大きな足跡を辿る小さな足跡
ティーダは「ゲーム」が好きだ。 ブリッツは勿論の事、指遊びやスフィアゲーム、大なり小なり好んでいるようだ。 だが、最近はあるゲームに執心していた。 アーロンにとってはどうしてこんな小さな箱からこんな映像が出るのかサッパリな、スフィアゲーム。 その一見箱にしか見えないゲーム機をコードでスフィアテレビに繋ぎ、ディスクと呼ばれる円盤を入れるとテレビにそのディスクに対応したゲームが遊べるようになっている。 ティーダはゲーム好きなだけあって、様々なディスクを今は亡き母親に買ってもらっていた様だった。 その中でも、特にのめり込んでいるゲームがあった。 それは他のゲームとは違い、ゲーム機とディスクの他に付属機具がある。 如何にも機械、といった風体のヘルメットの様な形をした装置。 それを顔の上半分を埋めるように嵌め、プレイヤーは眼を閉じ、体の力を抜く。 コントローラーは一切無い。 何故なら、他のゲームとは違いプレイヤー自身がゲームの中へ降り立つというものだからだ。 それがどういう仕組みで出来ているのか、これもアーロンにはサッパリだったし、当のティーダですら「ゲーム」は「ゲーム」でしかなく、どうしてなのか、等とは特に疑問に思ってはいないだろう。 そのゲームは大筋のストーリーは有るものの、それをクリアしなくてはならないというわけではない。 現実で疲れた心を癒そうとやって来る者も居れば、冒険を望んで森へ入っていく者もある。 基本的に「人間」は己一人であり、他はプレイヤーサポートをプログラムされた住人が何人か居るだけだが、ネットワークを繋げば同じゲームをしている者とも会えるらしく、そう言った交流を求めてやってくる者も居る。その代わりネットワークを繋ぐとそれなりの通信料が取られる為、ティーダは繋ぎたいとは言わなかったし、アーロンもこの少年を預かった以上その親が残した遺産を無闇やたらと使わせるつもりも無なかった。 そして、その世界に留まれるのは一日に六時間までらしい。 ゲームの世界は居心地が良いらしく、戻りたく無いと願ってしまう者が多いという。それを防ぐ為の措置だ。六時間たてば自動的にゲームから離脱させられ、日付が変わるまでは降り立つ事が出来内容になっているようだ。 そのゲームの名は、『ジオラマ・ガーデン』 実在しそうで、実際には存在しない庭。まさに名の通りだとアーロンは思った。 その世界では人間に不可欠といわれる食欲、睡眠欲、排泄欲、全てを必要としない等、ティーダが事細かに語ってくれた。 夢の中で食事をしても胃に残らない様に、この世界で何を食べても「食べた」事にはならないらしい。 そしてこのゲームから離脱する方法が「寝る」ことだ。 先程述べたように睡眠欲が無い為に当然眠気はない。ただ、規定時間内に自らの意志で現実へと戻る為の方法が眼を閉じ、意識を集中するその動作から「寝る」と言われているらしい。人に寄っては「落ちる」と言う者も居ると言う。(アーロンは『ジオラマ・ガーデン』から現実へ落ちる、などと、言い得て妙だと苦い顔をしていた) 「寝る」と同時にゲーム機に差し込んであるカードに今までの行動が記録され、それが終わるとプレイヤーは現実へと戻ってくる。 後は頭に嵌めた機械を外せばまたいつも通りの現実へと戻ってくるというものだ。 元々は、『ダイブ』という名の大掛かりな機械だったらしい。 設置されている場所は限られていて、それはゲーム目的ではなく、その名の通り、人の精神に潜り込む為の物で、これはなかなか自白しない犯罪者に使用し、白黒を探る為の物だったらしい。 作動させればスフィアモニタにその人物の今まで見て来たものが映し出されると言う、犯罪を隠し様が無い装置だったらしい。 だが、すぐさま問題が発生し、廃棄処分となったようだ。 『ダイブ』に掛けられた者は、高い確率で精神に異状を来たしてしまったからだ。(やはり機械は有害だとアーロンはこの時思った) そして『ダイブ』はたった数回の作動で廃棄され、消え去る筈だった。 だが、開発に携わった何人かがその『ダイブ』機能を他の何かに使えないかと試行錯誤を繰り返した結果、『ジオラマ・ガーデン』の前身となるゲームが出来上った。 この時点ではゲームの中へ降り立てるのはほんの数分限りであり、小さな島でうろつくのが精一杯だったが、安全性を認められ、スポンサーが付いてからは開発は一気に加速した。 やがて出来上ったダイブゲーム、『アイランド』を彼方此方のアミューズメントパーク等の一角に設置し、人々の反応を待った。 それは大きな反響を呼び開発チームは家庭用制作へと向かった。 そして出来上ったのが『ジオラマ・ガーデン』だという。 それは今までのゲームのように森や街外れに居る魔物を倒せばアイテムやギルが手に入り、それで買い物をしたり、違う地域へ行って予めプログラムされているイベントをこなして行くものだったが、何より魅力的だったのは、やはり「プレイヤー自らがゲームの地へ赴ける」という事だろう。 勿論戦闘中に怪我をすれば痛みは有るが、それは現実のそれとは違い、危険信号の様なものであり、多少痛い程度だという。 回復をしなくとも精神や肉体に問題は起きないが、当然その内体力が尽きてゲームオーバー。 強制的に現実世界へ弾かれてしまうらしい。 このゲームが世に出てからもう何年も経っているようだったが、それでも人気は弱まる事を知らない。 