花咲く丘に涙して〜IF完結編〜
―私にはあなたがある―
けれど、貴方は違えず私の元へと帰って来た
「新しい司書?」
カーシュの声にああ、とダリオが頷く。
「今の司書殿は高齢だからな。大分前から交代を考えていたらしい」
ふうん、と窓辺に寄りかかってカーシュは今の司書を思い出す。
新しい時間軸ではガッシュはおらず、代わりに見知らぬ老人が司書を務めていた。
カーシュがステンドグラスの前でじっと座り込んでいると暖かい茶を勧めてきたりと、世話を焼くのが好きそうな老人だった。
蛇骨大佐が今テルミナに出かけているのも、その新しい司書とやらを迎えに行っているからだそうだ。
大佐直々に出迎えに行くとは、どんな司書なのだろうか。
「新しい司書殿は蛇骨大佐のご友人らしい。まだお若いそうだが博識で頼りになる、と大佐がおっしゃっていたぞ」
大佐とその娘、リデルに気に入られているダリオはよく大佐の茶の相手を務めている。その際に聞いたのだろう。
「ふぅん……ってそういえばお前、リデルお嬢様を振ったらしいな」
カーシュがジト目で見ると、彼は盛大に噎せ込んだ。
「あ、いや、その、だな」
「まさかお前」
まだ俺のこと好きなのか、と視線に込めて問えば、視線を彷徨わせていたダリオはやがてがっくりと肩を落としてすまん、と肯定した。
「……俺は、応えられないぞ」
拗ねたように唇を尖らせて言うカーシュに、ダリオはわかってると苦笑する。
「こればっかりは、俺自身にもどうしようもないんだ……お前に応えてほしいわけじゃない。もうその辺は吹っ切れてる。ただ、好きでいる事は、許して欲しい」
「ん……」
二人の間に沈黙が落ちると、狙ったかのように遠くから龍の嘶きが聞こえてきた。視線を窓の外に転じると、開かれた門を馬車ならぬ龍が引く車が通り抜けるところだった。
「どうやらお着きになったようだぜ」
新しい司書はどんな奴だ、と見下ろしていると、遠目に人が下りてきたのが見えた。
まずは護衛の騎士が降り、足場を設置する。続いて降りてきたのは蛇骨大佐だった。そしてそれに続くようにして降りてきた人物は。
「!」
がたっと身を起こし、窓枠を掴む。ダリオが傍らに立ち、同じように降りてきた人物を見下ろした。
「亜人の方なのだな」
「ヤ、マネコ……?!」
すると思わずその名を呟いたカーシュのその小さな声が聞こえたように彼は振り向き、こちらを見上げた。
途端、カーシュは身を翻して談話室を出て行った。カーシュ、とダリオが呼んだ気がしたがカーシュの足は止まらない。
階段を段飛ばしに駆け下り、玄関ホールへと向かう。ちょうどその時扉が開かれ、眩い日の光と共に彼らが入ってきた。
ホールの真ん中で急ブレーキを踏んで立ち止まる。すると、談笑していた蛇骨大佐と亜人の男がこちらに気付いて視線を向けた。
そこにいたのは、やはりヤマネコだった。
左眼に細工の美しいモノクルを掛けていたが、それ以外はすべて、カーシュの記憶にあるヤマネコそのものだった。
「カーシュ!」
背後からダリオが追い付いて傍らに立った。追いついたダリオが見たのは、亜人の男を困惑の目で見つめる横顔だった。
ダリオはとりあえず大佐におかえりなさいませ、と頭を下げ、ぼさっと突っ立っているカーシュを肘で突いて我に返らせた。
「あ、お、おかえりなさいませ、大佐」
「そちらの方が新しい司書殿でしょうか」
ダリオの問いかけに蛇骨大佐はうむ、と鷹揚に頷いた。
「ヤマネコ殿だ。宜しく頼むぞ。ヤマネコ殿、こちらの二人が我が騎士団を纏めている四人の内の二人、ダリオとカーシュだ」
すい、とヤマネコはダリオの前に立ち、薄い笑みを浮かべて手を差し出した。
「宜しく」
「宜しく、お願いします」
ヤマネコのその眼の中に薄ら寒いものが過ったのは気のせいだろうか。ダリオは無意識に緊張していた自分に気付いた。
一瞬の握手の後、ちらり、と彼がダリオの傍らに立つカーシュへ視線を転じた。
「!」
びくり、と傍から見ていてもわかるほどカーシュはその身を震わせヤマネコを見る。ヤマネコがゆっくりとカーシュに向き直った。
「待たせたな、カーシュ」
「……っ……、……」
カーシュは何か言おうと口を開き、けれど何も言葉が出てこなくて閉じて、を二回ほど繰り返した。
