大きな足跡を辿る小さな足跡





ただいまワタクシ、ティーダはザナルカンド最大のブリッツスタジアムを下見に来ております。
学校終わったその足で、だから荷物も持ったまま。
何でこんな所に居るかってえと、明日ここで試合があるから。
明日はクソ親父のスバラシサを称える記念試合。
その名も「ジェクト杯」だ。
うっわそのまんま。
他の誰かの名前ならしっくり来たかもしんないけど、自分の父親の名前がそのまーんま使われてるとすっげえマヌケ。
「おう、どうした。んな深刻な顔してよ」
「へ?」
知った声に顔を上げると、真っ黒の短い髪を結構ざんばらに切り揃えた男がこっちにやってきた。
「ミカちゃん!」
繰り返すけど、男。
でもミカが名前なのも本当。
「よお」
「どーしたんスか、そっちも下見?」
「ん。まあそんなトコだな」
ミカちゃんは明日の対戦相手、ダグルスのコーチの一人だ。
俺がエイブズに入ったばかりの頃、敵の新人視察とか抜かして俺を遊びに連れ回した変なオッサン。
お前のデータを取る為だーとか言う割に俺と一緒になって騒いでて、データ云々は建前なんだと子供ながらにわかった。
第一このオッサンがデータなんて細々しいモノ、気にするわけが無い。
んで、結構意気投合しちゃってさ、それからもちょくちょく連れ出されて、ウチのコーチに文句言われてた。
気にしてる様子は欠片も無かったみたいだけど。
元は自分もブリッツ選手だったんだけど、今は引退してコーチを務めている。
身長は飛び抜けて高いってわけじゃないんだけど、全体的にバランスの取れた体つきしてるから実際より高く見える。
アーロンは必要に応じた場所が鍛えられている、って感じだけど、ミカちゃんの場合は違う。
鍛えるのが趣味らしく、現役から退いた今でも暇さえあればジムで鍛えてる。
だから全身筋肉。
きっとアタマん中も筋肉。
「オイ今余計な事考えただろ」
でも勘の鋭さはピカイチ。ヤバイヤバイ。
「なーんも?」
すっとぼけてみせると、仕方ねえなあって笑ってくれる。
この人は、オヤジと良く似てる。
口調とか、雰囲気とか、細かい所を気にしない豪快な、と言うより大雑把な所とか。
けど、嫌いじゃない。
寧ろこの人の事は大好きだ。
この人がオヤジだったら良かったのに、って昔は結構本気で思ってた。
でもまあ、オヤジがあのジェクトじゃなかったらアーロンに会えなかったかもしれないし?
そう考えれば、まいっかって。
「で、何真剣な顔して考え込んでたんだ?」
「ん?大した事じゃないッスよ。ただ、「ジェクト杯」って変な感じだなって思って」
肩を竦めて笑うと、ミカちゃんは苦笑して俺の頭をぐしゃぐしゃって撫でてくれた。
うわわ。
髪がすっげえ乱れるけど、こういうの、嫌いじゃない。
「明日、ジェクトに負けねえくらい暴れてこいや」
「お、アンタがそれ言っていいのかな〜?」
ダグルスのメンバーが聞いたら気を悪くするッスよ?
「良いんだよ。これはコーチとしてのじゃねえ、俺個人がお前っつーおガキサマに言ってんだからよ」
「あっは!じゃあ存分に暴れて明日の優勝は頂くッス」
「あーそら却下。優勝はウチのチームが頂くぜ」
これはコーチの意見、と笑うミカちゃん。
負けないッスよ、とぱしんと手を叩き合ってそのまま別れた。



