大きな足跡を辿る小さな足跡





一度だけ、泣かないのか、と聞いた事があった。
その問いに、子供は俯いたまま首を振った。
「泣かないよ」
その声は涙を堪える様な震えは無く、ぼそりと呟かれた。
「…泣かないよ」




「…アーロン…」
異形の召喚獣が消えると共に、ティーダは俯いて傍らに立つ男の名を呼んだ。
「…大丈夫か」
こくり、と小さく頷くティーダ。
「…声が、聞えた」
「声?」
「『かあさまをつれていかないで』」
知らない子供の声だった、とティーダは顔を上げた。
その瞳には、溢れんばかりの涙が浮かんでいる。
「……本当は、哀しかったんだ…」
とうとう堰を切ったように涙は零れ落ちていく。
「ティーダ?」
「本当は、死んで欲しくなかった……母さんに…生きてて、欲しかった」
ああ、そうか。
「ティーダ…」
アーロンは涙を流す子供を抱き寄せてやる。
少年の母は己に訪れた死を、当然のように受け入れた。
夫の元へ逝けるのだと、死を受け入れた。
だから、その子供は泣かなかった。
「嫌われてても良いから、生きて……」
母は幸せになったのだから、泣いてはいけないのだと。
子供ながらに、そう考えて。
だから耐えて、耐えて。
それが当たり前だと受け入れれるほどの時が経って。

切っ掛けなど、どうでも良い。
漸く、泣けたのだ。
この子が、漸く母の為でなく、自分の為にその死を悼み、涙する事が出来たのだ。
「ティーダ…」
しがみ付いて泣く子供を空いた腕で抱き寄せる。

「………」

そこで漸く気付いた。
「え、えと…」
一歩離れた所で所在無げにしているワッカ。
あーそう言えば居たな、コイツ。
「コイツを宥めてくる。積もる話もあるんでな。お前はユウナの所へ行け」
「あ、は、はい!」
ワッカは慌てて礼をすると外へと駆けて行った。
「ティーダ、場所を移すぞ」
「ぅ……」
泣き顔を見られたくないのだろう、こくり、と肯いてそのまま俯くティーダ。
「行くぞ」
踵を返すとしっかりと袖を掴まれ、アーロンは苦笑した。
全てを話した後も、この子供はこうして自分の後に付いて来て、くれるのだろうか。




泣いて、それからアーロンの後に付いてって。
歩いてる内に落ち着いて来て。
そしたら、今度は腹が立って来た。
何で俺こんなトコ、いるんだろ。
何で俺こんなコト、なってんだろ。
そう思ったら、むっかついてさ。

「分かってんのかよ!全部あんたのせいなんだ!!」

酷い事、言った。
かーっとして、今までの不安とか、寂しさとか、全部、怒りに変わって。
でも、アーロンはそんな俺を叱らなかった。
ただ、淡々と真実を告げていった。
アーロンは十年前ユウナの親父さんとオヤジと一緒に「シン」を倒したんだって。
んでアーロンだけザナルカンドへ渡ったんだと。
いつか俺をスピラに連れてくる為にって。
何で俺なんだよ。
「ジェクトの頼みでな」
何だよそれ、オヤジの頼みだからかよ。
俺はまたオヤジに振り回されてたってワケ?
ちょーへこむっての。
それと、もう一つ。これ一番重要。
「シン」はジェクト。
ジェクトは「シン」。
どっちを先に持ってこようと意味は同じなんだけどさ。
は?何それ?何の冗談だよ、とか思った。
やっぱ、信じられなくてさ。
ぐるぐるーってアーロンの言葉が頭ン中回ってた。
アンタいつもそうだよな。
好きにしろ、お前の自由だ。
何だよそれ。
バカにしてる?つかしてるだろ。
結局俺はアンタとオヤジに良い様に躍らされてる。
それでも俺はアンタに付いていくしかない。
しかも今この状態、このスピラで俺を「知ってる」のはアンタだけなのに。
それ知っててそういう事言うんだからもう最低最悪。
「不満だろうな…それとも、不安、か」
んなモン、両方に決まってる。

くしゃり、と髪を撫でられた。

ちょっとアンタそれ反則。
一気に怒りゲージダウン。
アーロンの手だ、って思ったら怒る気失せた。
あーあ。俺ってホントアーロンに弱いよな。
「なあ、アーロン…ザナルカンド、帰れるのかな…」
「ジェクト次第だな。俺はユウナのガードになる。お前もついて来い」
結局、俺ってばアーロンの言い成り。
でもそれで良いと思ってる自分がいる。
何より、アーロンの傍に居られるなら、良いかって。

「本当にそれで良いのか?」

アーロンの後を追い掛けて歩き出した途端、そう声が上がって俺は振り返った。
「あれ、クラウド?」
少し離れた所に立っていたのは、あの連絡船ウイノ号で知り合ったクラウドだった。
俺が言うのもなんだけど、相変わらず浮いた格好してる。
「知り合いか」
アーロンの固い声。どうしたんだろ、何でそんなに警戒してるんだろ。
「ルカに来る船で知り合ったヤツ」
「ティーダ」
呼び声にきょとんとして俺はクラウドを見る。
「本当にその道で良いのか?」
へ?道って?え?
「キミの向かおうとしている道は哀しみの道だ。その手に残るものなど、何も無い。それでもキミはその道を行くのか」
「何が言いたい」
え、ちょ、アーロン、何でそんな喧嘩腰なワケ?
「俺には何も残らなかった。星を救った戦士と称えられ、崇められても俺の手には何も残らなかった。キミは俺と同じ道を辿ろうとしている」
「えと、さ、よく、わかんないんだけど、俺、アーロンに付いて行くッス。そりゃ、アーロンに付いていくしか今の俺にはどうしようもないってのもあるんだけどさ、何より、俺がアーロンの傍に居たいんだ」
「……」
だから、心配してくれて、ありがと。
そう言うと、クラウドはふるっと微かに首を横に振った。
「やはり、馴れない世話は焼くものじゃないな」
クラウドはそう苦笑すると踵を返して立ち去っていってしまった。
ふっと隣りで気を緩めるアーロンに気付いて俺はアーロンを見上げた。
「何でそんな警戒するんスか?」
「…覚えているか。昔、お前に近付いた銀髪に青碧の目をした男が居ただろう」
あーあの爬虫類っぽい眼した気色悪いヤツね。
「奴と似た気配がした」
「は?」
気配ってアンタ。
俺さっぱりだったんスけど。
やっぱアーロンの考えてる事、よくわかんないや。







(2002/06/27/高槻桂)

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