大きな足跡を辿る小さな足跡






「なら、僕がキミのガードになるよ」

キミを守る事、それが僕の幸せなのだから。




「このままだと戦争になるな」
窓枠に腰掛けたミカがそう呟くように切り出した。
「…恐らく」
肱掛椅子にゆったりと身を任せているエボンも、まるで夢現のような声音で返す。
「まあ、すぐにはならないだろうけれど…もう二年もしない内に戦争になるだろうね」
「二年?」
あの血気盛んなベベルの高官が二年も抑えられるだろうか。
「抑えてみせるさ。ユウナレスカはともかく、あの子は誰かに守ってもらわなければならない」
あの子、と示すのが誰であるか、ミカには良く分かっていた。
「…だから従召喚の修行を始めさせたのか」
「本当なら、もう少し大きくなってから選ばせてあげたかったんだが…もう、時間が無い」
戦争になれば、自分達は街の為に動かなくてはならない。
特に自分達はこの街の中心だ。あの子まで目が行かないだろう。
「せめて、あの子が自分で自分の身を守れるようになるまでは、戦争は回避させなければ」
勿論、その後なら戦争になって良いって訳じゃあないけれど。
彼はそこまで告げて、一つ溜息を吐いた。
「ああ、何故私は大召喚士だなんてものになってしまったんだろう」
「何だ突然」
「考えてもご覧よ。私はこの通り家族の事しか頭に無いんだけれどね。なのに皆は私をこの街の主だと言う」
子供の様に唇を尖らせてそう言う彼に、ミカは喉の奥で低く笑った。
「じゃあ、何になりたかったんだ?」
すると、彼はきょとんとしてミカを見た。
「私が?何に、かい?」
彼は暫く天井を見上げて考え込んでいたが、ふと「ああ、そうだね」と視線を落した。
「もし人生を一からやり直せるのなら、君の様に生きてみるのも良いかもしれないね」
今度はミカがきょとんとする番だった。
「俺?」
「あ、ブリッツ選手になるのもいいかもしれない。あれだけ大きなプールの中で思い切り泳いだら気持ち良いだろうね。あとは君の様に邪魔だ邪魔だと言いながらも結局切るのが面倒だからと髪を伸ばしてみたり、ある程度伸びたら一つに括ってざくっと切り落としてみたり」
「オイ」
「あとは刺青とかしてみたいよね、腕とか胸元とかに。髭とかも生やしてみたいなあ」
次から次へと今の彼とは掛け離れた案を出していくエボンに、ミカは苦笑した。
「まるで不良に憧れる優等生だな」
そう笑うと、彼は真面目な表情で「君も召喚士になってみれば分かるよ」と告げる。
「こんなズルズルした格好しているのなんて召喚士とドームの人間だけだよ。街の人達はあんなに身軽な格好しているって言うのに。もうドームの中と外では別世界だよ。ああ、そうするとやっぱり服も君の様に身軽が良いよね。知ってるかい?召喚士の纏う式服って全部で子供一人分以上の重さがあるんだよ。肩も凝るはずだよね」
でもまあ、と彼は微かに笑った。
「だからと言って実際に「なら人生やり直してみるかい?」と聞かれたら私はノーと答えるけれどね」
そういう君はどうなんだい?
エボンの問いかけに、ミカは軽く肩を竦めてみせた。
「俺もやり直したいとは思わねえな」




「ティーダ、従召喚士の修行を始めたって本当?」
どこか控え目な雰囲気をした黒髪の少女は、じっとティーダを見詰めた。
「うん、この前から始めたんだ。結構面白いよ?」
すると、少女は胸の前で指をもじもじとさせながら「じゃあ、私もやってみたい」と消え入りそうな声で告げる。
「ラグのお姉さん達も召喚士だったね」
ムスカの言葉に、ラグはこくりと頷いた。
「お姉ちゃん達はもう少し大きくなってからの方が良いって言うの。でもムスカは私たちと同じくらいなのにもう立派な召喚士でしょう?それに、ティーダも従召喚士の修行を始めたのに、私だけ、その…」
次第に小さくなっていく声に、ティーダは「大丈夫だって」と笑った。
「ラグだって凄い召喚士になれるよ!」
「ティーダは召喚士になるの?」
従召喚士としての修行を受けているものでも召喚士にならない者も多い。
才能の面もあれば、召喚士にならずドームの管理職になる者、それぞれで、従召喚士としての修行を始めたからといってイコール召喚士になるとは限らない。
「うん、俺も召喚士になる。召喚士になって、父様や姉様、ムスカ達と一緒にこの街を守るよ」
「なら、僕がキミのガードになるよ」
ムスカの言葉に、ティーダだけでなくラグも驚いて彼を見る。
「でも、ムスカも召喚士じゃん」
召喚士がガードを必要とするのは、召喚士が召喚を行なう際、それを邪魔をさせない為と、肉弾戦に向いていない召喚士を守る為の存在だ。
その召喚士がガードになった所で、ガードの意味が無い。
だが、ムスカは微かに首を横に振った。
「召喚士がガードになってはいけないなんて決められてないよ。僕は確かに非力だ。だけど、キミが召喚士になる為の修行するのなら、僕はキミのガードに相応しくなれる様、鍛えるよ。だから、キミが召喚士になれたら、僕をガードにして欲しい」
ティーダはムスカの顔を穴が空くほど見詰めたが、やがてにこっと笑って「わかった」と告げた。
「じゃあ、俺も召喚士の修行と同時に強くなるよ。で、俺がムスカのガードになる。そうすればムスカが召喚する時は、俺がムスカを守るよ」
その申し出に今度はムスカが驚きに眼を見張った。
「ティーダ…」
そして、ムスカは本当に嬉しそうに微笑む。
「ありがとう…」
すると、ラグが「ずるい」と唇を尖らせた。
「二人だけでずるい。私もティーダたちと一緒に戦いたい」
ティーダとムスカは顔を見合わせ、小さく笑った後、「もちろん!」と少女に手を差し伸べた。






(2003/06/11/高槻桂)

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