「俺、アンタに逢う為に生まれて、生きてる間ずっとアンタが好きで、アンタの傍に居る事が俺の幸せだった!だから俺、今凄く嬉しいんだ!アンタを好きで好きで堪らんないまま消えれて!だから、」






だから、忘れないで。













…………泣かないで…













アンパンDEシリアス










何の為に生まれて、何をして生きるのか。
答えられないなんて、そんなのは嫌だ。
忘れないで、夢を。零さないで、涙。
だから君は行くんだ微笑んで。
そうだ、嬉しいんだ。生きる喜び。
例え、どんな敵が相手でも。





よく、ティーダが歌っていた。
幼児向けアニメのテーマソング。
歌詞をごちゃ混ぜに歌う少年に、いつまでも子供のままだと。
呆れながらも微笑ましく、そう、ただ聞き流していた。
明るく歌う反面、どんな思いでそれを歌っていたかなど。
微塵にも、気付く事はなかった。

気付く頃には、彼はもう、傍には居なくて。
どんな思いで己の消滅と向かい合ったのだろう。
大の大人ですら死を恐れるというのに、彼は未だ二十にも満たない少年で、しかも「死」ではなく、誰も知る事のない「消滅」が己の末路だと知った時、あの少年はどんな気持ちだったのだろう。
誰よりも孤独を厭う彼が、自分だけが仲間たちとは違うのだと、死して異界を訪れる事すら適わぬと知った時、それはどれほどの悲しみで、寂寥であったのだろう。
それでも、彼は笑っていた。
消滅を受け入れた彼の笑顔。
それが、彼の最期。


――アンタの幸せって、何?


たった一つの問いにすら、応えを貰えないまま。
少年は、消えた。








異界へとやって来てどれくらいの日数が経ったのだろう。
日付の存在しないこの世界は時の経過感覚を鈍らせる。
「………」
紅の衣を纏った男は、窓辺でじっと外を眺めていた。
彼がこの世界へ来てからというもの、ずっとそんな調子だ。
この世界の端に造られた家。その窓の外には不思議な色合いの草原が果てし無く広がるだけで、何もありはしない。
けれど、男はその遥か先をいつも眺めていた。
否、眺めている、というよりは何かを探すように見詰めていた。
もしかして、自分の最愛の少年がやってくるのではないかと、じっと、その草原を眺めていた。
「アーロン」
不意に部屋の奥から声が掛かり、アーロンは声のした方へ視線を転じた。
「また、見ていたんだね」
そう言いながら近付いてくるのは相変わらずの笑顔を浮かべたブラスカだった。
「ほら、アーロン、これでも食べて元気だしなよ」
と差し出されたのは一個25ギルの小倉アンパン。
「……嫌味かそれは」
暫しの沈黙の後そう返すと彼はあはは、と笑ってその包みをテーブルに置いた。
「いやぁ、余りにも不甲斐なくてつい」
にこやかだが棘のある言葉にアーロンは何も言えず視線を落す。
「そうやって異界の果てを見ているのは、楽しいかい?」
「楽しい様に見えるか」
「少なくとも、ティーダ君が可哀相なくらい自己悲観に浸っている様には見えるね」
「自己悲観、だと…?」
先程とは違い、口元は笑っていてもその眼は厳しい色を湛えたブラスカの言葉にアーロンは目を見張った。
「違うのかい」
「……」
つい、とアーロンは視線を窓の外へと戻す。
確かに、自己悲観だ。
あの子は己の定めを見詰め、受け入れた。
それに比べ、後ろばかりを見詰め、悔いてばかりいる自分。
愛さなければ良かったのだろうかと、僅かでも思ってしまった自分。
今の自分は、その彼の想いを否定するものだ。
「………そう、なのだろうな」
「…ねえ、アーロン。良い事を教えてあげよう。祈り子様はね、この異界にいるよ」
「何だと?!」
ザナルカンドも、その民も、勿論祈り子もティーダと共に消えてしまった筈だ。
勢い良く立ち上ったアーロンをまあまあ、と宥めながらブラスカは言葉を続ける。
「異界、とは言っても私たちには踏み入れる事の叶わない、最深層で眠りに就いておられる」
祈り子様だって元々はスピラの人だからね、と彼は言う。
「今はその身を癒す為に深い眠りに就いておられるけれど、いつかは目を覚まされるかもしれない」
「それは…」
まさか、とアーロンはブラスカを食い入るように見詰めた。
これは仮説でしかないけれど、と彼は続ける。
「そう。そうすれば、ティーダ君を呼び戻す事が出きるかもしれないし、もしかしたら彼も祈り子様と一緒に眠りに就いているのかもしれない」
「ティーダが……」
戻ってくるかもしれない。
また、逢えるのかもしれない。
それは、ほんの僅かな可能性だったけれど。
「無限の可能性、君がそう言ったんだろう?」
その君が信じなくてどうするんだい、と彼は肩を竦めた。
「そう、だったな…」
そう苦笑するアーロンに、ブラスカは満足げに頷いた。
「よし、アーロンも元に戻った事だし、私は夕食の準備をするから。君、三日もそこでぼーっとしてたって気付いてるかい?幾らもう死に様が無いって言っても、最低限の生活習慣は続けて欲しいなあ」
ああそうだ、とキッチンに向かっていた足が止まり、くるりとブラスカがこちらを振り返る。
「ジェクトもそろそろ帰って来ると思うけど、覚悟しておいた方が良いよ。ティーダ君に手を出した事と、今までのイジケっぷりに相当怒ってたから」
さも愉快そうに言うブラスカに、ふん、とアーロンは鼻で笑った。
「返り討ちにしてやるさ」
「あはは、そうこなくちゃ」
アーロンとジェクトの決闘が余程楽しみなのか、鼻歌を歌いながらキッチンに向かうブラスカを尻目に、三日も放りっぱなしだった正宗の手入れをしに行くかとリビングを出ようとしてふと立ち止まった。
「……」
開け放たれた窓の外、延々と広がる草原。
微かに流れ込んでくる風に乗って、愛しい少年の声が聞えてきたりはしないかと耳を澄ませてしまう。
けれど、聞えてくるのは脳裏に蘇る声だけで。
ふと微かに苦笑してアーロンは窓辺に近寄り、その窓を閉じる。
完全に閉じたのを確認し、今度こそアーロンは部屋を出ていった。





忘れはしない。
お前に愛され、愛する事が、俺の存在意義なのだから。
泣きはしない。
お前が俺の腕の中へ戻ってくる日は、必ずやってくると信じている。

その時こそ、告げよう。



――アンタの幸せって、何?












「ティーダ、お前が傍らで笑っていてくれる事が、俺の…」












(END)
+−+◇+−+
いっやーー!!気に入らないワ!!(絶叫)
ハッピーエンドじゃないなんて、ハッピーエンドじゃないなんて!!
でもこれ以外のエンディング、思い浮かばなかったんですよね…貧相なオツムね、私って。
や、本当は最後にティーダを出そうと思ってたんですが、私のこの話のイメージには合わないなーと思って結局アーロンさんがティーダを待つ終わり方になりました。
実際、異界ってどんな所ですか。ルールーのぬいぐるみがどうやって動いているのかってのと同じくらい気になります。(爆)
ま、予定通り三話で終われたので良かった良かった。
(2002/06/10/高槻桂)

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