スタジアムを出ると、空は結構暗かった。
「ティーダ」
今度は女の子に呼び止められ、俺は足を止める。
長めの髪を根元で二つに結わえた女の子だ。
「ラジ、待たせたッスね」
「大丈夫、出待ちってワクワクして好きなの」
ラジは元々俺のファンだったんだけど、三年前からこうやってよく一緒に出掛けたりする。
一時彼女だった時もあったけど、アーロンと恋人同士になれてからは普通の友達。
とは言っても特に何が変わったわけじゃないけどさ。
俺がアーロンの事好きで悩んでる時も相談に乗ってくれて、励ましてくれた。
それで、晴れてアーロンと恋人同士になって、アーロンが嫉妬するからもう会わないからって。
悪いとは思ったけど、やっぱ、俺にはアーロンが一番で。
そしたら何と、ラジはそのまま俺を家へ引っ張ってって、夕食の準備してたアーロンを説得して友達付き合いならOKを貰ったのだ。
………。
うん。
俺、嘘吐いてないッスよ。
うん、まあ、確かにアレは説得って言うか。
…怒鳴り込んだって言うか。

――私とティーダは元々親友みたいなモンなんだからアンタが心配するような事は例え日が北から昇って東に沈もうと有り得ないのよ!友達と買い物に行って何が悪いのよ!あぁ?!

や、「あぁ?!」とまでは言って無いと思うけど、そんな感じの剣幕で。勿論ノンブレス。
俺もアーロンもびびったっつーか、うん。
そんなわけで、ラジとは今でも仲の良い友達だ。
もう一人のお姉さんは、あっちもあっちで本命と上手く行ったらしく、去年の春に「結婚しました」のスフィアカードが届いた。
真っ白のウエディングドレスに身を包んだ幸せそうな笑顔を見て、良かったなってアーロンが言ってくれた。
うん、本当に良かった。
「ところでティーダ、明日の公欠届けってちゃんと出した?」
「あ!」
ラジに言われてそう言えばと気付く。
スタジアムへの時間が迫ってたからーって急いでて、ついつい忘れてたんだ。
「やっべえ。明日エイブズ行くついでに出してくるッス」
明日は朝からエイブズのビルで作戦会議とストレッチ。んで、そのまま夜にスタジアムへ、という寸法だ。
エイブズのビルへ行くには学校の近くを通るから、何とかなるだろう。
「それじゃ、『ルビードール』行こうよ」
ルビードールはラジのお気に入りの店だ。
本業はケーキショップだけど、紅茶やジャム、クローンフラワーの砂糖漬けとかも置いてて、ラジはそこのクローンフラワーの砂糖漬けがお気に入りなのだ。
俺も仕事上余り食べる事はできないけど、結構好きなんだよね。
だからラジが買いに行く時は必ず俺もついて行く。
流石に俺がティーダだってわかるとヤバイからそれなりの変装はしてるけどね。
「今日ね、新しい種類が入ったんだって」
「マジッスか!」
うーん、我ながら男っぽくない会話だなーとは思うんだけどさ、好きな物は仕方ないよな。
と言うワケで、今日のお土産はクローンフラワーの砂糖漬けに決定。




「たっだいまー」
いつもより遅めの帰宅。
家の中に踏み入れれば良い匂い。
あ、今日は澄まし汁とかあるかも。
そんな匂い。
「早かったな」
キッチンから顔を出したアーロンの頬にただいまのキス。
「ん、思ったより早く終わったから」
おかえりのキスを頬に受けて、アーロンの背後をひょこっと覗く。
「あ、やっぱり」
コンロの上で火に掛かっている手鍋の中にはむらくも汁。
「着替えてこい。もう食えるぞ」
「了解ッス」
今日の夕飯はむらくも汁と鮪の梅肉ソース掛け、ちくわと豆腐の香り揚げ焼き、冬瓜とエビの葛煮。
うん、やっぱアーロンの飯って最高。

あ、ちなみにその夜は最後までしてないッスから。
というか、最近はしてない。
試合近いのにヤリ過ぎで腰が痛いなんて笑えないし。
明日の試合が終わったら解禁と言う事で。
でもまあ、ちょこっとは、ねえ?
それくらいは勘弁してよ。




