大きな足跡を辿る小さな足跡





シパーフを降り、ユウナ達が人々に囲まれている内に、俺は一人で幻光河に沿って歩いていた。
幻光河の、透明だけども不思議な色合いの水を眺めながらぶらぶらとしていると、辺に誰かが倒れているのが見えた。
慌てて駆け寄ると、女の子が一人、倒れている。
「死ん…でる?」
服装からしてアルベド族っぽい。
すると、突然倒れていた子が起き上がった。
あ、生きてた。
そう思ってる内に彼女は何と纏っていた服を脱ぎ始めてしまう。
「よい…しょっと」
防水加工がされていたのか、下に着ていた服は水に濡れていない。
「これを、こうして…」
少女は脱いだ服をくるくると丸め、小さくすると近くの茂みに隠してしまう。
「よしっと」
最後に掛けていたゴーグルを外し、腰に提げているポーチに仕舞った。
「あ!」
そこで漸く目の前の少女が誰であるか気付いた。
「リュック!!」
「あ〜死ぬかと思った…」
「リュック!無事だったんだな!元気だったか?」
「ぜんっぜん」
そこに至って俺はやっとリュックの表情に疲労の色が濃い事に気付いた。
「顔色悪いな。どうかしたのか?」
「キミにやられたの!」
「は?…あ!」
きょとんとした俺はすぐにその意味を理解した。
「さっきの機械!あの中に居たのか?!」
「めちゃめちゃ痛かった!ヒドイよね、もお…」
ユウナを攫っていったのは男だったからてっきりそいつだけだと思ってた。
ああそっか、あんだけデカイ機械だもんな。他に乗っててもおかしくないか。
いやそうじゃなくて。
「でもさあ!襲って来たそっちが悪いんじゃん!」
「これにはふっかい事情があるの!」
「事情?」
すると、リュックはうーん、と唸った。
「ちょーっと今は話せないんだけど、うん、訳ありなんだ」
「そっか。じゃあ、話せる時になったら話してくれよな?」
俺が問い詰めなかったのが嬉しかったのか、リュックはにっこりと笑って右手を上げた。
「了解!」
俺もそれに合わせて右手を上げ、ぱしんっと軽い音を立てて手を叩き合う。
そのまま合わさった手をぎゅっと握り合い、小さく笑いあった。
「それにしても、チイが無事で良かったよ」
「こっちこそ。あの後リュック達が無事だったのかずっと気になってたんだ」
「大丈夫だよ。ていうか、流される様なおマヌケさんはチイだけ〜!」
「へえ〜?そぉゆぅ事、言うんだ?」
「おーい!」
へへーんと笑うリュックに、関節技掛けたろかと思っていると、ワッカの呼び声が聞えて振り返った。


リュックが新たなガードとして仲間になった。
リュック曰く、「賑やか担当」という事で。
それにしても、ワッカが何も言わなかったのが驚いた。
あれだけアルベド族を嫌っているのに、アルベド族のリュックを見ても何も言わなかった。
まあ、何と無く静かだった旅も、明るくなりそうで俺は嬉しかったんだけど。
グアドサラムへの道程はまだ結構ある。この森を抜けると着くらしいけど…。
「来るぞ」
アーロンの声に皆の気が一気に張り詰める。
そして俺たちの右方向から…うわ。
「オチューだわ。厄介ね」
そう、現れたのは巨大な植物系モンスター。
毒が面倒、毒が。ていうか無駄に生命力あるから嫌い。
まあ、出遭ってしまったからには戦わない訳には行かないんだけど。
逃げても良いけど、追ってこられたら困るし。
『ティーダ』
(アリス?!)
戦いながら俺は頭の中に響いた声に微かに目を見開いた。
『黒いスフィア、あれを使って』
(あのデカイスフィア?!使うって?!)
『まず、あのスフィアを敵へ翳して』
俺はフラタニティを持ったまま後ろへ飛び退き、慌てて腰から提げたポーチを探る。
「ティーダ!何やってんだ!」
ワッカの声が聞えるけど、ごめん、無視。
「あった!」
俺はあの黒いスフィアを取り出して、これをどうするんだ、とアリスに問い掛ける。
『私の言う通りに唱えて。いくよ』
「…黒き星の欠片よ、我が声に従いて、その力、我が前に示せ!コメット!!」
唱え終ると同時に手の中のスフィアが暗い光を放ち、ドォン!と辺りに衝撃が走った。
「はいぃ?!」
目の前で起こった事が信じられないと言う様に、ティーダは目を丸くして目の前のオチューを見ている。
スフィアを見ていたティーダは気付かなかったが、唱え終ると同時に空から隕石が一つ、オチューを直撃していた。
隕石の直撃を受けたオチューは数回痙攣をした後、動かなくなってしまった。
「す、すっげえ…」
『ティーダ、それ、フラタニティの刀身にくっ付けてみて』
「へ?えっと、こう?」
未だ呆然とした余韻を残したまま、アリスに言われた通り刀身とスフィアをあてる。
「おお?」
すると、黒いスフィアはするっと刀身に吸い込まれるように溶け込んでしまった。一瞬フラタニティの刀身が漆黒に染まったが、それもすぐに消え、青く透き通る刀身に戻る。
「おおー!」
『これからコメットを使う時はフラタニティを翳せば大丈夫』
「おー!すっげえー!」
目を輝かせて喜んでいると、ちょいちょい、と肩を叩かれた。
「あのさ、チイ、大丈夫?」
「へ?」
リュックの怪訝そうな視線に我に返ってみると、他の面々もリュックと同じく怪訝そうだったり不思議そうだったり、若干一名呆れていたり。
「それにしてもすげえな、今の」
ワッカが場を修復しようとしてかのその言葉に、ティーダは「俺も驚いたッス」と苦笑を浮かべた。
「さっきのってスフィアだよね?あんなの始めて見たよ!どこで拾ったの?」
始めから拾ったと決め付けているリュックに、ティーダは「ちーがーう!」と否定する。
「拾ったんじゃないッス!貰ったんスよ!」
「へー!あんなスゴイの手放すなんて、勿体無い〜!しかもあげたのがチイだもんねえ〜」
「へ〜え?それはどーぉゆぅ事ッスか〜?」

