どこでも一緒
僕はルカが大好きだよ。
みんなルカの事、怖いって言うけど
……そんなこと、ないのにね
こんなにも、こんなにも優しくて、
こんなにも、こんなにも愛しいのに……
ずっと、一緒にいたいのにね……
ハイランド軍から救出されたリドリーの報告で敵の夜襲を知った同盟軍は、これを見事返り討ちにし、とうとうルカを追い詰めたのだった。
「あ……」
どくん、と心臓が跳ね上がる。
返り血ち自らの血でその白銀の鎧を紅く染め、そのがっしりとした肉体には何本もの矢を突き立てたその姿は、確実に男を死へと向かわせていた。
「ル…カ………」
誰も気付かないくらい微かな言葉が、小さな唇から漏れる。
「年貢の納め時だぜ、狂皇子さんよォ」
ビクトールは星辰剣の柄を肩にトン、と乗せ、不適な笑みを浮かべる。
「……ゃだ……ルカ………ルカぁ!!」
「待て、カッツェ!」
駆け出そうとするとフリックに腕を掴まれるが、それを強く振り切ってカッツェはルカの元へと走った。
「ルカ……」
あと二、三歩足を進めれば触れられるほど近付いた所でカッツェは立ち止まる。
久しぶりに会ったその男の視線はいつも自分に向けていてくれたあの優しい眼差しではなく、ギラギラとした目でカッツェを睨み付けてカッツェの心を締め付けた。
「ルカ……ねぇ、ルカ……もう、やめようよ……」
カッツェは駆け寄ってこようとする仲間達を振り返ると、来るな、と瞳で制て再びルカと向き合う。
「ねえ、どうしても、戦う事でしか前に進む事は出来ないの…?」
「そうだ。お前達同盟軍が絶えるか、我がハイランド軍が絶えるかのどちらかしか道は、無い」
「……僕は、敵とか、味方とか…そんな事関係なかった……」
ぴくりとルカの眉が寄せられる。
「ルカと一緒にいられるならどうだっていいって思ってた。ルカと一緒に居られるのが僕の幸せだから…」
敵も、味方も、この予想外の展開にただ途惑い、二人を見守るしかない。
誰が予想できたであろうか。敵対する両軍のトップが恋仲であったなど。
「僕はルカを殺さないし死なせたりはしない」
「カッツェ!お前は何のためにここまでやってきたんだ!そいつを倒すためだろうが!!」
ビクトールが星辰剣の剣先をこちらに向けながら怒鳴る。
「そいつを倒さねぇとこの戦いは終らねえんだ!!」
「ルカを殺さなくても戦を終らせる事はできる!!」
そう言い、カッツェはルカへと足を進める。
「寄るな。殺すぞ」
チャキ、と剣先を喉元に突きつけられる。だがカッツェは脅える事無く、ひたとルカを見つめ、大して力の入っていないその剣をツイ、と手で押し退けてルカの目と鼻の先まで来ると、その鎧に包まれた身体に抱き着いた。
「ルカを殺さなきゃならないなら、僕はルカに殺される方がいい。僕はルカが居ないと何も出来ない人形だから」
「…………カッツェ」
ルカは一瞬哀しそうに顔を歪めると、カッツェのその細い肩を掴み、突き飛ばす。
「俺は母を犯し、殺した同盟軍を生かしておくつもりは無い」
ルカがそう言いきると、カッツェは少し怒ったようにルカを睨み付ける。
「ルカの頑固者」
「強情っ張り」
「何とでも言うがいい。俺は俺のやり方を覆す事はせん」
何としても戦いを、決着を望むルカの態度にカッツェは俯いてトンファーをぎゅっと握り締める。
「ルカ…っ…」
そのか細い声に、誰もがカッツェが無くのかと思った。
どすっ。
「ぐっ…」
鈍い打撃音がシンと静まった森の中に響き渡り、ルカが大きな音を立てて倒れた。
カッツェが容赦無くトンファーをルカの腹に決めたのだ。
「……カ…カッツェ…?」
ビクトールが恐る恐る声をかけると、カッツェはそれを無視してルカの側に膝をつき、少々(?)手荒にルカの身体に突き刺さっている矢を全て引き抜くと右手を翳す。
「光り輝きし真なる紋章よ、今こそその力我が前に示せ」
呟きと共にその右手からはふわりと淡い緑の光が現れ、ルカを包み込む。
それは数秒後には霧の様に消えてしまった。
