大きな足跡を辿る小さな足跡
ジョゼ寺院を出て幻光河へ向かう途中、ティーダたちはルカで出会ったあのエンケとビランに再び出くわした。 召喚士が消える。 イサールも言っていた。 でもまあアーロンの言う通り突然消えたりはしないだろ、と一同は思う。 「ま、ガードがしっかりしてれば大丈夫ってことだ」 「お!」 「言うわね」 そんなやり取りで固くなった場の雰囲気が和らぎかけた途端、アーロンの固い声がそれを遮った。 「ティーダ」 「何…あ!」 ゆっくりとこちらへ近付いてくる男に俺は声を上げた。 「アイツ…」 明らかにこちらを目指してやってくるのは、白の肩当てに漆黒のロングコートを纏い、腰より長い銀髪を風に揺らして歩く男。 本能的に危険だと悟ったのか、キマリがユウナを後ろへと庇う。 「知り合い、か?」 武器を構えるべきか迷うワッカに、ティーダは微かに苦笑する。 「…みたいなモン、ッスかね」 こつ、と彼の爪先が音を立てて止まる。 あと数歩も行けば手が届く所で彼は止まり、相変わらず意志の感じられない、けれど射るような無機質な眼でティーダを見ている。 「セトラの女よ、時は満ちた」 じっと俺を見て、そう言った。 ああそうか、この人は自分に話掛けているんじゃない。 自分の中のアリスに話し掛けているんだ。 そうティーダは理解した。 けれど、アリスが目を醒ます気配はない。 「我らはこの地へ舞い戻った。だが、奴が居ない。俺の力が弱ったのか、奴の力が変質したのか。気配が感じられない」 「ちょちょちょちょっと待った!!」 一人で語り始めた男をストップさせ、ティーダは彼の腕を引いてざかざかと側の森の中へと入っていく。 「悪いんだけどちょっとみんな待ってて!」 そう言い残してティーダは森の奥へと入っていった。 「…ここなら大丈夫だろ」 街道から僅かに見える程度の所まで来て漸くティーダは彼を解放した。 「で、あいつって…クラウド?」 ティーダの問いに、男はこくりと頷いた。 「この地は変わり過ぎた。ミッドガルも最早名前すら残っていない。俺は、何処へ行けば良い」 「…アリスには、アンタに会ったらアンタを連れてって欲しいって頼まれた。けど、俺はユウナのガードだから、アリスやアンタには悪いけど、やっぱ、連れてけない」 「何故だ」 「アンタが目立ち過ぎるから」 どう例えるべきかと思ったが、これが一番理に適っている気がする。 「……」 男は暫し沈黙すると、目立たなければ良いのだな、と勝手に納得する。 「手を」 「は?」 訝しみながらも素直に片手を差し出すと、彼はその手を取る。 「手がかりはお前だ。お前の居る所、いつか奴はやって来る。俺はお前に付いて行くと決めた」 「いや、だから…?!」 突然淡い光を放ち始めた男にティーダの抗議の声が止まる。 男の姿は見る間にその輪郭を崩し、光となってティーダの手の上に凝縮されていく。 「な、何スかこれ…!」 男の姿は完全に消え、ティーダの手に残ったのは黒いスフィア。 「……いや、変化?とかされても困るんスけど…」 だが、これなら荷物に紛れさせて連れて行く事は可能だ。 後でアリスに聞こう、そう結論づけてティーダは街道へと戻っていった。 「…アーロンさん」 ティーダと男が森の中へ消えていき、ユウナは傍らの男を振りかえる。 「ティーダは、何者なんでしょう?」 そう見上げると、男はつい、と視線を逸らした。 「何れ判る」 「……」 それでも納得し難い表情をしているユウナとその背後のガードたちに、アーロンは小さく溜息を吐く。 「…詳しい事は知らん」 じゃあ詳しくなくても良いから知ってるだけ教えろよ的な視線を無視し、そっぽを向いているとがさがさと派手な音を立ててティーダが戻って来た。 傍らにあの男の姿はない。 「アーロン、これ、貰っちゃったんスけど」 戻ってくるなり彼は手にした塊をアーロンに差し出した。 「黒いスフィア、か…?」 差し出されたそれを受け取り、日の光に翳してみる。 それは日の光を通さない程暗い闇色のスフィアだった。 通常、体力や魔力強化に使うスフィアは小さい。手の上で幾つか同時に転がせる程度の大きさだ。 