大きな足跡を辿る小さな足跡
「俺とアンタ、今から友達」 初めて握った他人の手は、とても柔らかくて…暖かくて。 僕は、君の為に生きると決めた。 「ムスカ?」 訝しげな声にはっと視線を上げる。 「あ」 上げた視線の先ではきょとんとした少年の青い瞳。 何か言わなくては、と思うのに、口から漏れたのは短い音だけで。 「あっ、ごめん、ぼうっとしてたみたいだ」 漸く紡いだ言葉に苦笑を乗せると、彼はそう?と小首を傾げた。 「行こう?」 「うん」 差し出された手を取り、エボンドームの奥へと駆け出しながらどうして自分がここにいるのかを思い出した。 そうだ、エボン様が帰ってこられたのだ。 エボン様は三日前にベベルへと向かった。ベベルとザナルカンド合併の話し合いの為だ。 そう、今このスピラではベベルとザナルカンドを合併すべきか否か、それが一番の注目のニュースとなっている。 突然そんな案を出したベベルの評議会に途惑ったのはザナルカンドの民だけではなかった。 小さな村や町ならいざ知らず、何故このスピラ二大都市の合併を提案したのか、ベベルの民も疑問に思う所だ。 だが、ベベル評議会はそれを在り来たりな言葉で丸め込み、真意を見せようとはしない。 そんな中、開かれた両都市の会談。 真意の見えない巣窟へ向かうのは危険だと止めるものは多くいた。だが、エボンはそれをやんわりと押し留め、ベベルへと向かったのだ。 「父様!」 やがてその姿を現わしたザナルカンドの主を、僕の手を引く少年が呼んだ。 「ティーダ!」 少年の姿を認めた途端、彼はこの街の主から一人の父親へと変貌した。 「父様!!」 ティーダは僕の手を離し、両手を広げた父親へと飛び込んだ。 「おかえりなさい!父様!!」 「ただいま。寂しかったよ」 普通ここは「寂しかったかい?」と聞く場面である。が、彼の人は自他共に認める親馬鹿で。 「僕も寂しかった!」 「おいおい、俺には挨拶もなしかよ」 エボン様の隣りから掛かった声に、ティーダはこれまた嬉しそうな声を上げた。 「ミカちゃん!」 ミカと呼ばれた男は相変わらずのヨレヨレのモスグリーンのズアーブ・パンツに、腰の鎧以外はただの大きな布をシクラスの様に纏っているだけの格好だった。 彼はエボン様のガードであり、エボン様がベベルへ赴いている間も勿論エボン様と行動を共にしていたので、こちらも三日振りの再会だ。 「ミカちゃんもおかえり!」 ティーダがエボン様の腕の中から今度は男の方へと方向転換を… 「駄目」 …方向転換をしようとしたティーダをがしっと抱きしめて止めたのは紛れも無くエボン様で。 「私は三日振りのティーダを堪能しきってない。だからミカはもう少し待ちなさい」 表情はきりっとしてても、体は必死に息子を抱き留めているんじゃあ威厳がありませんよ、エボン様。 「父様は寂しがりだから」 ティーダが再びエボン様に擦り寄ると、エボン様は嬉しそうに目を細める。 「やれやれ、だな」 ミカ様は苦笑して痒くもないだろう項をぼりぼりと掻いた。 「ミカちゃん!」 そして漸く解放されたティーダがミカ様に飛び付く。 「おっティーダ、放っとかれて寂しかったぞ〜!」 腕の中に飛び込んで来たティーダをがばーっと抱きしめて頬擦りし始めるミカ様。 ミカ様も十分ティーダを溺愛していると思う。 きゃあきゃあとティーダが楽しそうな声を上げる。エボン様も、ミカ様も嬉しそうに笑っている。 「さあ、そろそろユウナレスカ達も戻ってくるだろう。みんなでお茶にしよう」 エボン様の声に、ならば僕は自室に帰ろうかと思う。 折角の家族+ミカ様の団欒を邪魔しても悪いし。 「ムスカ」 不意にエボン様に声を掛けられ、応えと共に視線を上げた。 「はい」 視線の先には、穏かな笑みを浮かべたエボン様が僕を見下ろしていて。 「行こうか」 不意を付かれた、というのだろうか。 僕は咄嗟に言葉が出なくて、ただただ彼を見上げてしまっていた。 「えっと…」 御一緒しても良いのだろうか。 言葉を捜して視線をさ迷わせると、ミカ様と視線がぶつかった。 先程まで騒いでいた彼は、やはり穏かな笑みを浮かべて僕を見ている。 「ムスカ」 「!」 ミカ様の元を離れ、ティーダは僕の手を取った。 「どうしたの?行こう」 「でも…」 一家の場に、僕がいても良いのだろうか。 そう告げると、彼はきょとんとして首を傾げた。 「ムスカも家族だよ?」 何を今更、と言わんばかりの表情で彼は僕の手を引いた。 「行こ」 ドームの最奥、彼等の居住区へと導かれながら僕は後ろを振り返った。 エボン様とミカ様がゆったりと僕たちの後を付いて来る。 ミカ様が「行け」と言う様に軽く顎をしゃくった。 前に向き直ると、僕の手を引く少年の、茶の混じった濃い金髪が揺れている。 ああ、お父さん、お母さん、僕は… 「ティーダ」 「うん?」 僕は今、幸せです。 「ありがとう」 (2003/05/21/高槻桂) |