「無駄口叩いてる暇があるならさっさと行くぞ」

幻光河の岸辺でのやり取りに戻りかけた二人を、アーロンはその一言で切り捨ててさっさと先へ行ってしまう。
「そりゃすんませんねー」
「ゴメンナサーイ」
二人揃って然程反省していない応えを返し、アーロンの後を追った。
「…あの二人、もうあんなに仲良くなってるわ」
「似たもの同士ってヤツか?」
「何だか羨ましいなあ…ね、キマリ」
「……」
ユウナの言葉にルールーとワッカが苦笑する。
「ほら、私たちも早く行かないと、置いていかれるわよ」
全く、誰の旅なのか分からなくなる。
三人は小さく笑いあい、先を行く三人の後を追った。



(それにしても、アリス、最近調子良いんスか?)
グアドサラムも後僅かと言う所で、ティーダはそういえばとアリスに問い掛ける。
『うん、私の力の源は、このスピラの大地だから。自然の多い所だと、私の力も、強まるの』
とは言っても話す時間が多少長くなるだけだけどね、とアリスは笑う。
『でも、気を付けて』
(?何をッスか?)
『キミにかけられている魔法の力が、どんどん強くなっていっている』
(どういう、事ッスか?)
『きっと、魔法を掛けた人へ、近付いていっているんだと思う』
(!じゃあ、グアドサラムに犯人がいるかもしれないって事ッスか?)
『その可能性は、高いと思うの。あ、もう、話していられないみたい…魔法の力が、強』
(アリス!)
途切れてしまった声は、ティーダの呼びかけに応えを返す事はなかった。
自分に何かを仕掛けた犯人が、グアドサラムにいるかもしれない。
ティーダはぎゅっと拳を握り締めると、目の前に広がるグアドサラムへの入り口を見上げた。



