大きな足跡を辿る小さな足跡





ミヘン街道は長い。
つか、長過ぎ。
ルールー曰く、ルカを出たのが結構夕方に近い時間だったから、今日は野宿だってさ。
うわあ。俺、野宿って初めてだよ。
このミヘン街道を抜けた所には宿があるらしいんだけど、そこへ辿り着くまでには店とか家とかなーんも無い。
だから、旅人達は街道の彼方此方にある遺跡を屋根代りにしてそこで休むんだってさ。
「ん」
小さく唸って俺は立ち止まった。
「どうしたの?」
隣りを歩いていたユウナがきょとんとして見上げてくる。
「あ、いや、何でも無いッス」
ひらひらっと手を顔の前で振って、俺はアーロンの元へ向かう。
「アーロン、考え事したいから袖掴ませて」
「何だそれは」
あ、わかりにくいッスか?
つまり、考え事して歩きたいんだけど、それだとあっちこっちふらふらーっと言っちゃうだろ?
だから、アーロンの袖掴んでそれに従って歩こうかなーって。
あ、ワッカがわたわたしてる。
また「アーロンさんに畏れ多い事を!」とか言い出しそう。
ほっとけっての。アーロンが伝説のガードだとかなんだとか、知った事かっつの。
「………」
あ、オッサンめっちゃ迷惑そう。
ゴメンナサイネー。
「アリス」
「……」
他のみんなは首傾げてたけど、この一言でアーロンは察してくれたみたいで、「好きにしろ」って歩き始めた。
おうよ、好きにするさ。
つーことでアーロンの袖引っ掴んで考え事。
魔物でたら切り替えるからそれまで我慢してよ。
(アリス、おはよッス)
いや、まあおはようっつー時間じゃないんだけど、感覚的にさ。
『おはよう。アーロンさん、会えたんだね。良かったね』
「へへっ…」
はっ、しまった、つい顔に!
事情を知ってるアーロンはともかく、なーんも知らない他のみんなから見れば俺は突然笑い出したわけであって。はい、大丈夫です、すんません。
『あのね、今日は伝えておかないといけないことがあるの』
(伝えておかないといけないこと?)
『うん。覚えてるかな?ティーダがちっちゃい頃話した、私の使命』
えーっと、あの銀髪の人を誰かの元へ連れて行きたいってやつだよな。
『そう、その人。あの人はね、残留思念の様なものなの』
残留思念?実態じゃないって事?アリスみたいな?
『うーん、ちょっと違う、かな?私は心自体が留まっているんだけど、あの人は、「シン」で言うなら「コケラ」みたいな存在。もう、ただ一つの事しかわからないの。ある人に会う事しか、わからないの』
へえー。それで、そのある人ってのは?
『それを今日は伝えに来たの。年は二十歳くらいで、髪は金色。チョコボみたいな髪型してるの』
ん?チョコボ?
『瞳の色はマリンブルー。多分、今でも持ってると思うけど、大きな、すっごく大きな剣を携えてる男の人』
………あれ??
『名前はね…』
クラウド、とか?
『あれっ?!私、話した事、無いよね??』
えっとさ…この前、アリスと話したあの後さ、会ったよ、ソイツ。
ルカでも、ちょこっと話した。
『えっ、えっ!そうだったんだ…起きていられなくて、ちょっと残念』
大丈夫だって、また会えるって。
『そうだよね、会えるよね。うん、会える。だから、ティーダに伝えておくね。まず、クラウドに会ったら、伝えて。探し人は、ちゃんと、この地にいるからって』
了解ッス。
『ありがとう。もう一つはね、あの銀髪の人……セフィロス』
セフィロス?それが、あいつの名前?
『そう。あの人に会ったらだけど…私が目覚めるまで、捕まえておいて欲しいんだ』
えっ!!
お、俺アイツ苦手…。
それに、俺はユウナのガードだから勝手に連れ歩けないし。
『問題はそこなのよ。きっと、アーロンさんも怒るだろうなあ』
くすくすっと笑うアリスに、あー言えてるって思う。
昔会った時、すっげえ敵視してたし。
うーん…でも、ま、何とかしてみるッス。
『うん。本当に、ありがとう。それじゃあ、私、そろそろ引っ込むね』
え?!もう?!
『あまり長い間話してると、みんながヘンに思うよ?』
あ、そっか…うん、わかった。
『またね、ティーダ』
おやすみ、アリス。
沈んでいくアリスの気配を見送って、俺は顔を上げた。
「さんきゅ、アーロン」
掴んでいた袖から手を放し、俺は今まで通り歩き出す。
クラウドとセフィロス、そしてアリス。
どういう関係だったのかなって、ちょっと気になった。
だってさ、共通点無さ過ぎ。
アリスに昔聞いた話によると、セフィロスはどうも敵対してたみたいな感じだけど。
アリスは俺の中に居る思念体みたいなもので、セフィロスは残留思念。
つまり、どっちももうこの世に居ないってことなんだよな?
じゃあ、クラウドは?
クラウドも、セフィロスみたいな残留思念ってヤツなんだろうか。
でも、そんな感じはしなかった。
セフィロスの事はもう余り覚えて無いけど、無機質な感じがしたのは覚えてる。
生きてるって感じがしなかった。
けど、クラウドは違った。
ちゃんと暖かかったし、話もちゃんと会話になってた。(船酔いもしてたし)
じゃあ、クラウドは(こういう言い方するのって変な感じだけどさ)生きてるのかな。
だとしたら、いつからなんだろう。
いつから、ああして旅をしてるんだろう。
ずっと、独りだったんだろうか。
俺がアリスと『ジオラマ・ガーデン』で笑っている間、独りでこのスピラを彷徨っていたんだろうか。
ずっと、この世界を独りで。
それは、とても寂しい事だなって、思った。




