大きな足跡を辿る小さな足跡




夢のザナルカンドへ渡り、二日目の夜。
男は疲労感に打ちのめされ、暗い路地で僅かな休息を求めて腰を下ろした。
その疲労は肉体的な物では無く、精神的な物だった。
自分の育った世界とは余りにも違い過ぎる文化。
夜だろうと彼方此方がちかちかと煌びやかな光を放ち、暗い空を見上げなければ今が夜だと言う事を忘れてしまいそうなほどだ。そして当然のように込み合う人の波。
その喧騒から逃れるようにこの路地を選んだ男は、手にした大剣を壁に立てかけて息を吐く。
この大剣のお陰で、探し物をしようと表通りに出る度奇異の眼を向けられた。
だからとどこかに置いておくわけにもいかず、こうして人の目の付かない所へ逃れては溜息を吐く。
その繰り返しだった。
(疲れた……)
男は首を垂れ、眼を閉じる。
親友との約束でこの街へとやって来たが、これでは埒があかない。
それでも何人かに探している少年の所在を問うたが、少年の父親の事を知っている人は多かったが、その住所などを知っている者は居なかった。
街のいたる所に設置された「テレビ」と呼ばれる機械は頻りに親友の活躍を流し、そしてその彼が行方不明になって半年が経った事を告げていた。
本当に有名人だったのだなと思う。
ならば余計に探し難いとも思った。
そういう人物は、大抵住所やプライベートは隠蔽される。
所謂熱狂者対策という奴だ。
どうしたものかとまた一つ溜息を吐いた。
「?」
ふと耳が物音を捉えた。
じっと神経を澄ませてみると、それは足音だと分かる。
その軽さからして子供だろう。
この街では、日が沈んでからも子供が出歩くのは珍しい事ではない様だった。
男の生まれ育った世界では、日が暮れればモンスターが出現する確率が高い。その為に夜に外出する事は大人でも控えるのが当たり前だったと言うのに。

ぱたぱたと響いていた足音がぴたりと止まる。
男を見つけたのだろう。伺うような気配が伝わってくる。
ここで迂闊に動いて脅えさせるのも得策ではない。男は項垂れたままじっと子供が通り過ぎるのを待った。
「……」
数秒後、その気配は再び軽い足音を立てて遠ざかっていく。
やれやれと思ったが、それはまたもやぴたりと止まり、何と男の元へとやって来た。
「……だい、じょうぶ……?」
か細い、恐る恐ると言った声。
「どっか、痛いの…?」
放っておけばその内行くだろうとそのままじっとしていると、再び子供特有の高さと含んだ少年の声が男に投げかけられる。
「……お腹空いてるの?」
少年の、脅えながらも退かないそれに男は仕方なく垂れた首を上げ、少年を見た。
暗いから良くは見えないが、年は探している少年と同じくらいだろう。微かな光に反射する髪は金の様だ。
これが探している少年ならばどんなに手間が省ける事だろう。
男は内心で何度目か忘れるほどの溜息を深々と吐く。
「いや…人を、探している…」
だが、捜している少年と同じくらいの年頃なら、知っているかもしれない。
「誰を探しているの?」
こくん、と少年が首を傾げる。
子供を捜すなら子供たちの情報網を取り入れるのが一番手っ取り早い。
しかし、と思う。
迂闊に彼是と話して良い物だろうか。下手に動けばその子供たちにも警戒され、辿り着く事が出来なくなってしまう可能性も有り得る。
だが、この街において頼れる物など何も無い男にとって、選択権は無いと言っても過言ではない。
「お前くらいの子供で……名を、ティーダと言う」
「へ?」
男の言葉に、少年がきょとんとした声を上げた。
その少年の反応は、身近な人物の名が出た、という感じだった。
「知っているのか?」
自然、その身を乗り出し気味に少年を問い詰める。
何か、手がかりのほんの少しで良い。
糸の端を掴めなければ手繰り寄せる事も出来ない。
「知っているって言うか……」
そう言う声に苦笑の色が混じっている。
「俺の名前もさ、ティーダって言うんだ」
あんたの探している奴とは違うかもだけどさ、と肩を竦める少年を見開いた目で見詰める。
糸の先端どころか、糸玉が丸ごと落ちて来たようだ。



「……」
今日は妙な一日だったとティーダは思う。
巨大な魔物には会うし、大剣を持った異装の男を拾った。
暗い路地から出ると、男の姿が露わになった。
ザナルカンドでは見かけない型の真っ赤な服に、先程の大剣。
その顔は精悍という言葉が相応しく、御堅いイメージを感じさせる。
何より、目を引いたのはその右眼。
額から顎に掛けて一直線に入った、まだ真新しい傷痕。
「…痛くないの…?」
その問に男は何故か自嘲下に笑うだけで何も答えない。
「…そこ、俺んち」
明かりの点っていない我が家を指差し、ティーダは視線を伏せた。






(続く)



(2002/03/18/高槻桂)

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