大きな足跡を辿る小さな足跡
船なんて何年ぶりだろう。 母さんが毎日捜索船へ赴いていた印象からか、オヤジが居なくなってからは乗りたいとは思わなかった。 アーロンはアーロンで、船酔いするから嫌いなんだって言ってた。 だから、少なくとも十年は乗ってない。 あ、因みに俺は船酔いとか全然しないタイプ。 アーロンは船限定だったな。車とかは大丈夫みたいだったし。 あーアーロン、今頃何してるのかな。 俺の事、ちょっとは捜してくれてるかな? ていうか捜せ。 あーもうアーロンの事は無し!! 暗くなるから今は考えない!! 今はこの青い海!青い空!爽やかな風!! これを楽しむべし!! それにしてもさっきは驚いた。 この船がチョコボっつー鳥で動いてるんだって事。 こっちじゃそれは当たり前みたいだったけど、船はモーターで動くって認識のある俺にとって驚きでしかなかった。 ホント、ザナルカンドとは大違いだって、思い知らされてばっかりだ。 初めて見た時、びっくりしたの。 どうしてここにガードじゃない人が居るのかな、とか、そんな事じゃなくてね。 彼の耳飾りや首に下げている飾り、服のマーク。 あのマーク、私、良く知ってる。 ジェクトさんの胸に掘られた、刺青のマーク。 たった一日。 父さんが旅立つその日にほんの少しだけお話ししただけの人だけど、面白くて、優しい人だって事は今でもよく覚えてる。 ユウナちゃんって呼ぶ優しい声、覚えてる。 ザナルカンドから来たんだって言ってた。 アーロンさんは怒ってたけど、私は本当にそうなんだって信じてる。 嘘、吐くような人には見えなかったから。 ジェクトさんが言ってたの。 私がそのマークは何?って聞いた時、「これは俺様のマークだ」って。 だから、彼のお父さんも「ジェクト」って名前だって聞いて、やっぱりそうだったんだ!って思った。 凄く嬉しかった。 だけど…。 だけど、キミは複雑な顔してた。 余り、ジェクトさんの事良く思ってないみたい。 あんなに良い人なのに、どうしてだろう。 もっと、知りたいって思った。 もっとキミの事、知りたいよ。 ジェクトさんの事、ザナルカンドの事…ビサイドでの事…。 どうしてあの時ヴァルファーレはキミに懐いたんだろう。 召喚獣は呼び出した召喚士以外には決して懐かない。 召喚獣とは、祈り子様の夢、その力を介して造り上げた、召喚士自身の魔力の塊。 祈り子様と、召喚士の共同魔法の様なものなのだと。 だから、召喚者以外に懐く事はない。 そう、寺院で習ったのに。 どうしてなんだろう。 ――おかえりなさい 確かにそう聞えた。 祈り子様の声。 キミは、何者なんだろう。 ジェクトさんがザナルカンドからやってきて父さんのガードになったように、キミも何か成し遂げるべき事が、このスピラにあるんだろうか。 キミの事が、知りたいよ。 俺は、自分の考えの甘さを思い知った。 「シン」に会えば、ザナルカンドへ帰れると思ってたんだ。 だけど、現実はそんなに甘くも優しくも無くて。 「シン」が残したのは、村の残骸と多くの怪我人や死者。 これは、逃れようの無い事実なんだって、漸く本当の意味で理解した気がした。 俺は隣りで眠るワッカやオーラカのメンバーを起こさない様にこっそりと宿屋を抜け出した。 辺りは真っ暗だったけど、所々でランプの僅かな光に照らされながら作業してる人も居た。 夜は魔物が活性化するから家から出ないのが基本らしいんだけど、今はそんな事言ってられないみたいだ。 「うわ…」 夜空を見上げた俺は感嘆の声を洩らす。 「すっげえ…」 夜空には無数の星が煌いていて、耳に届く金槌の音さえなければこの惨状は嘘なんじゃないかって思えそうなくらい綺麗だった。 こんなに綺麗な夜空、初めて見た。 ザナルカンドは眠らない。 夜になっても光が途絶える事はない。 そしてあの街の建物は高い。 だから空はとても遠くて、狭くて。 人工の光に遮られて星は見えない。 俺んちは街外れだったからそれなりに見えたけど、それでもこんな、宝石箱をひっくり返したような夜空は初めてだった。 「……」 俺は所々継ぎ接ぎになった桟橋を歩き、星空から海へと視線を移す。 異界送り、というのを初めて見た。 凄く綺麗で、神秘的で、ぞっとした。 でも、何処かで聞いた事がある。 異界送り。 何だろう。昔どっかで聞いたような? ……。 