「ご苦労様」
朝っぱらから駆け込んで来た俺の姿に、サリ先生はくすくすと笑って公認欠席届を受け取ってくれた。
サリ先生は昔、俺の担任だった先生だ。
今は俺が高等課程だから担当じゃないけど、ジュニア課程から高等課程までの教師は同じ職員棟だから結構顔を合わす。
で、届けを出そうと一階の職員室に顔を出したらサリ先生がいたってわけ。
「はい、ちゃんと受け取りました」
そう言ってポン、と判子を用紙に押す。
ホント、この先生って十年前から変わってないなあ。
「おや、ティーダ君」
「あら学校長」
ひょこっと奥の扉から初老の男の人が顔を出した。
殆ど白くなった髪に、柔和な表情をしたニング学校長。
このザナルカンド・スクールのジュニアから一般まで、全ての課を纏めているのがこの人だ。
他のスクールは大抵何年かの周期で学園長や学校長は変わっていくけど、ニング学校長はずーっとここに務めているらしい。
少なくとも、俺がジュニア課程に入った時は既にニング学校長だった。
「今日、試合ですね」
「はい、頑張ります!」
俺の返事に、ニング学校長はうんうん、と嬉しそうに頷いた。
「ティーダ君、何事も勝ち負けより、己に悔いの無い様に頑張りなさい」
「ありがとうございます」
ぺこっと御辞儀をして、頭を上げた瞬間目に付いた時計に俺は声を上げた。
「あ!時間!それじゃ、俺これで失礼します!!」
もう一度御辞儀をして、俺は慌ててその場を駆け出した。




スタジアムへの最寄り港を一歩出れば人だかり。
(まあ、予想はしてたけどね)
ブリッツを教えて、と言う子供たちへの応えに詰っていると、すぐ近くで声が上がった。
『今夜は駄目だよ』
「そう、今夜は…えっ」
懐かしい声に振り返ると、そこにはもう誰も居なくて。
「あ、えっと、うん、まあ今夜は駄目なんだ。ゴメンな」
大勢のファンに見送ってもらいながらティーダはフリーウェイへと出た。
(さっきの…)
紫のフードを眼深に被った、裸足の少年。
さっきの声は、ティーダがずっと捜していた声だ。
(ニーニョ…?)
昔、ティーダには親友が居た。
誰より、それこそその時の自分にとってはアーロンより大切な存在だった。
だが、彼は突然ティーダの前から姿を消した。
ジュニア課程を終え、ワンランク上の課程へ上がった時、ニーニョの姿はなかった。
教師に聞いても「急な引越しで」としか教えてもらえず、彼が何処へ、そしてどうして突然姿を消したのか、ティーダには分からなかった。
家を訪ねようと思っても、よく考えてみればティーダはニーニョが何処に住んでいるのか知らなかった。
あの時はこれでもかと言うほど泣きじゃくり、アーロンを困らせた。
知っているのは、彼の性格と様々な表情、声。全て彼自身の事だけで。
ただ一つ思い当たる事があるとすれば、ニーニョは身体に欠陥を持っていた。
欠陥、と言うのは語弊があるのかもしれない。幼いティーダには良くわからなかったが、どうやら肉体的成長が著しく遅いという事だ。
実際、初めて出会った頃は同じくらいだった身長も、ジュニア課程を卒業する頃には疾うにティーダが追い抜いていた。というより、ニーニョの身長はあれから変わってない様にも思われた。
だからどうして姿を消すのか、その理由は分からなかったが、ティーダはそれが原因なのだと思う事で己を納得させていた。
(まさか、な)
ティーダは先程の少年の事を頭から追い出し、フリーウェイを進む。
側に聳え立つ建物のスクリーン一杯に映し出されたジェクトを睨み付け、ティーダは駆け出した。
「ティーダ!」
呼ばれて足を止めると、フリーウェイの壁に凭れてこちらへ手を振っている三人の女の姿があった。
「みんな!」
そこにいたのはお隣さんの三姉妹だった。
「今日の試合、頑張ってね」
「バシッと決めなよ!」
「ウッス!ナタねえもレミねえもありがと!」
「ティーダ」
相変わらず姉達の陰に隠れるように立っている末の妹、ラグがそろそろとティーダの前にやって来た。
今日は珍しく外に出ても大丈夫らしい。
「うん、ラグも見に来てくれるんだろ?さんきゅな」
「…頑張って。…負けないで」
「勿論ッスよ!」
ぐっと拳を握って示すと、ラグはにこりと笑った。
「それじゃ、俺、行って来るッス!」
再び駆け出したティーダを三姉妹は見送り、顔を見合わせる。
「……今夜ね」
「ええ……」
姉達の会話に末妹は加わらず、じっと遠くなっていくティーダの背を見詰めていた。
「…自分の運命に、負けないで……」




