−+◇+−+
ごめんなさい、私、別れるシーンって凄い苦手なんです。私は相手から別れを言い出す様に言い包める卑怯者タイプなので、真正面から正直にぶつかっていく人ってわかりません。
あと、ダリカーお別れイベント〜カゲネコ騒動の間ですが、一年くらい流れてます。なのでダリカーがぎくしゃくしてないんです。でもダリ兄は未だに引き摺ってる様子。(笑)
話しは変わって、四年前か三年前か、という事ですが、随分悩みました。ヤマネコが大佐に接触した時期は書いて在るくせに蛇骨館へ客人としてやって来た時期が書いて無いってどういう事よ。ってなわけで始めは三年前って事にして書いてたんですが、結局四年にしました。ゲーム本編がどの程度の期間の話しなのかがさっぱり分からなかったので。私的には三ヶ月くらいと思ってるんですが。
因みに第二話ですが、A.D.1010年です。三年すっ飛びます。
(2003/09/27/高槻桂)

 

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