「カーシュと騎士団と正月と」





ハッキリ言って、俺様は不機嫌だった。
「……」
俺は使い慣れない箸で小口だか大口だかに切られたネギを突つきながらそれをじっと眺める。
「カーシュ、お蕎麦伸びるわよ?」
向かいに座ったマルチェラが蕎麦を食いながらそう言う。
「ああ…」
俺はネギを突付くのをやめ、蕎麦を啜る。
確かにオーチャの作るメシは美味い。正直な話、お袋の料理より美味い。
だが。
「なあ…何でこんな真夜中に蕎麦食わにゃならんのだ?」
箸を止め、何年も前から思っていた疑問をつい口にしてしまう。
返って来る答えはわかりきっているってのに。
「お正月だから」
ホラな。毎年コレだ。
「正月だからってよ……」
夕飯はとうの昔に食ったし朝飯にはまだまだ早すぎる。
何でこんな時間に叩き起こされてまで蕎麦を食ってるんだ、俺は。
年が明けるからといって、自分にとっては大した事ではなかった。
騎士団の大半が帰省している中、帰省する気の無い俺はいつもの様に風呂に入ってさっさと寝た。
なのに。
「そういうモンなのよ」
目の前でお上品に蕎麦を啜っているマルチェラが御自慢のきゃんきゃん声で叩き起こしてくれたのだ。
誰だって叩き起こされた上にその理由が「蕎麦を食う」ってんじゃ不機嫌になるってモンだ。
渋々食堂へ来てみりゃいつもの顔ぶれは元より、帰省しなかった他の騎士達も蕎麦を食いながら談笑していやがる。何で誰も夜中に蕎麦を食う事に疑問を持たねえんだ…。
とりあえずダリオ達と例の挨拶を交わす。アケマシテオメデトウゴザイマスだとかいうヤツだ。何がメデタイのかは知らんがとりあえず周りに合わせてそう言っておく。
んでそうこうしねえうちに騎士の一人が蕎麦を運んできたと。で、今に至る。

こてん。

は?
突然右肩にかかった質量に俺は隣を見る。
「……オイ」
視線の先には、人様の肩に凭れ掛かって寝こけるグレンの姿があった。
マルチェラでさえぴんぴんして起きてるってぇのに情けねえな。
ん?でもしっかり蕎麦は食ってら。食ってすぐ寝ると体に悪いんだぜ?
「何、グレン、寝ちゃったの?」
マルチェラが呆れたように俺とグレンを見る。俺は溜息を吐くとグレンを無視して蕎麦を平らげる事に集中した。


「…御馳走さん」
箸を置き、湯呑みを口に運ぶ。渋めにいれられた茶が美味い。
あん?誰だ、年より臭ぇって思った奴ァ。マルチェラやダリオだってすぐ近くで飲んでるじゃねえか。寧ろダリオの方が湯呑み持つ姿が似合っててよっぽど年より臭ぇってんだ。
「……重い」
コイツ(グレン)、いい加減起きろよ。マルチェラは我関せずだしダリオは微笑ましく見守ってるだけだしよ。全然微笑ましくねえっつーの。
「オイ、グレン、起きやがれ」
「ん〜……あれ…?」
軽く揺さぶってみるとグレンは目を覚まして俺から身を起こす。あー重かったぜ。
「あ!ゴ、ゴメン、カーシュ!」
「良いって事よ。それより、眠いんなら自分のベッド行きな」
「うん、じゃあおやすみ、みんな」
しぱしぱと目元を擦りながらグレンは食堂を出ていった。途中で寝こけるなよ?
「そうそう、二人とも」
マルチェラが隣のテーブルで何やら話し込んでいたダリオとゾアに声をかける。
何だ、ゾア居たのか。図体はでけえクセに存在感の希薄なヤロウだな。
だからこんな奇怪な格好してんのか?真冬だってぇのに寒くねえのかよ。
「何だ?」
「お年玉。現金より何か買ってくれた方が私としては嬉しいんだけど」
やはりそう来たかといった風にゾアは苦笑して(いるんだと思う)「何が欲しいんだ」とマルチェラに聞く。
「靴♪ダリオは服ね」
ゾアもダリオもはいはいと笑いながら承諾する。靴と服ねえ。やっぱガキでも女は女か。
「ソルトンとシュガールには前から欲しかった本を十冊買ってもらったでしょ。大佐には服とかリボンとかたくさん買ってもらったわ♪」
あの二人に貢がせるのは良いとして、大佐にまで…。
まあ大佐もマルチェラを孫みてえに思っている節があるしな。
絶対あの人は孫やペットを溺愛するタイプだ。
そういやマルチェラの誕生日やクリスマスもそうだったな…。大佐、これじゃあマルチェラのパトロ…いえ、なんでもねえッス。
「それでカーシュはね、」
「俺もなのかよ?!」
ちょっと待て!ダリオは(見た目的に)ともかく何で俺様まで!
「当たり前じゃない。あんた、自分を幾つだと思ってるのよ。二十代後半よ?お年玉あげて当然の年なのよ?」
「そうだぞ、カーシュ。二十代なぞお肌の曲がり角だ」
ダリオが真顔で…ってちょっと待て。それなんか関係あるのか?第一それって女に関してじゃねえのか?ってゾア!頷いてんじゃねえよ!!
「カーシュはねえ…」
マルチェラはダリオとゾアを完全無視。約束取り付ければあとは用済みってわけか…。
女って怖えな…。
「今日のお昼御飯、カーシュが作ってよ。得意なんでしょ?」
「ああ?!」
何でコイツがそんな事知ってんだ?!
俺はダリオの方をぎっと睨む。俺が料理できるって知っているのはコイツとグレン、あとはお嬢様くらいなモンだ。しかもグレンに関してはかなり昔の事だから忘れてる筈だしお嬢様がバラしたとは思えない。
「ん?どうした、カーシュ」
いつもの善人ヅラでにっこり微笑むダリオ。コイツだ。ぜってえコイツだ。みんな騙されるな。善人ヅラしていてもこいつはかなりの腹黒野郎だ。その証拠に先天性属性が黒じゃねえか。グレンの属性は緑だってのによ。しかもあいつらの親父さん、属性白だぜ?こりゃもう決定的だろ。
「てめえ…後で見てろよ…」
「ああ、期待している。お前の手料理はそうそう拝めないからな」
そうじゃねえっての!!
…まあ、こいつに何言っても無駄だわな。
「はあ…もういい」
俺は大きく溜息を吐くとぽん、とマルチェラの頭に手を置いた。
「何よ」
昼間と違って髪を結っていないせいか「触らないでよ!」とか言って睨んでこねえマルチェラに苦笑混じりに笑い掛ける。
「今日だけだからな」
俺がそう言うとマルチェラはふふんと笑った。
「何いってるのよ、美味しかったら今度は誕生日に作るんだからね」
「なに〜?!」
子供の特権、大判振る舞いだな。
まあいいさ。今日は大目に見てやるぜ。
お前ら曰く、「おめでたい日」だからな。




(END)


戻る