Fantastic fate




 物心ついた時には、もう、それはあった。

 背中の左側にたった一枚、半透明の片翼。

「あ?んなもんねえぞ」
 父さんはそう言ってオレの背中をばしばし叩いた。
 確かに触ろうと手を伸ばしても、拳大より二周りほど大きいそれに触れる事はできなかった。
「でも、素敵ね」
 幼子の戯言だと取れるそれを笑うことなく、母さんはそう言った。
「きっと、リョーマが左なら、右側に片翼を持った人が居るわよ」

 その人と逢える?

 そう聞いたオレに、母さんは「ええ」と頷いた。
「逢えるわ。だって、その為に片方だけをリョーマに授けたんだから」
 なんて幻想的な運命かしら。
 そう言って、母さんは優しく微笑んだ。

 そして、何年経ってもその翼は大きくも小さくもなる事無く、オレの背に在り続けていた。




 日本に帰って来たリョーマは青春学園と言う、とてつもなく恥かしい名前の私立中学へと入学した。
 誰だよこの校名決めたヤツ。
 父から自分の通う学校名を初めて聞いた時、真っ先にそう思ったのを覚えている。
 テニスで有名な青学だが、それ自体にはリョーマはそれほど期待してはいなかった。
 ただ、強い相手の居る所でテニスが出来ればそれで良いと思っていたからだ。

「案外簡単だね」

 上がり過ぎたロブを籠に打ち返し、リョーマは笑った。
「やっぱテメーだったのか!」
 荒井と名乗った二年がリョーマの胸倉を掴み上げる。
 リョーマはやれやれと思いながら成すが侭になっていると、不意に背中が疼いた。
「?」
 何の気無しに視線を巡らせると、ちょうどコートに入って来たしかめっ面の少年と目が合った。
「部長!!」
 部員たちが一斉に辞儀をする。リョーマはそれを見てあれが部長なのだと認識した。
(?)
 先程背が疼いたのは何だったのだろうか。リョーマはその切れ長の目をじっと見詰めながらそう思う。
「コート内で何をもめている」
 リョーマの視線を無視した手塚の声は低く、凛としていてリョーマにはどこか心地よかった。
 だが、その声に荒井はびくりと竦み上がる。
「騒ぎを起こした罰だ。そこの二人、グラウンド十周!」
 どっかの古参教師みたいな事言ってると思っている内に荒井が言い訳を試み、結果二十周にされてしまった。
(まあいいけどね)
 言われた通り走り出し、後ろを走る荒井の敵意の視線を受け流してリョーマは黙々と走った。

「お疲れ様。災難だったね」
 走り終えて球拾いに入ると、カチローがそう声を掛けて来た。
「別に」
 そう素っ気無く答え、部長を探して視線を彷徨わす。
「ねえ、部長って名前、なんて言うわけ?」
 転がる球をそれなりに拾いながらカチローに聞いてみる。すると、リョーマから話し掛けて来たのが嬉しかったのか、カチローは周りを気にしながらもそっと教えてくれた。
「手塚、国光…ね」
 教えてもらったその名を反芻し、記憶に刻み付けた。


「二年三年はクールダウン!一年はコート整備に入れ!」
 手塚の声にリョーマたちは球を籠に戻し、トンボを取りに行く。
「球拾いだけでも結構疲れるね…」
 カチローが疲れた声でそう話し掛けてくる。リョーマは適当に相槌を打ちながら何気なく視線を手塚に向けた。
「え……」
 リョーマの表情が驚きに染まる。
 手塚はこちらに背を向ける形で、副部長の大石と何やら話し合っていた。
 その背の右側に、一枚の翼。
 自分のより、少し大き目の半透明の片翼。
 だから背中が疼いたのか、と思う。

 アノ人ガ、オレノ探シテイタ人?

「リョーマ君?」
 倉庫からトンボを出して来たカチローがリョーマの顔を覗き込む。
「リョーマ君の分も出しておいたよ」
 それにはっとしてカチローに視線を移すと、はい、とトンボを差し出される。
「あ…どうも」
 トンボを受け取り、コートを均しながらじっと手塚の後姿を見詰める。
 やはり見間違いではない。半透明のそれは確かにこの目に映し出されていた。
(?)
 不意に、手塚の翼がぱさりと身じろいた。
 リョーマが見間違いかと足を止めると、その手塚が突然振りかえった。
「!」
 視線が合い、びくりとして顔を背けると、リョーマは止まっていた足を動かして整備に戻る。
「………」
 暫く手塚の視線を感じていたが、十秒と経たない内にそれは逸らされ、リョーマはほっと息を吐いた。



 部活も終わり、竜崎の元へ行っていた手塚が部室へ戻ると、長椅子には一人の少年が座っていた。
「越前、まだ帰らないのか?」
 手塚がそう声を掛けるとリョーマはそっちこそ、と言葉を返す。
「先輩こそ、こんな時間まで大変ですね」
「部長だからな」
 手塚はそう言うと隅に寄せてあった机を引き寄せ、その上に部誌をばさりと置いた。
「ねえ部長、羽の生えた人間って居ると思います?」
 手塚が椅子に座り、部誌を開くと同時にそう問うと、彼はペンを出す手を止め、ちらりとこちらを見る。
「何故それを俺に聞く?」
「……何となく」
 リョーマの返答に、手塚はこつんとペンの底で机を叩いて持ち直す。
「存在するかどうかは知らんが聞いた事はないな」
「じゃあ、さっきなんでオレを見たの?」
 一見関連性の無い問いに手塚は視線を部誌に落し、ペンを走らせる。
「何となくだ」
 手塚の返答にリョーマはふーん、と呟くと荷物を手に椅子から立ち上がった。
「部長、見えないんだ?」
「何がだ」
 訳が分からないといった表情の手塚に、リョーマはちょんっと肩口から自分の背を指差してにっと笑った。
「背中」
「背中?」
 それでも意味が分からないと眉を顰める手塚に、リョーマは微かに困ったように笑った。
「…やっと、見つけたと思ったのに」
「えち…」
「お疲れ様っす」
 手塚がその呟きを問い質そうとするのを遮り、リョーマは軽い会釈をして部室を出ていった。
「……越前…リョーマ…」
 部室には、腑に落ちない表情をした手塚が一人、残っていた。






(続く)
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とうとう書いてしまいました…そして続いてしまいました……。
片翼ネタというか天使ネタは余り好きじゃないんですけどね、高槻としては。
が、浮かんだネタは書けるだけ書いてみないと気が済まないので書いてしまいました。
この片翼の天使ですが、この話だと男が右側、女が左側の翼をそれぞれ持っているってことになってるんですが、実際はどっちだったか覚えて無いです。(爆)
この一対の天使は確かゼノギにも出てたので攻略本を引っ張り出して探したのですが何せ細かくてよくわかんねえ……(爆)
なので俺的設定なのです。もう気にしないです。ええ。
つーかリョーマが偽者。誰アンタ。なんちゅーか半暴走してますごめんなさい。(爆)
(2001/08/27/高槻桂)

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