だが、これは掌一杯ほどもある。 「…まあ、後で聞くんだな」 一通り見終わったそれをティーダの手に返し、アーロンは我関せずな態度を取る。 アーロンの言葉にティーダは「誰に?」とは返さなかった。 アリスに聞け、と暗に言われたのだと察したティーダは、こくりと頷き返した。 「…十年前…」 ふっとアンタが表情を和らげた。 「ああ、昔話?」 やめろよ。 話すなよ、そんな事。 いいよ、別に。 「ジェクトもここで、初めてシパーフを見た」 ほら、その顔。 なんで、アンタそんなに楽しそうなんだよ。 なんで、俺といる時より嬉しそうな顔してんだよ。 「そしてジェクトはそれ以来、酒をやめた」 俺が何度言ってもやめなかったのに。 何なんだよ、アンタも、オヤジも。 「スピラは十年経っても何も変わっていない」 楽しかった? ユウナの親父さんと、ウチのオヤジとの旅は。 「もっとも…ここは変わることを拒否している世界。そう簡単には変わらんだろうがな」 嘲るような、それでいて懐かしむような声音。 それ以上聴いているのが嫌で、俺はその場を離れた。 アーロンは、余りオヤジ達との事を話したがらない。 思い出すのもいやだとか、そんなんじゃなくて。 大切に、大切に心の奥に仕舞ってある。そんな感じで。 「……」 俺は、自分がアーロンに愛されてるって思ってた。 再会するまで、そう信じてたんだ。 けど、違ったのかな。 アーロンが見てたのは、俺じゃなくてオヤジ達との思い出だったのかな。 オヤジの頼みだから、俺みたいなガキ、面倒見てくれたのかな。 ずっと傍に居てくれたのも、オヤジの頼みだから仕方なくだったのかな。 キスも、セックスも、全部、俺が迫ったから仕方なく相手してくれてたのかな。 「…アーロンのバカ」 誤魔化すように呟いてみても、不安は勝手に大きくなっていく。 「う〜…」 あ〜、何か頭痛くなって来た。 「すっげー!」 が、そんな不機嫌もシパーフにのる頃にはころっと忘れてて。 「おおー!動いた動いたー!」 俺は初めて乗るシパーフに感激していた。 「立ち上るな。落ちるぞ」 アーロンの諌める声に上機嫌で応えを返して、俺は言われた通りに座る。 ゆっくりと河を進んでいくシパーフの上で俺は流れる川面を見詰めていた。 「おい、見てみろよ」 ワッカに促されて川底へと視線を凝らしてみる。 「街が沈んでる!」 しかも、ザナルカンドのような都市だ。 俺はワッカの説明を聞きながらじっとその沈んでしまった都市を見詰めていた。 こんな形ではあったけど、ザナルカンドに近いものを見つける事が出来た事が嬉しかった。 アーロンには期待しても無駄だといわれたけれど、こういうのを見てしまうとやっぱりこのスピラでのザナルカンドを早く見てみたくなる。 それにしても、ここに来てもワッカの機械嫌いは発揮されている。 ルールーの言う通り、機械を使う側の問題なのに、ワッカは全部アルベドが悪いって言う。 機械を使って戦争してたのは、アルベドだけじゃないのに。 ワッカはどうもそこんとこが固くて分かろうとしない。 「アルベドだ!」 とか何とか言ってる内に水中から現れたアルベド族の男がユウナを攫っていってしまった。 「ユウナ!」 俺とワッカは即座に河の中へと飛び込んでその後を追う。 思った以上に水中は広くて動き易い。 俺たちはユウナを捕えている機械へと追いつき、ユウナを取り戻した。 ブリッツ選手を舐めんなよってね。 「全く…アルベドの奴め!」 そしてシパーフの上へと戻ってくると同時にワッカのアルベド非難が再開する。 あーあーワッカさんワッカさん、ユウナも半分アルベド族の血を引いてるんで出来れば誹謗中傷は控えて欲しいなあ〜…ってワッカは知らないんだから無理ッスね。 「アルベドがどうとか、どうでも良いって。相手が誰だろうとユウナを守る。俺はそうするッスよ」 するとワッカは不満そうだったけど、何とか納得してくれたみたい。 ありがとう。 目が合ったユウナがそう口パクで言った。 心の中がふわりと暖かい感じがして、嬉しかった。 (2003/02/13/高槻桂) |