大きな足跡を辿る小さな足跡
名前を聞かれた時、どうしよう、と思った。 僕の本当の名は、君に捧げた。 けれど、君は僕を覚えていない。 君に名を呼んで欲しかった。 けれど、君は僕を知らない。 「……ニーニョ」 だから、この名を告げよう。 いつか、君が思い出したら呼んで欲しい。 僕の本当の名を。 漸くこの街に君が生まれた。 千年、かかった。 しかも君は全てを忘れていた。 夢のザナルカンド初めての民たちは、祈り子となる以前の記憶をちゃんと覚えていたのに。 どうしてだろう。 恐らく、エボン様が力を貸さなければ君はきっと、深い眠りに就いたまま夢を見る事はなかった。 どうして、君は夢を見なかったんだろう。 この平和な街に、どうして夢を見なかったんだろう。 ずっと考えていた。 君のいない夢の世界でずっと。 けれど、何時まで経っても答えは見えず、君も夢を見ない。 だから、やがて疲れてしまった。 君がいないのなら、僕らがここにいる理由は無い。 だけど、僕達は自分の意志で消える事は出来ない。 これが、あの頃と変わらぬ幸せを願った罰なのだろうか。 これが、スピラを死の螺旋に導いた罰なのだろうか。 君の為に在りたいと願うのは、罪だったのだろうか。 そんな時、君が生まれた。 千年かけて、漸く君はこの街の夢を見た。 けれど、それは幸せな夢ではなかった。 君はよく一人で泣いていた。 堪らなかった。 君が手の届く所にいる。 なのに、傍に行く事は出来ない。 けれど、それは思いも寄らぬ形で覆された。 君の今のお父さん。 そう、ジェクトが「シン」に乗りスピラへ渡った。 その時、僕らは思い付いた。 この夢を、終わらせる事が出きるかもしれない。 ずっと考えていたんだ。 これはまやかしなんだって。 終わらせるべきなんだって。 だけど、僕たちは迷った。 この街を消す。 それは、漸く生まれた君を消してしまう事だから。 けれど、これが最後のチャンスかもしれない。 もう、二度とこんな事は無いだろう。 今しか出来ない。 だから、僕達は君の傍に集った。 街の住人に成りすまし、君をすぐ傍で見守り続けた。 そして、気付いた。 もしかして君は、この世界を望んでいたわけではないのでは、と。 君は昔から不思議な力を持っていた。 だから、祈り子となるその時、または夢を見る瞬間、気付いたのではないか。 この街を夢見ても、エボン様も、ユウナレスカ様もゼイオン様も僕らもいない事に。 だから、全てを忘れ、生まれて来たのではないだろうか。 君は、いつも言っていた。 みんながいるから、幸せなんだと。 何と言う事だろう。 エボン様、貴方は間違っていたのかもしれない。 愛する街を、愛する家族を、幸せを失いたくないと願う余り道を見失った。 だけど、あの時はああするしかなかった。 残されたのは、この道だけだったのだ。 名前を聞いた時、アイツ、「どうしよう」って感じの顔したんだ。 聞いちゃマズかったのかな、とか思ったけど、名前を聞いてマズい事は無いだろうと思ってそのまま見てたら、アイツはぼそっと答えた。 「……ニーニョ」 変わった名前だと思った。 だから、言い辛そうにしてたのかって納得した。 アイツが時々凄く懐かしそうな眼で俺を見てる事、知ってた。 けど、幾ら思い出そうとしてもやっぱり昔にあった覚えとか無くて。 覚えて無いくらい小さい頃に会ったのかな、とか思ったけど、やっぱ思い出せなくて。 聞けなかったんだ。 アイツ、すっげえ寂しそうな眼をしてたから。 聞いちゃ、いけないような気がしたんだ。 (2002/06/23/高槻桂) |