大きな足跡を辿る小さな足跡
それは、アーロンとティーダが暮らし始めて暫く経った頃の事だった。 再び行き出した学校もどうやら順調らしく、ティーダは今日も元気に家を出ていった。 アーロンがそろそろ買い出しに行くかと腰を上げた時、それは聞えた。 『オイ』 「!?」 忘れる筈も無いその声にアーロンは振り返った。 「……ジェクト…?」 だが、当然のように部屋には誰も居ない。 「……空耳、か…?」 『ところがどっこい、そうじゃねえんだな、これが』 「!!!」 今度こそ、はっきりと聞えた。 確かに今のはジェクトの声だ。 「ジェクト!?」 『おお、ちーとばかし力の使い方が分からなくてよ。声しか遅れねえがまあ我慢してくれや』 呆然と立ち竦むアーロンに、ジェクトは良く聞けよ、と話し始めた。 『案外自分の意識、ってやつ?残ってんだわこれが。だから今は出来るだけ大人しくしてる。けど、それもいつまでもつかわかんねえ。だが、十年だ、アーロン』 「何がだ」 『少なくとも十年は必ず、俺は俺であってみせる。だから、十年後、俺はガキを迎えに来る』 「なっ…どういう事だ?!」 ジェクトは息子を頼むと言った。 だからアーロンはその約束を果たす為に此所に居る。 あの子に幸せを。今はただそれを願っているアーロンにとって受け入れ難い事だ。 『「シン」になってずっと考えてたんだ。こうして「シン」の核である俺に意識があるんなら、今の内に「シン」を完全に倒せねえかってな。で、その役目をウチのガキに任命したわけよ』 「何を馬鹿な事を!あの子にお前を、父親を殺せと言うのか!!」 『……アイツさ、泣いてくれたんだ』 「?」 『外れに廃港あるだろ、そこで俺と内緒で会ってた事、祈り子達にバレちまったらしくてよ』 「ティーダと会っていたのか?!」 つい最近までティーダが廃港へ足を運んでいたのは知っていた。 けれど、まさか「シン」と会っていたとは。 『んーまあ、勿論目の前に居るバケモンが俺だって事は知らねえけどな』 アイツ、ボロボロ涙流して泣くんだ、と男の声は笑い混じりに言う。 『「アンタの事忘れるけど、大好きだよ」ってよ…そら「俺」に向けた言葉じゃあ無かったけどよ』 柔らかな、嬉しそうな声で。 『その時に、決めたんだ。やっぱ、殺されるならコイツに殺されてえってな……』 「ジェクト……」 『が、どー見たって今のガキにゃ無理だ。だから、十年待つ。んで、迎えに行く』 「だが…わかっているのか。あの子をスピラへ連れて行くという事は、父親殺しの罪を着せると同時にあの死の螺旋に叩き込むという事だ」 わかってら、と言うジェクトの声は切れ切れだった。 「ジェクト?」 『あー…りぃ、…ロン、そろ…限界…』 途切れ途切れだったがそれが、彼が何を言っているのかは何と無く分かった。 「……わかった。では、俺はそれを導く者となろう。ティーダをお前の元へ導く者と…」 『………、……』 それきり、ジェクトの声が聞える事はなかった。 「ああ、任せておけ」 アーロンは一人頷いた。 『ティーダを、頼む』 「…っ……」 低いうめき声と共にアーロンは目を醒ました。 懐かしい夢を見たと思いながら起き上がり、体に纏わりつく砂を叩き落とす。 ぐるりと辺りを見回してアーロンは己の所在地を知った。 十年経とうが地形は早々簡単に変わる物では無い。 ミヘンだ。しかもキノコ岩の外れの砂浜。 (そうだ、ティーダはどうなった…!) 立ち上がり、辺りを見回ってみるがそれらしき姿は無い。 「……ジェクトのヤツ…!」 知らず愚痴が漏れる。 あれほどビサイドに落せと言ったというのに。 あれほどティーダは慎重に扱えと言ったというのに。 あれほど自分とティーダは近い場所に放り出せと言ったというのに。(最も重要) 「ん…?」 怒りに震えていると、不意に空気が変わったのを感じた。 アーロンが海へ視線を向けると、薄らと海の中に大きな影が見える。 「シン」だ。 するとふわり、と一陣の風がアーロンの前に舞い上がり、それは形を成す。 「ジェクト…!」 それはまるでスフィアに写された映像の様な姿だったが、確かにそれはジェクトだった。 彼は閉じていた眼をすっと開き… 『うわっ?!』 叫んだ。 「?!」 さすがのアーロンもびくりと驚きに体を硬直させる。 ジェクトはまじまじとアーロンを見詰めた後、こう言った。 『お前、更け過ぎだって』 「………」 そうか、開口一に言う事がそれか。 アーロンはマジ切れ五秒前な感じだ。 が、例えブチギレて太刀を振り回そうとホログラム同然のジェクトにそれが通用する筈も無く、その事実が何とかアーロンを押し留めていた。 『あ、んな事よりよ、ウチのガキの事なんだがよ』 自分で怒りの粉を蒔いておいて始末は無しか。 『何か、どっかで落してきちまった』 アッハッハ、と呑気に笑うジェクト。 始末所かきっちり怒りの粉に火を点けて下さいました。 「……こん…の大うつけ者が!!!」 『わりぃわりぃ、何せ人運ぶなんてお前でやったっきりだったろ?しかもあん時はザナルカンドだったしよ』 「……で、一体何処に落して来たんだ…」 気迫だけで人を殺せそうな勢いのアーロン。額に血管浮いてます。 『ビサイドの近くだから大丈夫だろ?』 「だから何処だと…」 『あー?なんか遺跡っぽいとこ』 ふっ…… ちょっと意識が遠くなったアーロン。 「バカモノが…それは恐らくバージ・エボン寺院だ…あそこは前の「シン」が島ごと破戒してからは廃虚となっている……勿論人など居はしないしビサイドから近くも何とも無い!お前の距離感で物事を測るな!何よりあそこは魔物の巣窟だぞ?!ティーダはまだ剣を持って一日と経っていないと言うのにそんな所で無事に要られると思うのか!!!」 ン年ぶりに怒鳴ったアーロンはぜーはー息を吐きながらさっさと捜してこい!とビサイド方面を指差す。 『あーはいはい行ってきますよ、ビサイドに置いてこれば良いんだろ?』 「俺がビサイドに着くまでに探し出さなければそれこそお前なぞ知らん!勝手にどこぞの召喚士にでも倒されてしまえ!!」 怒鳴るだけ怒鳴ってざかざかとミヘン街道へ向かって砂浜を歩いていってしまう後姿にジェクトは小さく笑ってその姿を消した。 どうやらこの十年ですっかり親馬鹿になったらしい。 さすが俺がメロメロ(死語)になった息子。 ジェクトは二人にとって最愛の息子を捜すべく、海の底へと潜っていった。 (2002/06/22/高槻桂) |