そして意を決したようにヤマネコをぎっと睨むと、一気に言い捨てた。
「おっせえんだよバカ!!!」
そう叫んでカーシュは踵を返して駆け出した。ダリオの制止の声が聞こえたが気にも留めずカーシュはそのまま自分の部屋へと駆け込む。
ばたーんと盛大な音を立てて扉を閉めると靴を脱ぎ捨ててベッドにダイブした。
存在は信じていた。だから待ち続けていた。けれど四年も待たされることになるとは思わなかった。
「……くそっ……」
シーツをくしゃりと握りしめ、胎児のように丸くなって目を閉じる。
寂寥と嬉しさが反転して、思わず怒鳴ってしまった。彼は呆れただろうか。
「……もう、俺なんて要らねえって言われたらどうしよう……」
「私がそんな事を言うとでも思っているのか」
「?!」
降ってきた低い声にカーシュがびくりとして目を開ける。そこにはヤマネコが悠然とカーシュを見下ろしていた。
「ヤ、ヤマネコ……!」
なんで、どうやって、と思ったところでカーシュは自分が扉に鍵を掛けなかったことを思い出した。
ヤマネコがカーシュへと手を伸ばす。思わず身を強張らせたカーシュのその藤色の髪を一房汲み出すと、身を屈めて恭しくその髪に口づけた。
「お前はいつになっても騒々しいな」
「う、るせ……!」
見る間にカーシュの目尻に朱が集まり、頬を染めていく。それを満足げに見守ったヤマネコは髪から手を放すとついっと指先でカーシュの顎を持ち上げた。
「私はまだ大佐と前司書殿との打ち合わせが残っている。終わったら、ここへ来る」
待っていろ、と囁かれ、カーシュはぞくりと背筋を震わせた。久しぶりの感覚に全身の細胞が震えているのがわかる。
「いいな?」
「……っ……」
こくり、と頷くことしかできないカーシュを満足げに見下ろすと、ヤマネコは身を翻して部屋を出て行った。
ヤマネコがやってきたのは、宵五つをまわった頃だった。
黒のハイネックシャツと白のズボンに着替えたカーシュをヤマネコは連れだし、図書館へと誘った。
そして司書に与えられる私室にカーシュを導くと、扉にかちりと鍵をかける。その小さな音にカーシュの緊張は高まった。
顔が強張っているぞ、とヤマネコがくつくつ喉を鳴らしながら背後から抱きすくめてくる。
別になんともない、と否定すればそうか、と楽しげな声が耳を擽った。するり、と彼の手がカーシュの喉元を撫でる。
カーシュ、と低く、甘く呼ばれた。それが、はじまりの合図だった。
そこからのカーシュの記憶は途切れ途切れだった。ただヤマネコの愛撫に翻弄され、執拗なまでのそれにカーシュが音を上げてもヤマネコはやめようとしなかった。
四年の間、誰ともそういった接触をしてこなかった体はぎこちなく、まるで初夜を迎えた生娘のようでそれを低く笑われた。
仕方ないだろうと抗議すれば、彼は一層満足げに笑ってカーシュの体を弄んだ。
自分の意思と関係なしに跳ねる体。次々と与えられる快楽に呼吸すらままならなくなってくる。
ヤマネコ、ヤマネコ、と譫言の様に呟けば、荒々しい口付けに声すらも奪われる。
長い愛撫の末にヤマネコに貫かれた時、微かな痛みと共に激しい快感が全身を襲った。ああ、ようやく与えられたのだとぐちゃぐちゃになった思考でカーシュは震える。
最初はゆるゆると腰を振るわれ、そのもどかしさに身を捩って抵抗したら一気に奥を貫かれて息を詰まらせる。
次第に速くなっていく律動に、カーシュはただ言葉にならない声をぐずる子供の様に漏らし続けた。
やがてその最奥に熱を吐き出されると、それにすら感極まったようにカーシュは震え、声を漏らしながら何度目かの絶頂を迎えた。
全身が弛緩して荒い息を吐いていると、カーシュの中で一向に衰えないそれが再び律動を開始して悲鳴に近い嬌声を上げた。
待ってくれ、と哀願してもその律動は止まらない。達したばかりの体は過敏に悦楽を全身に伝え、堕ちていく感覚にカーシュは震えた。
嫌だ、と口走ったのかもしれない。ぴたりと律動が止まり、漸くカーシュは一息吐く事ができた。すると、繋がったままの体をきつく抱きしめられた。
ヤマネコ、とその背に腕を回して顔を摺り寄せると、ヤマネコが低く呻く様に囁いた。お前が欲しくて堪らない、と。
その言葉にきゅうっと胸を締め付けられるような感覚がカーシュを襲い、背に回した腕に力を込める。