「…っ…」
立ち上ると力の使い過ぎからぐらりと倒れそうになるが、足を踏み止まらせて辺りを見回す。そして何処かで見ているだろう「元」親友に向かって声を張り上げる。
「ジョウイ!何処かで見ているんだろう?!」
呆然としていた兵士たちはその言葉にはっとして辺りを見回すが、当然ジョウイが出てくる事はない。
カッツェは大きく息を吸い込む。
「ジョウイなんて大っキライ!!!!」
子供じみた一言を叫ぶとカッツェは言うべき事は言ったという面持ちで大きく息を吐き、兵士たちに向き直る。
「ぼさっとしてないで早くルカ…を…………」
ぱたり。
「カ、カッツェ!」
力の使い過ぎやら疲労やらでカッツェはぶっ倒れた。
こうして、ルカの夜襲はカッツェのぶち切れによって幕を閉じた。
余談だが、カッツェに大嫌い宣言をされたジョウイといえば、宣言された瞬間ショックのあまり気を失い、それから五日ほど寝込んだとか。
ルカはそれから二日後に目を覚ました。ホウアンが具合を聞くと
「屈辱だ」
そう呟いたきり黙り込んでしまった。
「では何かあれば声をかけて下さいね」
ホウアンはそう言うと作業机に向かい、薬を調合し始める。
「………………俺が怖くないのか」
「…医者にとって傷を負った者に敵味方や、まして人柄なんて関係の無い事なんですよ」
数十分ほど経った頃、漸く口を開いたルカにホウアンは調合する手を休めぬまま微笑んだ。
「それに、あなたに何かあれば哀しむ方が居ますしね」
「………あいつはどうしている」
誰、とは言わないがそれが誰を現わしているかは明白だった。
「カッツェ君ならあなたと同じく倒れられたので自室にて療養されていますよ」
「…………」
「…先程、医者にとって敵味方や人柄なんて関係の無い事だと言いましたが……それは医者だけではなく、恋愛でも同じ事を言えると思いますよ」
「…………ふん……」
ルカがふいっと顔を背けた時、診療所のそとからばたばたと慌ただしく走る音が聞え、扉が派手な音を立てて開き、いつもの紅い服に身を包んだ少年が駆け込んでくる。
「ホウアン先生!!ルカが目覚め…ルカぁ!!!」
息を乱して駆け込んできた少年はルカの視線に気付くとその名を呼び、駆け寄って来る。
「ルカ、ルカ!大丈夫?!」
問い掛けても何も答えずにじっと見上げてくるルカに、途端、カッツェはしゅんと項垂れる。
「……怒ってる…よね…でも、僕はルカに生きていて欲しかったんだ……一緒に、居たかったんだ……」
「…………カッツェ」
ルカがその包帯だらけの腕を伸ばし、カッツェに触れようとする。
「その手を引け、ルカ・ブライト」
だが突如割って入った第三者の声にそれを遮られた。
「シュウ!」
兵士を二人ほど引き連れたシュウはツカツカと二人に近付き、ルカを見下ろす。
「目が覚めたのなら即刻地下牢に移ってもらう」
「シュウ!!駄目!!」
シュウの袖をぐいっと引くと、シュウはきつい眼差しでカッツェを見詰める。
「カッツェ殿、我が侭もいい加減にしてもらいます……連れて行け」
「待って!!」
控えていた兵士に命が下されると、カッツェはルカとシュウ達の間に立ち、「駄目」とシュウを睨み返す。
「何であろうとルカに関しては僕のやりたい様にやる。そっちがその気なら僕は戦う事も躊躇わない。ルカのためならジョウイを倒して「始まりの紋章」を手に入れる事も、その力で全てを押し退ける事も、僕はやってみせる」
「カッツェ殿!!」
シュウを無視してカッツェはルカをそっと抱き起こすと再びシュウを始めとするこの部屋に集まった人々に忠告する。
「僕の全てはルカを中心に動いている。ルカは、どんな犠牲を払ってでも僕が守る」
ルカが立ち上ると、人々は波が引くように道を開ける。唯一その場を動かないシュウに
「ルカは僕の部屋に連れて行くから」
そう言ってカッツェは診療所を後にした。
ルカを支えつつエレベーターで自室まで行く。こんな時ばかりは最上階などに作られた自分の部屋が恨めしくなってくる。
