大きな足跡を辿る小さな足跡




ティーダが廃港に居る頃、アーロンは街を歩いていた。
大剣は悪目立ちするのでティーダの部屋に隠させてもらった。服も汚れが酷かったので彼の父親、つまりジェクトの服を借りていた。
ティーダが箪笥の中から引き出して来たその服に、あいつもマトモな服を持っていたのだな、と妙な所で感心してしまった。
(さて、どうするか…)
この世界の人間でない自分が部屋を借りる事など可能なのだろうか。
『こっち…』
「?」
ふっと子供の声が耳を掠め、アーロンは立ち止まる。
『こっちだよ…』
声のする方へ視線を巡らせると、そこにはティーダくらいの少年が立っていた。
「お前は…」
その口元しか見えぬほど目深に被った紫のフード、半透明の体。
誰もその少年を目に留める事は適わず、何も知らずにその体を突き抜けて歩いていく。
けれど、アーロンはその少年に見覚えがあった。
『こっちへ…』
ひらり、と身を翻して少年は人々をすり抜けて駆け出し、アーロンはそれを追った。
忘れる筈も無い。
(あれは…)
「シン」となったジェクトに乗ってこのザナルカンドへ飛ばされる時、シンの中で会った少年。

――あの子を、守ってあげて…

バハムートの、祈り子。
「待っ…」
暫くその後を追った後、少年を見失ったアーロンはちっと舌打ちをする。
「おや、あんた」
丁度目の前の店から出て来た初老の男がアーロンを見て声をかけてきた。
「あんたじゃろう?ジェクト様の御友人ってのは」
「?!」
何故この老人がそんな事を知っているのかと目を見開く。
「一年くらい前にジェクト様から頼まれておったんですわ。物件を貸してやれと」
どういう事だと言葉を失っていると、老人から少し離れた所にあの少年が立っていた。
『これくらいの操作しかできないけど』
そう僅かに微笑んで少年は再び姿を消した。
「そういう事か…」
「はい?如何なされましたか?」
「いや、何でもない。話を伺おう」
不動産屋の主人である老人とアーロンは連れ立って店内へと入っていった。



廃港からの帰り、アーロンを見掛けた。声をかけると相変わらずの仏頂面でティーダを見下ろしてくる。
「ねえ、どうだった?」
「Dブロックの1822−302と言う場所を借りた」
アーロンの返答に、ティーダは「へえ」と幾分か明るい声をだす。
何か良い事でもあったのだろう、少年は幾ばかりか上機嫌のようだ。
その顔に泣いた様な跡が見受けられたのが気にはなったが。
「ウチのすぐ近くじゃん」
ウチはDの1811だもん、とティーダは両手を頭の後ろで手を組んだ。
「今日はどうするの」
「もう部屋の鍵は貰ってきた」
「ふぅん、じゃああの剣、持ってってよ」
「そのつもりだ」
ふと手を伸ばしてティーダの頬に触れようとしたが、ぱしん、と軽い音を立てて小さな手に撥ね退けられた。
「…何?」
先程とは打って変わって敵意に満ちた視線で見上げられる。
問えば答えるし話し掛けても来る。それでもそれとアーロンを信用しているかどうかとは別物の様だ。
「…瞼が微かに腫れている」
泣いたのか、と言外に告げられ、ティーダはさっと目元を朱に染めた。
「泣いてなんかない!」
「泣き虫だとジェクトがよく言っていた」
言ってから更に強まる敵意にアーロンは迂闊だったと気付く。
この子の前で彼の父親の話は禁句だったではないか。
「…すまない」
「…父さんの話、もうしないなら許してあげる」
信用はされていない、けれど子供が自ら妥協点を提示してくるという事は多少なりとも好感は持たれているらしい。
「わかった」
「じゃあ仕方ないから許してあげる」
つん、と澄ました様にアーロンを見上げた。







(続く)



(2002/03/27/高槻桂)

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