ああ、どうしてこんなにも、愛しいのだろう。
カーシュはもう大丈夫だ、と笑う。壊れたりしねえから、とも。
ずるり、と太いそれがぎりぎりまで引き抜かれ、再びゆっくりと奥を目指して浸食していく。その快感にぶるぶると震えながら、カーシュはヤマネコに縋り付いた。
再開された律動を受け止めながら、カーシュはもう二度と離さないと言う様に、男の体を抱きしめた。
ふ、と意識が覚醒してカーシュは薄く目を開けた。
冬の朝、暖かなシーツの中で微睡んでいるような、そんな心地よい感覚に支配されながらカーシュは己がヤマネコの腕の中で眠っている事に気付いた。
そろりと視線を上げれば、ヤマネコもまた眠っていた。久しぶりに見るその寝顔にふと安堵にも似た感情が湧き上がってきてカーシュは頬を緩めた。
その視線の先でヤマネコの眼が薄く開かれる。そして再び閉じられたかと思うとどうした、と吐息にも似た囁きが降ってきた。
夢じゃなかった、と返せば、随分と淫らな夢だな、とからかわれた。
カーシュの腰を引き寄せるとヤマネコはまだ早い、寝ろ、とだけ言って沈黙する。カーシュも再び目を閉じる。
眠りは、すぐにやってきた。
ダリオの朝の日課の一つにカーシュを起こすというものがある。
カーシュは特別寝汚いというわけではなかったが、ダリオの方が断然早く起きるものだからそれが幼い頃からの習慣となっていた。
「カーシュ、起きているか」
軽くノックをすると、おー、と室内からカーシュの声が聞こえる。今日は起きていたようだ。
暫く扉の前で待っていると、かちりと鍵の外れる音がして扉が開かれた。
「カー……」
シュ、という言葉はダリオの口から発せられなかった。カ、と開かれたままダリオはぽかんとして現れたカーシュを見下ろした。
「?どうしたよ」
きょとんとしているカーシュは一見、いつも通りだった。
だが、なんだろう、この匂い立つような色気は。
どこか気だるげな雰囲気を纏ったカーシュは固まってしまったダリオを見上げて首を傾げている。
「何固まってんだよ」
「え、あ、いや……」
何でもない、と消え入りそうな声で応えると、変な奴だな、と先程とは反対側に首を傾げた。
ダリオはまさか、と思う。まさか、否、あいつだ。あの男だ。あの新しい司書殿だ。
昨日、暴言を吐いて走り去ったカーシュに慌てていると、あの新しい司書はくつくつと笑うと言ったのだ。
まずはアレの機嫌をとらねばならんようだな。と。
そして蛇骨大佐に一言二言言い残して彼は勝手知ったる態度でカーシュの後を追った。
あの時の、余裕に満ちた表情と言ったら。
大佐に問いただしても大佐自身何も聞いていなかったようで、けれど持ち前の鷹揚さで笑って済ませていたが。
「カーシュ、聞いてもいいか」
「うん?」
「あの新しい司書殿とはどういう関係なんだ?」
カーシュは数秒の間固まったのち、ぼっと音がしそうな勢いで赤面して視線を逸らしてしまった。
「どういう、関係って、なんだよ……」
目元を朱に染めて言い淀む姿は、ダリオに現実を突きつけた。
ああ、そうか、そうなのか。あの男が、そうだったのだ。
「……わかった。もう一つだけ、聞かせてくれ。あの男で、良いのか?」
カーシュがダリオをそろりと見上げる。そこに切実なる色を見つけたのだろう、カーシュは少しだけ困惑した様に紅の瞳を揺らした。
「ダリオ……?」
「もし、お前が……」
もうよせ。頭の中で制止の声がする。今さら何を言うつもりだ。
カーシュは待っていたのだ、この四年間。恐らくあの男が現れるのをただひたすらに、一途なまでに待ち続けていたのだ。
苦しげに言葉を詰まらせたダリオを見つめていたカーシュが少しだけ困ったように笑った。
「……ヤマネコで、良いんじゃなくて、ヤマネコが、良いんだ。俺が、そう決めたんだ」
恥ずかしそうな笑みに、ダリオはそうか、とだけ頷いた。
「なら、良いんだ。お前が幸せなら、それでいい」
無理やり浮かべた笑みは苦笑にしかならなかったが、それでもそれに安堵したのか、カーシュはさんきゅ、と笑ったのだった。
新たな司書がやってきて一週間が過ぎた。
司書が変わったと言っても元々図書館に許可なくば入れない一般騎士たちには関係のない話だったし、司書自身、滅多に一般騎士のいる階下には降りてこないので会うこともない。