多くの人とすれ違ったが皆ルカを恐れ、道を開け、遠巻きに息すら潜めて見つめていた。
始終無言で無抵抗だったルカを自分のベッドに寝かせると、カッツェは右手を翳して再びその力を解放しようとする。
「今完全に直してあげるから…」
「止せ」
その時になって漸くルカは口を開き、カッツェの右手を掴んだ。
「片割れだけで力を使えばどうなるのかわかっているのだろう」
ルカは知っていた。獣の紋章を止めるためにジョウイが密かに黒き刃の紋章の力を使っているのを。そしてその為に体調を崩し、その命を削っているのも。
「でも…僕はルカに早く元気になって欲しい…」
カッツェが捕んでいるルカの腕をそっと掴む。
「……お前は自分勝手だ」
初めてカッツェを助けた事で非難したルカにカッツェはびくりと身体を強張らせ、泣きそうな顔をして高価な絨毯の敷かれた床に視線を落とす。
「…うん」
「お前は俺のためなら死ねると言うがお前が死んだら俺はどうすればいいのだ」
「ルカ……」
はっとしてルカを見ると、ルカは以前のような強い光の灯った眼差しでカッツェを見上げていた。
「俺のために死ぬくらいなら俺のために生きろ」
その言葉に、カッツェは声を出そうとするが咽喉に蓋が出来たかのように声が詰ってしまう。
「お前も、生きるのだ」
カッツェはその大きな瞳からぽろぽろと涙を流し、男の名を幾度と無く呼び、その身体にしがみ付く。
「ルカ…ルカッ……なら、そばにいてっ……ずっと…ずっとそばにいて……!」
祈りを捧げるような悲痛さを秘めた泣き声を吐き出す少年をルカは引き寄せ、涙の伝う目尻に、頬に、顎に優しく口付けてやるがそれでも涙は止まらず、ルカの胸の包帯をぬらしていく。
「みんなが理解してくれなくてもいい……この戦いを早く終らせて、どこか遠くへ行こう…?誰にも干渉されない、そんな大地を探そう……?」
ルカはシーツの端を持ち上げて入れと促し、素直に入ってきたカッツェを抱きしめる。
もう、二度とこの腕に抱く事はないと思っていた温もり。
「………お前に救われた命だ……好きにするがいい」
そう言い瞳を閉じると、胸元に顔を埋めたカッツェが小さく「ありがとう」と呟いたのが聞えた。
「僕はルカを守る…だから、僕はルカが守ってね…」
「ああ、約束しよう」
「どんな事でも、二人で分かち合おうね」
疲れと安堵感から眠気が襲ってきたのか、だんだんと小さくなっていく囁きにルカは微かに笑みを浮かべると、自分も睡魔に身を委ねる。
この戦いを早く終らせて、どこか遠くへ行こう…?
誰にも干渉されない、そんな大地を探そう……
どんな事でも、二人で分かち合おうね
(END)
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これは最初から駄文だと自覚して書きましたね。いつもは書きながら「ああ俺って文才ねえ…」とか言いながら「やっぱ駄文になった…」となるのですが今回は「さァ超駄文を書くぞ!」という意気込みで書きました(笑)
これの元ネタは高槻自身の想いです。ルカ様の死が嫌で嫌で…「ルカ様説得して仲間にしようよ」とか「ルカ様と一緒にジョウイ倒しに行きたい」などとほざいていた所、こうなったら主人公に俺の代弁させてルカ様助けちゃえ!というもう勢いだけで書きました。ちなみにこれ、続きあります。その後ってヤツですね。まだ書いてはいないんですが、書いてもHPにUPするかは未定。だって読みたいヤツ、いるのか?って感じなんで(笑)あ、ちなみにナナミが居ないのはわざとです。自分の願望暴走話にそこまで第三者を入れるつもりは無かったんで。最初はホウアン先生すら居なかった。だがそれはさすがに人居なさすぎだな、と思って増やしたのです。ああ、文才が欲しい…(切実)
(2000/06/27/高槻桂)
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