ミヘン街道も中程を過ぎた頃、日は落ち辺りを闇に染めていた。
一行は近くの遺跡を屋根代りとし、そこで一晩を明かす事となった。
魔物除けと暖を取る為に火を焚き、それにくべる枯れ木に虫除け効果のある香木を混ぜて一緒に燃やす。
仄かに香木の独特な香りの漂う中、既に寝息を立てる者が一人。
他の仲間たちより一足早く、アーロンの傍らで寝息を立てているのはティーダだった。
「あら、もう眠ってしまったんですね」
それに気付いたルールーが声を潜めてくすりと笑う。
普段は怒鳴り付けてばかりのルールーだが、こうして寝顔を見やる表情は柔らかい。
「やっぱ、知り合いが居ると安心するんでしょうね。コイツ、ずっと寝付き悪かったみたいですし」
同じく声を潜めたワッカの台詞に、アーロンの表情か微かに変わる。
「いつも仲間の殆どが寝てからじゃないと寝れなかったみたいですし…置いていかれるとでも思ったんでしょうかね」
ひょいと肩を竦めるワッカ。
アーロンは隣りで眠る子供を見下ろす。
そこには変わらぬ安らかな寝顔。
まるで雛鳥だとアーロンは思う。
ザナルカンドという殻を割り、スピラに生まれ落ちたばかりの雛鳥。
何も知らない、無垢な寝顔。
向かい側ではキマリの肩に身を預け、ウトウトとしているユウナ。
これから歩むのは、他の召喚士より辛い道となるかもしれない。
若い分、それ以上の苦しみを味わうかもしれない。
けれど、導かねばならない。


――キミの向かおうとしている道は哀しみの道だ。


ルカで出会ったあの青年。
恐らく、彼もアリスやあの銀髪の男と同類だ。
全てを知る者。
または、例え真実を知らなくとも、その流れを察する者。
接触を、出来得る限り避けなければならない。
アリスは心得ているようだが、不用意に事実を洩らされては堪らない。
自分達で探し、得る事で真実は意味を持つのだ。
他人に授けられた事実では意味が無い。


――何より、俺がアーロンの傍に居たいんだ


「………」
直向きに、己を信じようとしてくれる子供。
あの青年の言う通りだ。
恐らくこの旅は、失うものの方が圧倒的に多いだろう。
だが、謝罪の言葉は持たない。
許してもらえるものでは無いと、始めから分かっている。

ただ、一つだけ。

ティーダ。
最期、その時まで、守り抜いてみせる。
そう、誓わせてくれ。









(2002/06/28/高槻桂)

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