そのため、一般騎士の間では彼が猫科の亜人であるという情報くらいしか流れてこなかった。
そんなある日、騎士たちが鍛錬に精を出していると蛇骨大佐がやってきた。その傍らには件の司書殿がいた。
隙の無い黒衣に身を包み、左眼に金の細工が美しいモノクルを掛けた亜人の男。
その纏う威圧感は並大抵ではなく、彼がただの司書ではないことは容易に知れた。
何の用だろうと騎士たちがざわめき始めたころ、蛇骨大佐が集まった四天王に何か話しかけていた。
すると場を開けるように指示が出される。騎士たちが各々隅により、場が開かれると何が始まるのかと密やかに言葉が交わされる。
どうやら四天王で模擬試合をするようだった。滅多に見ることのできないそれに騎士たちが沸き立つ。
組み合わせをどうするか、という段階でそれまで蛇骨大佐の傍らで無言で立っていた司書が口を挟んだ。
「私が相手をしよう」
この言葉には蛇骨大佐も驚いたようだった。けれどすぐにそれも良しと頷くと司書に相手を選ばせた。
すると彼はマルチェラ、ゾア、ダリオの三人同時で良い、と事もなげに言い放った。
四天王を三人同時に相手にするという自信は大したものだったが、なぜカーシュだけが外されたのかと一様に首を傾げた。
カーシュ自身、納得がいって無いようで、何でだよ、と憤慨している。
すると司書殿は事もなげに言い放った。私は楽しみは後にとっておくタイプでね、と。
それに矜持を傷つけられたのがマルチェラだ。司書の言葉はつまり、四天王三人よりカーシュ一人の方が強いと言っているようなものだ。
確かに四天王の中でも力の序列というものがある。他の三人は気にしていないようだったが、マルチェラにとっては重要な事だった。
その中で、確かに自分やゾアではカーシュに敵わないだろう。けれどダリオは違う。ダリオはカーシュが四年前に突然頭角を現してからも互角であり続けた。
そのダリオまで侮辱された様なものだ。マルチェラはそう憤った。
けれど当の司書はしれっとしたまま私が勝てばいいのだろう、と言い放った。
じゃあやってみなさいよ、とマルチェラが切れた。銀糸を操るためのグローブを手にはめる。本気で戦う気らしい。
ゾアとダリオは互いに顔を見合わせると、仕方ないな、という風に広場の真ん中へと移動するマルチェラの後を追った。
「……大丈夫なのかよ」
カーシュの声に、司書はモノクルを外して胸ポケットに差し込むとふっと笑った。
「私を誰だと思っている」
被っていた帽子をカーシュに手渡し、彼は悠々と土を踏んだ。
武器は、と問われ、素手で十分だと答えればそれが余計にマルチェラの怒りを煽っていた。
始め!との蛇骨大佐の声と同時に司書を囲むように立っていた三人が地を蹴った。
結果から言えば、司書が勝利を収めた。
まず一番の巨体のゾアが掌底で吹っ飛ばされ、それに動揺したマルチェラが手刀で沈められた。
開始からものの数分でダリオとの一騎打ちとなり、最終的にはダリオの背後を取った司書がその首筋に手刀を当てて終わりを告げた。
十分と掛からず四天王の三人を打ち負かした司書は、息一つ乱さずに悠然と立っていた。
そしてカーシュを見ると、来い、カーシュ、と彼を呼んだ。
カーシュは操られるようにふらりと広場の中心へと歩みを進めた。
ざわざわと血が騒いでいるのがわかる。本気を出していいのだと、男の目が語っている。
カーシュはヤマネコと対峙すると、一つ、大きく深呼吸をした。
そして、示し合わせたように二人はそれぞれ右手を真横に上げ、呼んだ。
「クローセル!」
「バエル」
カーシュとヤマネコ、それぞれの影からカゲネコが鳴き声を上げて飛び出してくる。
カゲネコたちは一筋の闇となり、それぞれの掲げた右手に収まった。
クローセルはアクスへと。そしてバエルと呼ばれたカゲネコは大鎌へと。
カーシュがアクスを構えると、ヤマネコもまた大鎌を担いで腰を落とした。
一瞬の静止の後、二人は同時に地を蹴った。
ぎぃんと大鎌とアクスがぶつかり合い、弾かれる。と同時にヤマネコが回し蹴りを繰り出してカーシュはそれを片腕で難なく防いだ。
ゾアを吹き飛ばした掌底もカーシュは背後に跳んでやり過ごした。迫る大鎌、それを弾き飛ばすアクスの音。
