大きな足跡を辿る小さな足跡





翌朝、出発しようとしていた俺たちは現れたチョコボ・イーターと一戦を交えた。
何とかソイツをぶっ倒した俺たちは、オーナーであるリンさんの好意によってチョコボを貸してもらえた。
「それと、これを貴方に」
差し出されたのは、一冊の本。
「興味が有るようでしたので、もし宜しければどうぞ」
受け取ってぱらっとそれを捲ってみて、俺は驚いた。
アルベド語の教本だ。
確かにアルベド語には興味を持ってるけど、本当に貰っても良いのかな?
そう思ったのが顔に出たらしく、リンさんは「構いませんよ」と笑った。
「それは一番始めの巻ですが、宜しければ他の巻も揃えてみて下さい」
それでは、と一礼をしてチョコボの管理人と共に厩舎の方へ向かうリンさんの後姿を見送って、俺は手にした本を肩から提げた荷物袋の中に入れる。
後で読もうっと。
「何の本貰ったの?」
きょとんとして見上げてくるユウナの耳元に顔を寄せ、こそっと貰ったものを教える。
ワッカに聞かれたら怒りそうだし。
それを察したユウナも良かったね、ってだけ返して来た。
「それじゃあ、行こう、みんな」
ユウナの声に俺たちはそれぞれチョコボに跨り、残りの街道を突っ切っていった。




「通行止めだって…どうしよう」
ユウナの途惑った声に一同はユウナと同じくどうしたものかと思案する。
(?)
不意に額が疼き、ティーダはそれに導かれるように顔を上げ、振り向いた。
「あっ」
「え?」
その声に一同の視線はティーダに向かい、そして彼が見詰める先へと視線を移す。
「シーモア老師!」
ワッカが驚きの声を上げる。
シーモアは左右に従者を従え、ユウナ達の前で足を止めた。
「また、御会いできましたね、ユウナ殿」
何か御困りでも?と微笑むシーモアに、ユウナは事情を説明する。
「成る程」
シーモアは小さく頷くと、門兵の元へと向かって行く。
「さあ、どうぞ」
暫くして戻って来たシーモアは、事も無げに中へと一行を促した。
どうやら彼が話を付けてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます!」
ユウナが礼を述べると、彼は微笑んで踵を返した。
ティーダはじっとその後姿を見詰める。
背を向ける瞬間、ほんの一瞬、目が合った。
意識してなのか、偶然なのか。
それはわからなかったけれど、彼と視線が合った事が、何故か大きな事のように感じてしまう。
「えっらそうなヤツ」
誤魔化すように、愚痴を零してみる。
「偉そうじゃなくて、ほんとに偉いんだよ」
と、ワッカにどつかれた。
ティーダはワッカにどつかれた後頭部を撫でながら(実際は痛くも何とも無かったのだが)みんなの後に続く。
「スピラの各地より集いし勇敢なる討伐隊諸君」
討伐隊を激励するシーモアの声がここまで届いてくる。
「どういういうことだ、あれ」
それに真っ先に反応したのはやはりワッカだった。
「教えに背いているけど、みんなの気持ちは、本当だと思うな」
このミヘン・セッションに理解の色を示すユウナに、ワッカはルールーに援護を求める。
「視察じゃない?」
だが、返ってくるのは逸らかすような応えで。
「本人に聞いてみるんだな」
その上アーロンには畏れ多い事を言われたワッカは、再び近付いて来たシーモアを必要以上に緊張した態度で迎えた。
「やはりアーロン殿でしたか」
シーモアは相変わらずの微笑みでアーロンを見る。
「御会いできて光栄です。是非、御話を聞かせて下さい。この十年の事など…」
ちらり、と視線が意味ありげに流れた。
アーロンがそれを追うと、その先には物珍しげに辺りを見回しているティーダの姿。
途端、アーロンの視線が険しくなる。
「……俺はユウナのガードだ。そんな時間はない」
「それはそれは…」
険の篭もったアーロンの応えに、シーモアはくつりと笑った




どういうワケか、俺らもミヘン・セッションを見物する事になった。
あーやだな、こういうトコ。高いトコから自分達は安全に命令下すだけの場所。
ガッタみたいに勇み足になる気持ちもよく分からないけど、こういう場所も嫌いだ。
「久しいな、アーロン!十年振りか?」
……。
で?何このオッサン。
何でこんなにアーロンに馴れ馴れしいワケ?
そしたらルールーが教えてくれた。
四老師ねえ。典型的なお偉いさんって感じだな。腹黒そう。
しかも事もあろうに「どうせ失敗する作戦だ」とか抜かしやがった!
コイツもティーダ君のブラックリスト上位ランクイン決定。
しかもシーモアより上ね。
あームカツクムカツク。
おっと、そろそろ始まるのかな?
戦闘準備しておけって…つまり此所まで被害が及んだらお前らに任せるゾっつーことか。
あーあー何処まで行っても他人の力に頼るわけね、お偉いさんはさぁ。
そんなわけで、ミヘン・セッションは始まった。
「シン」の「コケラ」を攻撃して「シン」を呼ぶんだとさ。
こういう時のお決まり、知ってる?
「来るぞ」
アーロンの声に俺はフラタニティを構える。
そう、囮の脱走。
空気を裂く音と共に「コケラ」が落下して来た。
さあ、戦闘開始。


腕の防御がムカツクな、と思いながらも何とか倒して。
そしたら、とうとうヤツが来た。
ジョゼの湾内に、巨大な黒い影。


「シン」だ。


後はもう何が何やら。
「シン」が放った、暗く、真皓い光が辺り一面を包んで。


気付けば、海岸にいた。


多分、俺は崖側に立ってたから、飛ばされたんだと思う。
きっと身体の彼方此方に打撲を負ってる。体が痛い。
辺りを見回して、愕然とした。
倒れている人たちの殆どが、死んでいた。
所々で呻き声が聞えるけれど、少しずつそれも減っていった。
俺はただ、呆然とそれを見回していた。
初めてだった。
人が死ぬ所を見るのは始めてじゃない。
けれど、こんなに沢山の人が死ぬ所は、初めて見た。
本当は、少しでも生き延びれた人の手当てとかしなきゃならかったんだろうけど、この時の俺は目の前の現実にひたすら呆然としていて、それが思い付かなかった。
「…ガッタ!」
よろめく脚で歩きまわっていると、見知った姿を見つけた。
ガッタは生きていた。
「どうなってんだよ…おい…なあ…」
けど、俺の声も聞えないほどガッタは脅え、震えていた。
俺は遣り切れない思いで海を見ると、そこには俺たちに背を向け、海へ帰っていく「シン」の姿。
その、どうって事の無かったような姿が、一層憤りを沸き立たせる。
「お前何なんだよ!!」
俺は堪らなくなって叫び、駆け出した。
「皆さん下がって!召喚します!!」
ユウナの声が微かに聞える。
けど、俺はそれを言葉として理解できないほど、頭ン中はぐちゃぐちゃだった。
ただ「シン」を追う事。
それしか出来ないみたいに、俺は海へと飛び込んだ。
我武者羅に泳ぎながら、色んな事、考えていたと思う。
「シン」への怒りとか、ザナルカンドの事とか…オヤジの事とか。
考えている、って言うのとはちょっと違うと思うけど、とにかく頭ン中がそれでいっぱいだった。
もしかしたら、こんな事になっても俺はまだ、「シン」に触れればザナルカンドへ帰れるかもしれない、そう、思っていたのかもしれない。








(2002/07/02/高槻桂)

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