大きな足跡を辿る小さな足跡





ティーダは聞き分けのよい子だ。
怒られるような事はまずしないし、知らずにやってしまっても言い聞かせれば素直に頷く。
我侭など一度足りとて口にした事が無い。
本当に、聞き分けの良い子供だ。

だがそれは、アーロンが「他人」だからだ。

誰だって家族以外の前では自然と猫を被る。
家族になら言える事も他人には言えない。
何かが欲しくとも遠慮する。
悪い印象を持たれない様にと良い子を演じる。
笑顔もめいっぱいの笑顔ではない。
無意識に一線を引いた笑顔だ。
アーロンとティーダの間に引かれた「家族」と「他人」の線。
それを消し去りたい。
それが、アーロンの何よりもの願いだった。



「………」
アーロンは悩んでいた。
とてつもなく悩んでいた。
明後日はティーダの誕生日だ。
誕生日にお祝いをする、という習慣はスピラにも一応あったので知識はある。
だが、何をどうしていいのかがさっぱりなのだ。
当日に気付いて慌てるという失態をしなかっただけまだマシと言うべきか。
スピラでは普通に「おめでとう」「ありがとう」それで終わりだ。
付け足すならこの「おめでとう」は「また一年、無事に生き延びれておめでとう」という少々殺伐としたものだ。
けれどこのザナルカンドでは純粋に誕生日を祝い、ケーキにプレゼントと相場が決まっている。
ケーキや料理。ケーキはさすがに(まだ)作れないが買ってこれば良いし、料理は作れる。これはまあ良い。
問題はプレゼントだ。
「何を渡せば良いのだ…」
という事でティーダが学校へ出掛けてからずっとこの調子だ。
ちなみに日は既に高い。
さすがにデパートの玩具売り場で立ち竦むなどと明らかに怪しい行動は控え、自宅での問答だ。
「うーむ……」
結局それはティーダが帰って来るまで続き、「何してんの?」と訝しげな視線を向けられる事となった。




そして迎えたティーダの誕生日。
朝食を食べている間、ティーダは何か言いたげだった。だが結局彼が何かを言う事はなく、いつものように学校へと出ていった。
きっと少年は今日が自分の誕生日だと告げたかったのだろう。
子供は、己の産まれた日を何より大切にする。
その日が一年のどの日より親の愛情を感じられる日だからだ。
プレゼントだとか、ケーキだとか、勿論あれば嬉しいが、何より暖かな笑顔で「おめでとう」と言って貰えるのだ。
自分を嫌う様になってからはろくに祝ってやれなかったと、ジェクトにしては珍しく寂しそうに笑っていた。
生まれて来た事への祝福。
ティーダは特にそれに飢えていると思う。
ジェクトの言うそれも原因だろうが、やはり母の言葉が大半を占めているのだろう。


――子供なんて要らないからあの人を返してっ!!


「いかん、準備をせねば…!」
己が母親にその存在を否定されてから、初めての誕生日。
笑顔で、過ごさせてやりたかった。




「ただいまー…あれ」
家へ一歩踏み入れれば漂ってくる香ばしい香りに、ティーダの足は自然と足早になってキッチンヘ向かう。
「アーロン、今日のご飯、」
何、と続けようとした口は「な」の形で固まってしまった。
「おかえり」
返って来る無愛想な声はいつものそれだったが、明らかにいつもと光景が違っていた。
いつもより豪華な食事に、ティーダがぽかんとして「どうしたのこれ」と洩らす。
「どう、と言われてもな…今日はお前の誕生日だろう」
「知って、たんだ…」
「まあ、な…」
部屋を掃除していて偶然見つけた母子手帳を見たなどとは言えず、アーロンは言葉を濁した。
「それより、」
とアーロンは椅子の上においてあった大き目の包みをティーダに渡す。
「その、何を選んで良いのかわからなかったから気に入らないかもしれないが…」
開けて良い?と聞くティーダに頷くと、ティーダはがさがさと包みを剥がしていく。
「ブリッツボール公式モデル…」
現れたのは、箱に収まった白と青のブリッツボールだった。
売り場には様々なブリッツボールがあった。色が派手なものや飾り付けられたものと多様で、売り場を目の前にしたアーロンは二の足を踏んだが、カウンターに飾られた公式デザインのボールを目にした瞬間、アーロンはこれに決めていた。
白と青の爽やかなそのデザインは、どのボールよりティーダに相応しく感じたのだ。
「……」
ボールを見詰めたまま沈黙してしまったティーダに、アーロンは失敗したかと内心慌てふためく。
「その、気に入らんのなら他のを…」
「いい!俺、これがいい!」
貰っても良いんだよね、と念を押す子供に当たり前だとその髪をそっと撫でた。
「おめでとう、ティーダ」
祝いの言葉に、ティーダが笑った。
「…ありがと、アーロン」
その大きな青の瞳に薄らと涙を浮かべ、ティーダは笑っていた。
その、どうしようもないほど鮮やかな笑顔にアーロンの表情も自然と弛む。
「どうしよう、おれ、すごくうれしい…アーロン、ありがと……大好き」




「アーロン!ねえってば!」
無視を決め込んで新聞を読むアーロンに、いい加減痺れを切らしたティーダがソファの後ろからアーロンの首にぶら下がった。
「こら、ティーダ」
諌めても、「だってアーロンが無視するんだもん」と拗ねた口調で反論してくる。
「駄目だといったら駄目だ」
「いーじゃんゲームディスクの一枚くらい買ってよ!」
「くどい」
「アーロンのけち!」
先程からこの繰り返しだ。
ティーダの誕生日以来、二人の間にあった一線は完全に無くなった。
ティーダは前と比べて騒がしくなったし、我侭も言うようになった。
今まで我慢していた反動なのだろうか、日に日に酷くなっていくそれに多少行き過ぎの感はあるようだが。
「ねーぇってばー」
そのまま後ろからぎゅむーっと抱きしめ、アーロンの頭にぐりぐりと己の頭を摩り付ける。
「…ティーダ」
「買ってくれる?」
いい加減にしろと言おうと口を開けば、嬉々とした表情で覗き込んで来る瞳。
「…………風呂掃除一ヶ月」
「やったーぁ!」
一ヶ月の風呂掃除と引き換えに勝利を手にした子供は喜びに飛び跳ねる。
敗者はと言えば、はあ、と重い溜息を吐きながらもくつりと苦笑する。
困りものだと思いながらも、甘えてくるティーダをアーロンは嬉しく思っていた。








(2002/06/17/高槻桂)

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