アンパンDEシリアス





夜の帳が下り、飛空挺に乗っている人々が一部を残して眠りに就く頃。
「そっおっだ!おそれないーでみーんなのたっめっに♪」
アンパンマンのマーチを歌いながらティーダは割り当てられた部屋で道具の点検をしていた。
「……もう少し静かにできんのか」
先程から延々と歌い続けるティーダにアーロンのうんざりとした声が掛けられる。
本日三度目だ。
「却下!」
これも三度目。
どうやらティーダの頭の中に根強く残ってしまったらしく、ザナルカンドでアンパンマンの話が出てからずっとこの調子だ。
頭の中で流れていると歌いたくなるのは良く分かるが、聞いているこちらの頭の中にも根を下ろしてしまうので止めて欲しい。
しかもユウナやリュックまでもが気に入ってしまったらしく、よくティーダと熱唱している。
託児所の役員の気分だ、とアーロンは最近回数の増えた溜息をまた洩らした。
「答えられなっいーなんて♪そーんなのーはぁいーやだ!忘れっないでっゆっめっを♪零さっないでっなっみっだ♪」
「…一番と二番が混じっているぞ」
「良いの!この方が好きなんす!」
そしてまた歌い出す。見事に一番と二番の歌詞が入り交じっているが、ティーダは気にした様子もなく歌い続ける。
「い、け!みんなのゆーめまーもるったっめ〜♪っと点検終わり!」
さー寝るぞ〜!と床に広げたアイテムを袋に戻す。
同じく武器の手入れを終えたアーロンは、片付けながら奏でるティーダの鼻歌に、そういえば、と声を掛ける。
「祈りの歌は歌わなくなったな」
「んー」
片付け終り、当然の様にアーロンのベッドにやってくるティーダと共にベッドに潜る。
「あの歌は、もう歌わないっす」
アーロンの鍛えられた腕を枕にして擦り寄ってくるティーダに何故、と問う。
「だってさ、あれは祈り子たちの歌じゃん?」

――祈れよ、エボン=ジュ、夢見よ、祈り子……

「俺たちは、エボン=ジュを倒して、祈り子たちを休ませるんだからさ」

――果て無く、栄え給え……

「だから、もう歌わない」
もう、歌えない。
「……そうか」
「だ・か・ら、マーチ歌うの文句言うなよ?」
腕の中でにんまり笑う少年に、要はそれか、と苦い顔をする。
「それとこれとは別だ」
「けーち」
「…さっさと寝ろ」
ぶーすか文句を垂れる少年の髪を多少手荒に撫でてやると、拗ねた顔が見る間に笑顔に変わる。
「アーロン大好き」
そう言って男の顎に小さなキスを落し、おやすみ、と。
額に返されるキスに、ティーダは微笑んで眼を閉じた。






とん、と軽い音を立てて飛空挺の甲板を飛び降りる。
もう、ユウナに触れる事も出来なかったのに、ちゃんと足音があったのが妙に笑いを誘った。
橙色に染まった雲を突き抜け、その中でオヤジ達に出会った。
幻かな、と思ったけど、差し伸べられたオヤジの手に思い切り手を重ねたらぱんっと小気味良い音がして、俺はその場に降り立った。
「よお」
どうやら幻じゃなかったらしいオヤジ達はそれぞれ笑みを浮かべて俺を見ていた。
…アーロンはいつもどーりの仏頂面だったけどね。
「お疲れ様」
「あ、どもッス」
ブラスカさんがスフィアで見たのと同じ笑顔で俺を見ていた。
会えるなんて思ってもみなかったから、ちょっと不思議な気分だった。
「あ、そだ、アーロン」
自分だけとっとと先に逝っちまったおっさんを呼ぶと、アーロンはいつもの様に何だ、と視線だけで返して来た。
「今度こそ答えてよ。アンタの幸せって、何?」
「…まだ覚えていたのか」
うんざりした様な声音にだって、と俺は唇を尖らせて拗ねてみせる。
「だって気になんじゃん」
まあまあ、と割って入ったのはブラスカさん。
「異界でゆっくり話せばいいじゃないか」
ブラスカさんのその言葉に、俺は「あー…」と歯切れ悪い声を出して痒くもない鼻頭を掻く。
「俺、一緒には行けないんスよ、スミマセン」
「はあ?どういうこった」
オヤジが訝しげな顔で見てる。アーロンもそんな感じだ。
うん、ゴメン。ずっと隠してた。
つーか、言えなかった。
俺、
「俺、祈り子の夢だから、消えるんだって。ぜーんぶ、何もかも」
だから、異界には行けないんだ。
ゴメンね。
「もう、結構この姿保ってるの限界なんスよ」
ちょーっと気を抜くと輪郭ぼやけたりして困りモノ。
もう、殆ど意識もぼーっとしてきてて、ヤバイ。
でも、もうちょっとだけ、頑張らないと。


「アーロン、」


どうしても、伝えたい事が。


「俺、アンタに逢う為に生まれて、生きてる間ずっとアンタが好きで、アンタの傍に居る事が俺の幸せだった!だから俺、今凄く嬉しいんだ!アンタを好きで好きで堪らんないまま消えれて!だから、」




だ…か、ら……








(2002/06/08/高槻桂)

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