大きな足跡を辿る小さな足跡
「アーロン」 ぽつんと、暗闇の中で立ち竦んでいた。 「アーロン」 怖くて、寂しくて、その名を呼んだけれど。 「アーロン…」 何だ、と返って来る声はなくて。 俺、また捨てられた? アーロンにも捨てられた? 嫌だ。 捨てないで。 怖い。寂しい。独りは嫌だ。 「貴方は独りではない」 突然後ろから抱きしめられた。 びくりと体が強張る。 「怖がらないで」 腰に腕を回され、引き寄せられる。 もう片方の手が首筋に掛かり、慰めるように撫でられた。 「私は貴方の傍に居る」 その言葉に、体の力が抜ける。 傍に居てくれる? 「ええ。貴方が此所に居る限り、傍に居ましょう。現実は辛く厳しい。それに疲れた貴方の心、私が癒して差し上げましょう」 耳元で囁いてやると、腕の中の少年は小さく震えた。 「さあ、今は一先ず目覚めなさい」 促すようにその腕から解放してやると、少年の姿はふっと掻き消えた。 「……上出来だ。術に何の問題も無い」 己以外何も無い空間で、男は唇を歪めて嗤う。 先程の優しげな微笑みは微塵も無い。 「あの子供、ジェクトの息子だったとはな」 僅かに掠め取った少年の記憶に、男は満足げに頷いた。 「やはりあの男は廃虚ではないザナルカンドから来たのだ。そしてあの少年も…」 素晴らしい、と男は己の握り締めた拳を見下ろす。 「彼は私の目的に大いなる貢献をしてくれるであろう」 男はくつくつと低く笑い、やがてその姿を消した。 「シン」に流されて、今度はビサイドという村の近くの海で俺は目を醒ました。 そこで俺の面倒を見てくれる事になったのが、ワッカって言う男。 トサカみたいな髪型だけど、気さくな頼れる兄貴って感じの奴だった。 ワッカに聞くと、やっぱりザナルカンドは滅びたんだって言ってた。 そうだよな。リュックもワッカも、そんな嘘吐くような必要、無いもんな。 そっかー…。 俺、じゃあどっから来たんだろう。 単純に考えて、俺は所謂タイムスリップってやつをしてしまったのかもしれない。 けど、みんなの言う通り、毒気の所為で忘れてるだけなんだろうか。 くどいようだけど、いつだって俺の帰る場所はザナルカンドの東Dブロック1811だった。 アーロンと過ごした十年、楽しかった。 これでもかって言うくらい、幸せだった。 それも、みんな夢だったのかな。 召喚士とか、召喚獣とか、エボンとか、よくわかんない事ばっか。 そう言えば、ザナルカンドの外ってどんなんだったんだろう。 ザナルカンドっていつからあるんだろう。 昔はどんな街だったんだろう。 考えた事も無かった。 「……ヤーな夢」 むくりと起き上がって俺は辺りを見回した。 すぐ傍で座ってた筈のワッカが居ない。 何処行ったんだろう、とか思いながら天幕を出てちょっとうろついてみる。 母さんの夢、見た。 オヤジが居なくなった時の夢。 あの頃からだ。 母さんがオヤジの捜索の為に家を空けるようになって、俺はだんだん学校へ行かない様になって。 気付いて、欲しかったんだ。 俺が、此所に居るんだって。 だから、学校から母さんに電話が掛かって来た時、怒られるけど、それでも母さんは俺を見てくれるって思った。 けど、結局母さんは怒らなかった。 ただ、「ちゃんと行かなきゃ駄目よ?お父さんが帰って来てそれを知ったら哀しむわ」と言った。 やっぱり母さんの中はオヤジの事で一杯で、俺は定員オーバー。 「ワッカなら寺院に居るぜ」 「サンキュ」 ひらっと手を振って討伐隊宿舎から今度は寺院へ。 結局オヤジは帰って来ずで母さんは過労で病院送り。 死ぬ時もジェクト、って呟いて逝った。 詰る所、母さんにとって俺はジェクトと自分を繋いでおく証の様なもので。 愛の結晶、なんて純粋なモンじゃなかったんだなって思い知らされた。 「お、ワッカ発見。なあ、何かあったのか?」 ワッカはひょいっと肩を竦めて言った。 召喚士が帰ってこないのだと。 ん?従召喚士?や、どっちでも良いって。 試練の間?祈り子?はあ? 「思い出したか?」 「誰かが奥の奥から帰って来ない。それは分かった」 「もう一日経っちまった」 場合によっては命にも関るんだと言う。 けれど、掟だから迎えには行けない、とも。 ――死んでしまったら嫌いって事も伝えられないのよ? 突然フラッシュバックする母さんの声。 「死んじまったらお終いだろ!」 気付いたら俺は駆け出していた。 「掟を破ってはなりません!」 「知るか!!」 怒鳴って扉の奥へと向かう。 そこは、石壁に囲まれた小さな部屋だった。 通路らしきものは何も無い。 「……なんだこりゃ」 壁に文字が光りながら浮き上がっている。 光る壁に触れると隣りの壁に変な模様が浮き上がった。 そっちも何気なく触ってみると、地響きを立てて壁が持ち上がった。 「すっげえ…」 何の力で動いているんだろう、電気じゃないみたいだし、とか思いながら階段を下っていく。 ひんやりとした空気が何処と無く心地よい。 「何だこれ」 階段の踊り場に手のひらサイズの光る石が嵌め込んである。 それに触れた途端、目の前の壁に文字が現れ、やがて消えていった。 「ふーん。これ使って開けていくんだ?」 光る石はスフィアだったらしい。こういう形のスフィアを見るのって初めてだ。 しかも一つずつしか持てないらしい。力が強すぎて、ビリビリーって反発を起こすんだってさ。 本当なのか試してみたい気もするけど、怖いから止めておく。 謎解きは嫌いじゃないからまあ良いか。 さて、それじゃあサクサクと行きますか。 (2002/06/20/高槻桂) |