私の父が死に、そして彼の義姉が死んだ。
「……守られていたのは…僕の方だったんだ……」
葬儀が終った時、小さく自嘲気味に呟いた主君のその無理に笑おうとしている表情は、私の心に強く焼き付いた。
「……では、失礼します」
クラウスはドアの前で一礼すると、シュウの部屋を後にした。
いつもなら賑わっている時間帯の城内は、何処か緊張した雰囲気に包まれていた。
それもそうであろう。明日からハイランド侵攻の為に出陣するのだ。気を引き締め訓練に勤しむ者、一刻も早く睡眠をとり今までの疲れを癒す者。皆の行動は様々であったが、その行動の全てが明日への準備をしている事が伺える。
とうとう明日なのだ。
この戦が最後になる。
デュナン統一戦争。
もう、勃発から何年経ったのだろう。
やっと終止符が打たれるのだ。
この戦が終れば、父もさぞかし喜ぶ事だろう。
父の死はなくてはならなかったのだ。
父が陽動隊として傭兵隊の砦を攻めたからこそマチルダを攻略でき、その結果ジョツカ軍を勝利へと導いているのだ。
「………」
クラウスは自室へ向いていた足を階段の方へと向けた。
風に、あたりたかった。
「あれ、クラウスさん?」
屋上には先客がいた。
「カッツェ様……」
この軍のリーダーである少年。
「クラウスさんも風にあたりに来たんだ?」
「ええ…」
暫くの間、沈黙が続いた。
「…………」
デュナン湖を見つめるカッツェの表情は、どこか自分に似ていた。
(このお方も、身内を亡くされたからか)
「ねえ、クラウスさん」
「はい」
風が止んだ頃、ぽつりとカッツェが口を開いた。
「もう少しで、戦い、終るんだよね?」
「ええ」
「ナナミも、喜んでくれるよね」
「必ず」
「……キバ将軍も喜んでくれるかな?」
カッツェは湖に向けていた視線をクラウスに向ける。その瞳にはいつもの生き生きとした輝きはなく、まるで消えそうに揺らめく蝋燭の炎のような雰囲気を持っていた。
「ええ、父も喜ばれる事でしょう」
「クラウスさんは、キバ将軍が亡くなった時、泣いた?」
「……いえ」
泣くまいと、していた。
父は優秀な軍師になる事を自分に求めた。
軍師は取り乱してはならない。常に冷静であれと。
「クラウスさん……」
カッツェは微かに眉を寄せると、クラウスに抱き着いた。
「カ、カッツェ様?」
クラウスが動揺してその名を呼ぶが、カッツェは一向に離れようとしない。
「泣くのは悪い事じゃないんだよ?」
その一言にクラウスの動きが止まる。
「泣く事で、その人を弔う事になるんだから、泣くのは、キバ将軍の願いに逆らう事じゃ、ないんだよ?」
その声はやがてか細くなり、カッツェが泣いているのが察せられた。
泣くまいと、していた。
父の為に、自分の為に。
泣く事は、父の望む姿に背く気がして。
泣くまいと、していたのに。
「……っ……」
見る間に眼前はぼやけ、頬を暖かな液体が流れ落ちていく。
「僕は…クラウスさんが好きだから、哀しいのを我慢している時の辛そうな顔、見ているの、辛かった……」
「カッ…ツェ、さま……」
主の名を呼ぶが、それは涙に掠れ、上手く声にならない。
クラウスは言葉を紡ぐ代わりに少年の身体を抱き返した。
私も、ひっそりと涙を流すあなたを見るのは辛かった。
あなたが何より大切だから。
「……ふ、ぅ……ナ……ナミぃ……」
カッツェはクラウスの背に回した手でくしゅ、と服を掴む。
今だけでいい
今だけ、この悲しみを流させて下さい
父の為、自分の為
そしてこの哀しき宿命を背負った主の為に
今だけ、この幼き主を一人占めさせて下さい
例え、自分と同じ痛みを同じ時期に受けた為の
この少年の無意識の同類意識であっても
自分を好きだといってくれる主が
願わくば、哀しみに捕われぬ様
今だけでいい
この哀しみを流させて下さい
(了)
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