大きな足跡を辿る小さな足跡





「あーもうやってらんねー…」
濡れ鼠になった俺は現在遺跡っぽい所を探索中。何か燃やすモンないかなーってね。
「シン」っつーバケモンがザナルカンドぶち壊しに来たと思ったら今度はここ何処よって感じでさ。
暗いし人居ないし変なバケモンには食われそうになるし。
「アーロン…」
あれから、アーロンはどうなったんだろ。
まああのオッサンの事だからどっかで生きてるだろうけどさ。
つか、くたばってたらとか考えると俺も死にたくなってくるから考えない。
万が一死んだとしても、この眼で見るまで信じない。
アーロンがもういないって知らされるその時まで何がなんでも生き延びてやる。
「おっ」
壊れかけた机の中から二つの石が出てきた。
火打ち石だ。
実物を見るのは初めてだったけど、こういう知識は小さい頃からアリスに叩き込まれてたからすぐにわかった。
「……なあ、アリス」
反応はない。
一番最近話したのはスタジアムの下見へ行った日の朝だから、多分あと二日は経たないと出てこれないと思う。
「アーリースー」
それでもしつこく呼んでみる。
アリスは俺の成長に比例して眠りに就く間隔が増えていく。
今は一週間に一度か多くて二度。
それもほんの少しの時間だけ。
「やっぱダメか…」
いくら待っても返ってこない応えに、俺は溜め息をついて手にした火打ち石を見詰める。
アリスの「いつかこの知識が必要になる」って言葉の意味、やっとわかった。
…アリスは、知ってたんだ。
俺がこうなるのを知ってたから、色々教えてくれたんだ。
生きるための知恵を。
何で、とか、どうして、とか、聞きたい事は勿論山ほどある。
けど、今は暖まる事を考えないと。
せめてアリスが目を覚ますまで。
話が出来れば、多少なりともこの状況を何とかできるんじゃないかって思うんだ。
だから、それまで生き延びないと。

「誰だ」

「ぅわ?!」
すっかり考え事に意識を持って行かれてる時に声を掛けられたもんだから、驚いて手にした石を取り落としそうになってしまった。
「っとと…アンタ、誰?」
声のした方を見て、ぎょっとした。
何アレ触角?
水色なんて珍しい色をした長い髪を、左右と前に一房ずつ触角みたいに固めてある。
それ以外の髪はちょっと長めかな?っていうくらいだけど。
服も変だし。
「これは失礼を。私はシーモア=グアドと申します」
あ、この声結構好きかも。囁き口調なのがちょっと引くけど。
見た目は奇天烈だけど礼儀正しいみたいだ。
人は見掛けによらないってホントっすね。
「えと、俺、ティーダ」
「ではティーダ、何故この様な所に?」
それはこっちが聞きたいッス。
「えーっと、俺にも良くわかんないっつーか…試合してたら突然「シン」ってヤツが襲ってきて、気付いたらここの近くの岩の上で…その…」
しどろもどろになりながらも経緯を告げると、シーモアは驚いたように目を見張った。
「「シン」がスタジアムに…?そんな報告は受けてないが…」
「マジだって!ザナルカンド中、目茶苦茶で…!」
「ザナルカンド?」
「へ?う、うん…」
シーモアの固い声に俺は気圧されてコクコクと何度も頷いた。
「…失礼かとは思いますが、所属チームはどちらで?」
「ザ、ザナルカンド・エイブズ…」
俺の返答を受けたシーモアはぼそりと何か独り言(だと思う)を呟いた。
毒気がどうのって聞こえた気がするけど、はっきりとした事はわからない。
「ふむ…だがもしそうでないのなら…興味深い…」
何がそうじゃないのか良くわからなかったけど、シーモアは満足げな笑みを薄らと浮かべながら近付いて来た。
「あ、あの…?」
ちょっと待てよ、これってもしかして、俺ピンチ?
じり、と後ずさった俺にシーモアがくすりと笑う。
「脅えなくともよいのですよ?悪いようにはしませんから」
んな事言われたってハイそうですかなんて言えるか!
「ふふふ…だがそうして脅える姿も、なかなか良い」
ほらコイツ絶対怪しいって!!
やっぱ人は見かけによる場合もある!
わ、来るな寄るな触るな近付くな!
ぎゃー助けてアーロン!!

「何?!」

ぎゅっと目を閉じた俺に降り懸かったのは、バチッという電気がスパークするような音と、シーモアの驚いた声。
「……え…」
恐る恐る目を開くと、なんと俺の体は光に包まれていた。
「この光……」
この感じ、アリスだ。相変わらずアリスが目を醒ました様子はないけど、わかった。
アリスが俺を守ってくれてるんだって。
「くっ…これは…」
シーモアは光に焼かれたらしい指先を庇いながら何やら唱え始めた。
その隙に逃げようにも、ちょうど出口の前にシーモアが立ち塞がっていてそれも適わない。
「ザナルカンドの事といい、その白魔法によく似たシールドといい…本当にあなたは興味深い…益々知りたくなりましたよ…」
シーモアの右手が青暗い光を放ち、俺を守っている光に指を突き立てた。
「う、わっ!」
ばちちっと凄い音を立てた割に、今度はシーモアの指は弾かれなかった。
指を覆っている暗い光が原因なんだろうか。
とにかく、こうなると最早俺にはどうする事も出来なくて。
「っ…」
ひやりとした指が額に当たった、と思った瞬間その指が頭ん中に入り込んだ。
いや、実際はひんやりとした感触はそのままだったから、本当に指がめり込んだとかそんなんじゃないみたいだけどさ。
痛みは無いけど、頭ん中がシーモアの指先で揺らめいていたあの暗い光にじわーっと侵蝕されて行くような感じがした。
「…っぁ…」
意識が遠のき、アリスの光が消える。
いや、多分シーモアに消されたんだと思う。
かくん、と俺が膝を落して倒れそうになると、それを予測していたようにシーモアが抱き留めた。
「ティーダ、私を拒んではならない…」
耳元で囁かれ、電流の様な痺れがびりびりと背中を駆け降りて行く。
無意識に頷いてしまいそうになる。
「…ゃ、ァ…ロ……」
アーロンタスケテ
アーロン、
アー…



「ふふ…良い子だ」
シーモアに凭れ掛かる様にして意識を手放したティーダの顔を上げさせ、その前髪を掻き上げた。
額の中央には、濃紺色をした菱形の痣の様なものが浮き上がっている。
「これで私と貴方は繋がった。また逢える日を…楽しみにしている」
やがてその印は消えてしまい、シーモアは恭しくその額に口付けた。








(2002/06/20/高槻桂)

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