大きな足跡を辿る小さな足跡
彼女と知り合ったのは、ムスカと出会うより前の事だった。 その日、ティーダはいつもの様にドームの中をうろついていた。 ティーダにとってこの、父の名を冠したエボン・ドームは自分の庭のようなものだ。彼しか知らない抜け道もいくつかある。 時折その抜け道を通ってドームの外にも行ったりするのだが、勝手に外の街へと出掛けると父が泣き出すので最近は大人しくドームの敷地内だけで彼は遊んでいた。 今日はお気に入りの大樹の上でドームの人達でも眺めていようかとその木の元へ行き、そして首を傾げた。 「あれ?」 木の上、一番太い枝の上に先客が居る。 陰になって良く見えないが、少なくともティーダから見る所の「大人」の枠組みに入る大きさだ。 (誰だろう?) 遠くの景色を眺めているのか、ティーダの存在には気付いていない様だ。 ティーダはお構い無しに幹に手足を掛け、軽々とその大木を登っていった。 「?」 そこで漸く相手が気付き、こちらを見下ろした。 ティーダの方も相手の顔が分かるくらいまで近付いている。 「…お姉さん、誰?」 先客は、見慣れない女性だった。 まだ少女を抜けたばかりだろう彼女は栗色の髪を腰まで垂らし、項の辺りからビーズで作られた髪飾りが何本も胸元へと垂れている。 服装もこのドームの人々が纏っている式服ではなく、外の街にありそうな青を基調とした露出の高い服を纏っている。 「こんにちは、ティーダ様。私はレン」 彼女はティーダより明るい青の瞳でにっこりと笑いかけて来た。 「レン?どうして俺の名前知ってるの?」 「エボン様の御子息だもの。みんな知ってるわ」 ティーダはふーん?と首を傾げてレンを見る。 「レンはどうしてここにいるの?お祈りに来たの?」 「今日は定期報告に来たの」 テイキホウコク。その単語にティーダは目をぱちくりとさせた。 「…レンって召喚士なの?」 召喚士には二種類ある。 一つは、主にこのドームに届けられた魔物退治などの依頼をこなす者。 もう一つが、自由に各地を回り、その場で依頼を受けたりする者。 後者は定期的にドームを訪れ、何かあればそれを報告する事になっている。 ティーダの年の離れた姉、ユウナレスカもこれに当たる。 「ええ。今年で三年目になるわ」 「へえ〜。普段は何してんの?」 後者の召喚士は何か副業を持っている事が多い。 するとレンは「歌を歌っているの」と答えた。 「歌?」 「そう。歌を歌って、それをみんなに聴いてもらう仕事」 「聴きたい!どんなの?」 表情を輝かせて歌をせがむティーダに、レンはくすくすと笑った。 「ここで?」 「ここで!」 ティーダは枝の上で座り直し、聴く体勢に入っている。 レンは「じゃあ、少しだけね」と告げて歌い始めた。 「父様!」 息を切らせて駆け寄ってくる息子を受け止め、エボンはそのきらきらとした表情に首を傾げた。 「何か良い事があったみたいだね?」 「あのね、僕、今日友達が出来たんだよ!」 息子の言葉にエボンははて、と内心で首を傾げた。 このドームに訪れる子供はみな修行する為で、現に今もその最中だ。ティーダと遊ぶ時間が合ったとは思えない。 「それは良かったね。なんていう名前だい?」 そんな思いを欠片も見せずにそう聞くと、ティーダはそれを聞いて欲しかったかのように飛び跳ねた。 「あのね、レンっていうの!凄く歌が上手いんだよ!」 レン、そして歌が上手い、そう聞いてエボンはティーダの「友達」が誰だか察した。 「あの歌姫かい?」 「歌姫?」 「歌をみんなに聴いてもらうお仕事をしている女の人の事だよ」 「うん、そう!」 「彼女は何か言ってたかい?」 父親の言葉に、ティーダは首を傾げたが、すぐにまた「うん」と頷いた。 「また一緒に遊ぼうって。僕、歌を教えてもらうの!」 その嬉しそうな表情に、自然エボンの表情も弛む。 あの歌姫なら大丈夫だろう。エボンはそう思いながら息子の頭を撫でた。 「そう。それは良かったね」 「うん!」 ティーダには姉とは他に、従兄がいる。 彼はユウナレスカほどではないが、やはりティーダより遥かに年上で、ブリッツの選手だ。 スタジアムもこの敷地内に在るが、彼は街に自宅を持ち、そこで毎日を過ごしている。 けれどこの幼い従弟に会う為、彼はこうして頻繁にエボンの居住を訪れている。 「その歌、レンの歌だよな?」 ティーダの部屋で寛いでいた彼は、ティーダの口ずさむそれに反応した。 「レンを知ってるの?」 ティーダの問いかけに、彼は「知ってるも何も」と返した。 「街じゃ人気の歌姫だぜ」 お前、知らずに歌ってたのか。 そう告げられ、ティーダは「そうなの?」と首を傾げた。 「おう。ただ最近どの街や村にも姿を見せないんだよな〜」 するとティーダは再び「そうなの?」と首を傾げた。 「レンなら毎日ドームに来てるよ?」 「は?!」 ティーダは窓から覗く太陽の位置を見ると、従兄の腕を引いて駆け出した。 「来て」 「は?え?」 彼は引っ張られるままドームへ向かわされ、その庭園の片隅へと連れてこられた。 「何なん…」 「レン!」 ティーダの呼びかけに、木の根本で本を読んでいた女性が顔を上げた。 「ティーダ、早かったのね。…そちらの方は?」 「俺の「いとこ」のシューイン!…シューイン?」 レンを見詰めたまま呆けているシューインに、ティーダがその腕を叩くと彼は漸く我に返った。 「…レ、レン?本物?」 レンはそんな反応に馴れているのか、軽く肩を竦めて「そうよ」と苦笑した。 「レンはね、俺に歌を教えてくれてるんだよ」 「マジで?!俺も一緒して良い?!」 「えー?」 ティーダが不満の声を上げた。 別にシューインが嫌いな訳ではないが、折角の「友達」を取られてしまう様な気がしたのだ。 「じゃあ俺がブリッツ教えてやるから!」 ブリッツ、の一言にティーダの瞳が輝いた。 「本当に?!」 「マジ!超マジ!」 途端、ティーダははしゃいで「約束だよ!」と指切りをした。 「つーことで、良い?」 シューインがレンにお伺いを立てると、彼女は二人のやり取りが可笑しかったのか、くすくすと笑いながらそれを了承した。 (2003/06/11/高槻桂) |