笑顔と寂寥





弓生がダイニングルームに足を踏み入れると、微かに獅子唐のツンとした臭いが漂っていた。
「よォ、やっと帰ってきたのかよ」
まず彼を迎えたのは彼の代わりに獅子唐料理を食べる羽目になった三吾だった。
「あー!ユミちゃん!ようやっと帰って来たんか!」
続いて弓生を迎えたのは彼の相棒である聖だ。彼はキッチンから騒々しく出てくると「遅い!」と窘めるわけでもなく言う。
「待っとったんやで」
「連絡は入れた筈だ」
「んなモン知っとるわ。せやけどせっかくユミちゃんの為に作ったんやからユミちゃんに食べて貰いたかったんや」
つんと唇を尖らせて文句を垂れる聖を尻目に、ソファに腰を下ろした三吾を見ると彼はうんざりした面持ちで方を竦める。
「俺ァ暫く獅子唐は見たくねえな」
「まあええわ。また今度作ったるからその時はちゃんと食うてもらうで」
「………」
無言の弓生に背を向けると聖は再びキッチンの中へ戻っていった。
「ユミちゃんもコーヒー飲むやろ?」
人数分のコーヒーカップに湯を注ぎ、暖めながら聞いてくる聖に短く肯定の返事を返して三吾の向かいのソファに腰を下ろす。
「……達彦のヤツ、何か言ってきたか?」
コーヒーの薫りが漂ってきた頃、三吾はぽつりとそう聞いてきた。
「いや、別段これと言った事は無い」
「そうか……」
「………」
再び沈黙が下りようとした時、聖がコーヒーを運んできた。トレイの上にはコーヒーと共に一口サイズに切られた林檎がガラスの器に盛られている。聖はコーヒーをそれぞれに置くと、弓生の隣りに腰を下ろした。
聖はフォークを取ると、林檎を一欠け刺して口に運ぶ。
「美味いで、この林檎」
聖はそう言いながらもう一欠けを新しいフォークで刺すと、弓生の口元へ持っていく。弓生が無言で差し出された林檎を口にすると、「美味いやろ?」と聖はにっこりと笑い、弓生が小さく頷く。
「お前ら……」
聖は自分の向かいで呆れたようにコーヒーを啜っている三吾に気が付くと、「何や?」と首を傾げる。
「お前も食べてええんやで?」
「いや、そうじゃなくてよ……」
「何やねん、けったいなやっちゃな」
きょとんとしている聖から弓生へと視線を転ずると、彼は彼で素知らぬ顔をしている。
「…見てるこっちが恥ずかしいぜ…」
「別に自宅で何しようと俺らの勝手やろ。なあ、ユミちゃん?」
お前は何処であろうとやりたいようにやるだろうにと思いながらも弓生は軽く頷く。三吾はぐいっとコーヒーを飲み干すと、「ごちそーさん」と立ち上った。
「何や、帰るんか?」
「ああ、邪魔したな」
三吾はさっさとへたれた靴を突っ掛けると部屋を出ていった。


「………」
林檎を食べ終った聖は、こてんと弓生の方に凭れ掛かる。弓生は持っていたカップを静かにソーサーへ戻し、肩に乗る聖の頭を軽く撫でてやる。
「あんな、俺、ユミちゃんが神隠しにおうとる間、寂しかったんや」
「……」
「今まではユミちゃん一人で仕事行ってもうても平気やったんや。せやけど、神隠しにおうたて聞いてから、ずっと寂しかったんや」
「聖……」
「悲しくはなかったんやで?何年かかってもユミちゃん探し出すつもりやったから…」
それでも、寂しかったのだ、と聖は呟く。
「すまない」
聖の顔を上げさせ、その少し拗ねたようにへの字に曲がった唇を啄む様にそっと口付け、そのままソファの上に押し倒す。
「ここでするんか?」
「嫌か」
弓生がそう聞くと、聖はにっこりと笑った。
「嫌なわけ無いやろ」
聖が笑顔を見せると、弓生は聖しか見た事の無いであろう優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと聖に覆い被さっていった。







(END)
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またまた封殺鬼です。これはアレですわ。マヨイガのその後という設定です。このネタはマヨイガ下巻を読んだ直後に思い付いたネタですね。でもずっと面倒だからと書かずにいたのです。ああここでも高槻の面倒臭がりが…(爆)
(2000/10/14/高槻桂)

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