「こちらでお待ち下さい。私はシーモア様をお呼びしてまいりますので」
そう一礼してトワメルさんは広間の奥へ行ってしまった。
なんだかなあ。
気合入れてさあ行くぞ!とか思ってたら、何か、出迎えられた。
シーモアがユウナに話があるんだとさ。
「…警戒を怠るなよ」
果物を選り好みしているリュックを眺めながら、俺も何か食おうかと思っているとアーロンがそう言って来た。
まあ、確かにシーモアって何か企んでそうだし。
つか、あんたさ、エボンのどうたらっての信じてねえの?いやまあ信じてないだろうけどさ。
「ふっ…。俺もザナルカンド暮らしが長かったからな」
「あ〜あ」
アーロンの口からザナルカンドの事が出て、俺は嬉しくなった。
もし、アーロンが俺たちのいたザナルカンドの事を否定したら、俺は、独りになってしまう。
それだけは、嫌だし。
「このグアドサラムには寺院が無いでしょう?だから普通、召喚士たちは通り過ぎるだけなのよ」
アーロンの元を離れてルールーの元へ行くと、そう説明してくれた。
ルールーは、俺の言うザナルカンドの事を、自分が知らない事の一つなんだと割り切ってくれた。
真っ向から「そんなモンはない!」とか、「「シン」の毒気か…」とか言われるよりは、遥かに救われる。
すると、奥からトワメルさんが戻って来た。
「ふふふ…御客様を迎えるのは、楽しいものです」
こうして大勢を迎えるのは本当に久し振りらしくて、トワメルさんは嬉しそうに話し始めた。
シーモアのオヤジって、凄い人だったんだな。
「しかし我らには新たな指導者、シーモア様がおられる」
おおっと、今度はシーモアを称えるトークが始まった。
「それぐらいにしておけ、トワメル。あまり持ち上げられると居心地が悪い」
延々と続きそうだったトワメルさんの演説を打ち切ったのは、話題の当人、シーモアだった。
何度見ても凄い髪型だよな。
するとシーモアは俺たちを招き、天井からぶら下がっている紐を引っ張った。
「うわ…!」
一瞬、盥とかが落ちてきたらどうしようとか思ったけど、それ以上に驚いた。
広間が、一瞬にして星空に変わったのだ。
「これは異界を漂う死者の思念から再現した貴重なスフィア…」
シーモアの説明が終るや否や、新たなヴィジョンへと移り変わる。
それは、つい最近まで生活していた場所。
「ザナルカンド!」
「そう、ザナルカンド。およそ千年前の姿です」
次々に映し出されていく光景。
ああ、ここは南Bブロックだ。この近くに『ルビードール』があるんだ。
あっちへ行くとエイブス事務所が…。
懐かしい光景に、何とも言えない気分になる。
「繁栄を極めた機械仕掛けの街、ザナルカンド。彼女はここで暮らしました」
「彼女?」
「そう。ここからは、ある場所で発見されたスフィアです」
また光景が変わる。
そこはどこか部屋の一室で、一人の女の人が寝台に腰掛けていた。
あれ?この人、どっかで…?
「ユウナレスカ様!」
ユウナが驚きの声を上げる。
ユウナ、レスカ…?
「歴史上初めて「シン」を倒し、世界を救った御方です」
シーモアの解説も耳を掠めていくだけで、俺は食い入るようにユウナレスカと呼ばれた人を見詰めた。
何か物憂げに考え込んでいるその人。
何だろう、この既視感は…。
すると、ふとその人は何かに気付いたように顔を上げ、こちらを見た。
『あら、何をしているの?』
『姉様を撮ってるの』
ユウナレスカの問いかけに、幼い少年の声が答えた。姿は見えないけど、多分このスフィアを撮っている人物だと思う。
『ほら。父様に使い方、教えてもらったんだよ。ゼイオン様は?』
『ゼイオンならもうすぐ帰って来るわ。あ、ほら、来たわ』
すると、扉の向こうから一人の男が入って来た。
服は鎧みたいなのを着ててごついけど、顔は優しそうだ。
『二人とも、ただいま』
その人がユウナレスカとこのスフィアを撮っている相手へと笑いかけると、スフィアの画面が揺れながら彼へと近付いていった。
映し手が駆け寄ったんだろう。
『『おかえりなさい』』
『ゼイオン様、見て、俺、スフィアの使い方、覚えたんだよ』
スフィアの前を小さな腕がちらついた。
あれ?この声、どっかで…。
ゼイオンと呼ばれた男の人は、声の主と視線を合わせるように膝を付いて微笑む。
『おや、凄いじゃないか、』
ブツン。
そして映像は途切れた。
きっと、この後撮ってた子はゼイオンって人に抱き上げられたんだと思う。
なんでそう思ったのかはわかんないけど、何となく、そうなんだろうと思った。
どうしてだろう。
最初のザナルカンドの街並み。
懐かしくて、戻りたいと思った。
けど、さっきのユウナレスカとゼイオンのスフィア。
そっちも、凄く、懐かしくて、懐かしくて。
無性に、哀しくなった。
「?」
何となく視線を感じて振り返ってみると、アーロンと目が合った。
何スか?
そんな意を込めて視線を送ると、ふいっと逸らされてしまう。
何なんだ、あのオッサン。
まあ、いいか。



「何の為に留まっているのです」
広間を立ち去ろうとするアーロンの背に、シーモアは問い掛けた。それにつられてティーダも足を止め、二人を見る。
「……」
だが、何も言わない男にシーモアは内心で嗤った。
その答えを知っていて、そしてそれを彼が答えないと知っていて、わざと聞いた。
この先、この男は何より彼を愛しながらもそれを押し殺し続けるだろう。
(それが、彼を追い詰めるとも知らずに)
シーモアは微かに唇の端を歪めると、それを隠すように一礼をした。
「これは失礼。我々グアドは、異界の匂いに敏感なもので」
そのままアーロンの反応を見ず、シーモアは踵を返して広間の奥へと向かう。
(彼はもう、私の手中にある)
その唇は、邪悪な笑みを象っていた。








(2003/03/28/高槻桂)

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