暫く考えてみたけど、やっぱり思い出せない。 けどまあいいか、と結論づけてさて次のお題。 俺は手早く履いている物を脱いだ。 ユウナの異界送りを見て、これはちゃんと思い出せた。 俺、昔は水の上を歩けた。 俺にとっては当たり前のように出来た事だったけど、どうも普通はそうじゃないらしいって子供ながらに察して人前ではやらなかった。だから母さんはそれを知らないし、勿論オヤジも知らない。 でも、アーロンは知っていたような気がする。 俺、アーロンの前でやった事あったっけ? イマイチ、その辺の記憶があやふやなんだよな。 ぴしゃり、と試しに足を水に付けてみる。 うん、冷たい。(当たり前か) 昔の俺、どうやって歩いてたんだっけ。 ホント、何となくの感覚でひょいひょい歩いてたもんな。 今思えばホントなんで歩けたんだろうって思う。 不思議なオコサマでしたね、ティーダ君。 今度は片足だけを水面に付けてみる。 足の裏に意識を集中させて、そっともう片方の足も水面に下ろす。 失敗したら即ドボン。 「っとと…」 けど、何とか成功したっぽい。 昔みたいに歩くのは無理みたいだけど(何せ久し振りだし)水の上に立つ事は何とかできた。 おお、スゲエ。 実は本当に出来るとは思ってなかったりして。 ドボン確実だと思ったんだよな。 でもまあ好奇心には勝てなくてさ。 試してビックリ。出来ました。 でもちょっとでも気を抜くと沈みそう。 折角ドボンしないで出来たんだから、濡れずにいたい。 俺は下りた時の反対の要領でそろーっと片足を上げ、桟橋に上がる。 ホッ。何とか濡れずに済んだ。 「ティーダ」 「え?」 驚いて振り返ると、ユウナがすぐそこに立ってた。 ユウナが一番疲れてる筈なのに、何でまだ起きてんだよ。駄目じゃん。 その思いが伝わったのか、顔に出てたのか(多分これ)、「眠れなくて」とユウナは苦笑した。 「そっち、行っても良いかな?」 「勿論良いッスよ」 桟橋に座り込んで靴下を履いている俺の隣りにユウナがちょこんと座った。 あー何か女の子って感じだなー。(だから何といわれても困るけど) 「さっきの、見ちゃった」 「へ?…ああ、あれ、ね…」 水の上に立っていた事だろう、ユウナは夜の海を眺めながらそう言った。 「キミって、もしかして、召喚士、とか?」 「はあ?!」 ユウナの真面目な問いかけに、悪いとは思ったけど俺は素っ頓狂な声を出してしまった。 「あ、あのね、水の上に立てるのは、召喚士と、従召喚士の修行をした人たちだけだから…それで、そうなのかなって思って…」 「そう、なんだ…?」 やっぱり、水の上を歩くっつーのは普通じゃないんだな、って再認識させられる。 「俺、さ、ガキん時はもっと普通に歩けたんだ。水の上。だから、結構悩んだんだ…俺、普通じゃないのかなってさ…でも俺はスピラに来るまで召喚士なんて知らなかったし、寺院とか、召喚獣とか、魔法とか、そんなのも全然知らなかった。なんつーか、俺みたいなの、他にもいるんじゃないかな?わかんないけどさ」 とにかく召喚士じゃない、と答えた俺に、ユウナはそっか、と呟いた。 「…ねえ、もう一つ、聞いても良いかな?あの時…キミがヴァルファーレに懐かれた時…「おかえりなさい」って、祈り子様の声が聞えた」 「あ…」 そっか、元々はユウナが召喚した召喚獣だもんな。 あの声が召喚獣…祈り子の声なら聞えても当然か。 「ずっと、黙っててごめんなさい」 「あ、いや、ユウナが気にする事じゃないッスよ!」 俺が慌てて手を顔の前でぶんぶん振ると、ユウナはちょっとだけ笑ってくれた。 「あのね、キミは召喚士の素質あると思うんだ。きっと、とっても強い召喚士になれると思う」 そんなことないッスよ、と返そうとした俺の声は「でも、」と言うユウナの強い声に止められてしまった。 「キミは、キミのままでいて、欲しいな」 「?了解ッス」 その時のユウナの表情はとても真剣で、今でもよく覚えてる。 後になって、この時ユウナがどうしてそう言ったのか、わかった。 召喚士になる事がどういう事か、ユウナはそれを一番良く知っている。 だからきっと、この時ユウナは「死なないで」って、言いたかったんだと、思う。 けど、「召喚士」という事がどんな意味を表すのか知らなかったこの時の俺は、そのままの意味で受け取っていた。 (2002/06/22/高槻桂) |