それから数時間後、ザナルカンドは混乱を極めていた。
突如として現れた巨大な水球。
それによって街は多大な被害を被っていた。
その被害の中心は、ザナルカンド最大のスタジアム。
その崩れ掛けた壁に、ティーダは必死でぶら下がっていた。
今はまだ恐怖より混乱が勝っている。
「…っく、ぅ…!」
己の下には崩れつつあるブリッツの水球、スタジアム、街。
何故、などと考える余裕など無い。
ここから落ちれば、ティーダを待っているのは確実な死。
「ぅわああああ!!!」
ずるっと手は壁を滑り、ティーダの体は一気に落下する。
目を見開き、死ぬんだ、と漠然と感じた瞬間、どすんっと何かの上に叩き付けられた。
「ぐっ…」
衝撃に息が詰る。
けれど、生きている。
どういう事だ。
地面には早すぎる。
何か、崩れた壁にでも激突したのか。
「…っ…」
ふっとティーダは己の意識が遠ざかるのを感じる。
『忘れないで』
消えかかった脳裏に、不意に声が響いた。
(この声は…)
『僕たちは、ずっと君の傍にいる。君を、見守っている』
ああ、やはりこの声は。
『けれど、僕たちにはそうする事しかできない。…ごめんね、ティーダ…』
ばさり、と何かが羽ばたく音が聞える。
(ニー…)
ティーダの意識はそこでぷつりと途切れた。




「……ぅ……」
顔に当たる水飛沫に起こされ、ティーダはその身を起こした。
(俺、生きてる…)

――忘れないで…

あの声は、ニーニョだった。
ならば、助けてくれたのもニーニョなのだろうか。
しかしどうやって。
「……」
考えた所で混乱した頭では何もわかる筈も無い。
ティーダは辺りを見回しながら階段を降りていった。
「!アーロン!!」
まるでティーダが目を覚ますのを待っていたかのようにアーロンは階段の下でティーダを待っていた。
「お前を待っていた。行くぞ」
「は?!ちょ、オイ!」
素っ頓狂な声を出すティーダを尻目に、アーロンはさっさと背を向けて歩いていってしまう。
どうしてこんな時にまでこうも落ち着いていられるのだろう。
「何だってんだ!」
何にせよアーロンがいるなら自分の行き先は一つ。
アーロンに付いて行く以外の選択権を、ティーダは持っていなかった。
「待てっての!」
さっさと歩いて行ってしまうアーロンを追いかけ、所々崩れ掛けたフリーウェイに駆け上る。
「っとと…」
逃げて行く人の一人にぶつかりそうになり、ティーダは慌てて身を翻した。
明らかに自分達の行く方向は危険だ。人の波がそれを現わしている。
「ああもう…」
振り返り、ぎくりと足を止めた。
「お、まえ…!」
あの少年が目の前にいたのだ。
誰なんだと問い質そうとした瞬間、ティーダは辺りの異変に気付いた。
「!?」
音が消えている。
すぐ傍を逃げて行く人達も、崩れ落ちる建物も、さっさと先を歩くアーロンの背も。
全てが凍り付いたようにその動きを止めている。
『始まるよ』
少年の声にティーダは慌てて彼を見る。
『…泣かないで』
「なん…」
瞬間、音が戻った。
人々は逃げ惑い、建物は崩れ落ち、アーロンの背は更に遠くなる。
「ぁ…」
それに気を取られたほんの一瞬に少年は姿を消してしまった。
「……ニーニョ、なのか…?」
答えをくれるものなどいる筈も無く、ティーダにはアーロンを追う道しか残されてはいなかった。








(2002/06/19/高槻桂)

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