ブリッツがスポーツの王者なら、『ジオラマ・ガーデン』はスフィアゲームの王者だった。 「……」 昼半ば、買い物を済ませて帰宅すると既に学校から帰って来ていた(そう言えば寝る前に明日は早く学校が終わるとティーダが喜んでいた)ティーダは早速『ジオラマ・ガーデン』へと降り立っている様だった。 アーロンが小さく溜息を吐いてキッチンへ向かうと、流し台に頂き済みのおやつの残骸が置いてあるのを見つけた。 幾ら早くゲームがしたくともおやつはしっかり食べてから始める所が子供らしい。 アーロンは喉の奥で小さく笑うと、紙袋の中から買って来たばかりの食材を取り出した。 夕食の準備も終わり、手が空いてしまったアーロンは寝室から一枚の毛布を引きずり出し、リビングで未だダイブ中のティーダに掛けてやる。 帰って来た時は気温が高かったが、日が沈んで来た所為か少々肌寒い。 ちらりと時計を見ると、そろそろティーダが「帰って」来る時間だった。 ティーダはいつも夕食前や、帰って来るように告げた時間にはちゃんと帰ってくるのでさして文句は言わなかったが、アーロンは正直な話この『ジオラマ・ガーデン』を快く思っていない。 元々が精神崩壊を引き起こす機能を元に造られた事も勿論だが、何よりティーダとの会話が減った事が不満だった。 それに気付いた時はジェクトを笑えないと己の親馬鹿根性を苦笑したものだったが、今まで当たり前のようにあった会話が最高六時間も削られるのだ。しかもそのティーダの頭には無粋な機械が嵌められている。 不満に思うなという方が無理というものだ。 「ん?」 ふと足先に固い感触が当たり、視線を落すとテレビのリモコンだった。 ティーダが落したのだろう。やれやれと思いつつ拾い上げると、その拍子に電源を押してしまった様だ。ヴン、と音を立ててスフィアテレビが映像を映し出した。 「ティーダ?!」 映し出されたのは、見た事の無い浜辺で赤い棒を振り回しているティーダの姿だった。 「そうか、これが…」 アーロンは瞬時に理解した。これが『ジオラマ・ガーデン』なのだと。 基本的にプレイヤーから一歩退いた地点からの視点で映像は流れていくらしい。 アーロンは知らなかったが、基本的に『ジオラマ・ガーデン』をプレイする時はスフィアテレビにはコードを繋がない。繋がっていれば今のティーダのように第三者に自分の行動を見られてしまうからだ。 無論それはティーダとて知っていたが、『ジオラマ・ガーデン』をプレイする前にちょこっと他のゲームをやった為に偶々抜き忘れていたのだ。 『ティーダ!』 少女らしき声にティーダは振り向いて笑顔で手を振った。 『なんスか?』 振り向いた所為かぐるりと画面が回り、ティーダの向いた方と同じ方向へ映像が回る。 そこには肩まであるだろう茶色の髪がくるんっと外巻きになった黄色のワンピースを着た少女が悪戯っ子の様な笑みで桟橋の上からティーダを見下ろしていた。 ネットワークは繋いでいないから恐らくこの少女はプログラムされた人格だろう。 『今日も勝負せえへん?モチ、一対一や!』 言葉に些か鉛のある少女は、挑発するように手にした縄跳びを頭上でぶんっと振り回して砂浜に飛び降りた。 『ほな、行っくでぇ〜!』 少女の掛け声と共に二人は己の手にした得物を振り回す。それは戦いと言うよりは正しくチャンバラの域だったが、その赤い棒を振り回す仕種が時折ジェクトと被り、アーロンは苦笑した。 ジェクトも自分達と旅に出るまでは剣など使う所か実物すら見た事が無いと言っていたのを思い出した。 『やーりぃ!今回は俺の勝ちッスね!』 『んっもー!負けてしもたぁ〜!』 そうこうしている間にも決着は付いたらしい。ティーダが嬉々とした表情で飛び跳ねている。 その表情に、アーロンは言い知れぬ思いに駆られた。 こんなに楽しそうなティーダの顔は、見た事が無かった。 初めて会った時はどちらかというと陰鬱さを感じさせる子供だった。アーロンに心を開く事無く、己が寂しいからアーロンが自分の傍に寄るのを許している、そんな印象をひしひしと受けた。 だが、ティーダの母が亡くなって二人で暮らすようになり、次第に笑顔を見せ始めた時はほっと安堵の息を吐いたものだ。 けれども、自分は未だティーダの全てを解き放ってやれていなかったのだ。 『んじゃ、俺そろそろ帰るッス!皆にも伝えておいてくれよ』 『りょ〜ぅかい!まったね〜ん!』 ひらひらっと手を振り合うとティーダはすっと眼を閉じた。 ティーダが帰ってくる。 そう察したアーロンは咄嗟にテレビを電源をオフにし、何事も無かった様な顔をしてティーダの隣りに腰掛ける。 「ん……」 深い眠りから覚めるようにティーダは微かに身動きをし、ゆっくりと装着した機器を取り外してぎょっとした。 「アーロン、いつから居たの?」 まさかすぐ隣りに座っているとは思わなかったのだろう。小さな子供は青い目を真ん丸にしてアーロンを見上げた。 「ついさっきだ。それより、夕食出来てるぞ」 「あ、ホントだ!今日はビーフシチュー?」 キッチンから漂ってくる香りにティーダが問い掛けると、当たりだ、とアーロンにくしゃっと髪を撫でられた。 「さ、行くぞ」 「うん!」 ティーダは笑顔でアーロンの後を付いて来る。 けれど、その笑顔は『ジオラマ・ガーデン』での笑顔ほど、鮮やかではなかった。 (2002/06/11/高槻桂) |