大きな足跡を辿る小さな足跡





少年は震えていた。
暗い、光一筋すら入り込まない木箱の中で少年は一人蹲っていた。
その箱は少年が立ち上る所か、背を伸ばす事も、手足を伸ばす事も適わぬ程の狭さだった。
カチカチと己の歯と歯が当たる音だけが、聞える音の全てで。
少年がそんな空間にいるのは、当然の事ながら本意ではなかった。


少年は召喚士だ。
未だ十の歳を越えて幾ばかりしか経っていなくとも、この少年は召喚士だった。
それも飛び抜けた才を持った子供だった。
僅か五歳を迎える頃には少年は既に従召喚士から召喚士への試練として、彼が鍛練を積んでいた施設から一番近い施設の奥で眠るリヴァイアサンと交感を終え、ケツァクウァトル、クジャタ、アレクサンダーと、次々に祈り子との交感を終えていった。
召喚士の仕事は魔物から人々を守る事。
少年も幼いながらもそれは良く理解していたし、その為の実践ノウハウも学んでいた。
行く行くは、ザナルカンドを治める大召喚士エボンの片腕となれるやもしれぬと噂されるほど、少年の才はずば抜けていた。
だが、彼の生まれ育った村はそれを良しとしなかった。
現在のスピラは漸く機械が発展し始めたばかりの、地域によっては文明の差が激しい時期だった。
特に少年の住む村は他の村や町からは離れており、未だ古い習慣を是とする閉鎖的な村だった。
閉鎖的な村の住人は異質を嫌う。
皆が平等で皆が同じでなければ不安なのだ。
元々少年を産んだ母親はそれが元で命を失った。
父親も少年が生まれ、歩き出す前に魔物に襲われその命を落した。
それ故に少年は村人から異端視されていた。
少年は認めてもらいたかった。
自分とてこの村で生まれた者なのだ。
村人達に、受け入れてもらいたかった。
だから少年は召喚士を目指した。
召喚士となり、村を守る役目を得れば、村人達は自分を認めてくれるのだと。
そう直向きに信じて召喚士の道を目指した。
そして少年は己に強い魔力が備わっていると知った。
これなら、村を守れる。
そう少年は喜び勇んで次々と召喚獣を得た。
大人の召喚士に混じって魔物討伐を行ない、功績を上げていった。
エボン様直属の召喚士にならないかとザナルカンドより達しが来た時はそれはもう嬉しかった。
けれど、少年はそれを断り施設を出た。
少年が召喚士となったのは、全ては生まれ故郷の為。
村人に受け入れてもらい、村人を守る為にここまで頑張ってきたのだ。
これで皆を守れる、と少年は嬉々として村へ帰った。
やがて見えて来た村は珍しく活気に溢れていた。
そうだ、祭りの季節だったと少年は思い出した。
年に一度だけ、この村では祭りがあった。
外との交流を持たず、自給自足で全てを賄う彼らにとって大地や天の恵みは何よりの糧だった。
それを感謝し、奉る日が近いのだ。
村人達の笑顔で櫓を立てる姿に少年の心は高鳴った。
次第に歩調が早くなり、己が帰って来た事を知らせたかった。
だが、帰って来た少年の姿を見た瞬間、村人達の笑顔は凍り付いた。
少年は途惑った。
村人の声に呼ばれた村長が姿を現わした途端、少年は絶望に追いやられた。
村を滅ぼしに舞い戻ったか、鬼の子よ。
違う、村を守りに来たんだ。
僕は、この村の役に立ちたくて召喚士になったんだ。
けれど、村人はそれを信じてはくれなかった。
杖を取上げ縄を打て。魔物を呼ばぬ様布を噛ませるのを忘れるな。
長の淡々とした声に逆らう者はいなかった。
どうして。
何故こんな事に。
少年は知らなかった。
この村では、召喚獣も魔物と見なしていた事に。
彼らは総じて魔法が使えない。
魔法を使える者達が絶対的優位を誇っていたこの時代、何の魔力も持たない彼らは迫害されこの地に村を作った。
その劣等感から生まれた村は断固として異端を排除し、魔法を否定し、召喚獣も魔物と認識していた。
故に召喚士は魔物を呼ぶ鬼子。
そう信じられていた。
だが少年がそれを知る事はなく、暗い石牢の中で手足に食い込む縄の痛みに、何より心の痛みに涙を流していた。
やがて、少年は連れ出され、小さな木箱に押し込まれた。
我らの役に立ちたいのなら、役立ててやろう。
お前は神に仕える身となるのだ。
神に仕え、この地に絶え間無い豊作を導いておくれ。
さすればお前は崇められ、称えられるであろう。
勝手な言い分だと彼らも少年も分かっていた。
だが、少年に拒否権はなかった。
蓋をされ、釘が打たれる。
笛の音が聞える。
祭り笛の音だ。
やがて浮くような感触に、少年は運ばれていると知る。
遠くなる祭り笛。
助けて、出して。
その声は聞きいれられる事はなく、やがて何処かに下ろされた。
遠ざかる幾つもの足音。
幾ら叩こうとも蹴ろうとも頑丈に作られたそれはびくともしない。
少年ほどの能力であれば杖など無くとも召喚獣を呼ぶ事は出来ただろう。
だが、この状況でそれを思い付けるほど少年は経験豊かではなかったし、冷静になる事もできなかった。
お母さん、お父さん。
少年は顔も覚えていない親の名を呼ぶ。
若しかしたら両親は生きていて、助けに来てくれはしないだろうか。
そんなかすかな希望に縋ったとて、そんな事は有り得ないとわかっていた。
死ぬんだ。
そう察した途端、震えが止まらなくなった。
死んだらどうなるのだろう。
異界へ行けるのだろうか。
でも異界送りは誰がしてくれるんだろう。
魔物になってしまうのだろうか。
死ぬと言う事は苦しいのだろうか。
痛いのだろうか。
少年は最早死の観念に囚われ、それを待つ事しか出来なかった。







(2002/06/23/高槻桂)

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