戦う内に、カーシュの中で眠っていた何かが目覚めるのが分かった。
凍てついた炎と一体化してからのカーシュは本気を出すことができなかった。
その強大な力を押し殺すようにして生きてきた。けれど、今は違う。
もっと速く、もっと強く、戦いたい。ヤマネコに、勝ちたい。本能がそう叫んでいる。
もっと、もっと、と自分の中のストッパーを外していく。思い切り戦えるこの楽しさ。ヤマネコなら、それを与えてくれる。
だがそう思った瞬間、ヤマネコが間を取って大鎌を下した。つられてカーシュも動きを止めると、彼は呆れたようにため息をついて首を横に振った。
「カーシュ、赫枝が生えているぞ」
げ、と背後を見やれば確かにカーシュの背には赫の枝のような羽根が生えていた。どうやら興奮して力の制御が効かなくなってしまったらしい。
慌てて体内に羽根を収めるが、それでも多くの騎士たちが目撃してしまっている。どよめく声を聞きながら、カーシュは咄嗟にヤマネコを見た。
だが、彼にだってどうにもできないことはあるのだ。
それから少しの後、カーシュは他の四天王たちと共に会議室にいた。
蛇骨大佐が上座に座り、その隣にヤマネコ、カーシュ、二人の向かいにダリオとマルチェラ、ゾアが座った。
さて、と口火を切ったのはヤマネコだった。
「まずは結論から申し上げよう。カーシュの背に生えたもの、あれは凍てついた炎の力が具現化したものだ」
「カーシュが凍てついた炎を所持している、という事かね」
蛇骨大佐の言葉に、それは少し違う、とヤマネコは首を横に振った。
「カーシュ自身が、凍てついた炎である、というべきだな」
そしてヤマネコはこのエルニドの歴史から語り始めた。
遥か未来で発見された凍てついた炎。そして設立された時間研究所であるクロノポリス。
クロノポリスと龍人たちのディノポリスのタイムクラッシュとその後の戦いに勝利したクロノポリス。
その一帯を神の庭と称してエルニド海に人工の島々を造り、記憶を消した研究員たちが放たれた。
それらの行動を運命の書を通じて見守り続けたフェイトの存在。
そしてあの嵐の夜、一人の少年が凍てついた炎と接触した。それによって引き起こされた炎の拒絶。
少年の父親にダウンロードされたフェイトの欠片。ヤマネコの誕生。
二つに裂かれた時間軸。炎と接触した少年によって紡ぎ直された新たな時間軸。そして、現在。
「神の庭で炎と融合したカーシュはその身のまま新たな時間軸に身を投じたために記憶を失わずに済んだのだ」
「ではカーシュが老い、死した場合は炎もまた消滅するのか?」
「そもそも炎と融合した時点でカーシュが老いることはなくなった。同時に、死すらも奪われた。今のカーシュは首を刎ねた所で死にはしない」
だが、とヤマネコはカーシュを見る。
「カーシュが眠りを望むのなら、永久の眠りが訪れるだろう」
そういった形での死ならば可能だが、どちらにしても炎が消滅することない、とヤマネコは語る。
「ならばカーシュよ。今後はどうするつもりなのだ」
今は良い。けれど十年、二十年と経って、独りだけ時間に取り残されて。どうするつもりなのか。
「大佐のお許しが頂けるのなら、出来得る限り、この館にいたいと思ってます。俺は、このエルニドを守りたい。このエルニドの騎士の一人として」
それに、とヤマネコを見て笑う。
「俺は、一人じゃありません」
カーシュの願いによって甦ったヤマネコもまた、永遠の時を刻む者となった。
「だから、大丈夫です」
決して、独りじゃない。
そう言い切るカーシュを、ヤマネコは穏やかな目で見つめたのだった。
***
九年ぶり?に続きを書きました。もう設定とか忘れてるだろ、と思ったけれどこれが意外と覚えてた。
ただ、当時最終的なオチをどう持ってくるつもりだったのか、それについてはすっかり忘れてるので今新たに構築し直してます。
もはや別人だらけな状態ですが、次話ではさらに吹っ飛びます。二十年後とかそんな感じに。
話の流れ上、書ききれなかった分は雑多SSSで書いていけたらいいと思ってます。そんな補完の仕方。
(2012/10/21/高槻桂)
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