ヒューシード
「ああ!!」 マカラーニャの森の中、少年の叫び声が響き、一同の手がびくりと止まる。 「ど、どうかした?」 「…食事くらい静かに出来んのか」 叫んだ主のすぐ隣りに腰を据えていたアーロンが睨みを利かせるが、睨まれた方はそれ所ではないらしい。泣きそうな表情でアーロンを見返してくる。 「種飲んじまった!!」 食べ掛けの木の実をそのままに、ティーダはどうしよう、と情けない声を出した。 「……種を飲んだからどうだと言うんだ」 この場に居る一同の意見を代弁するアーロンにティーダは「どうもこうもないって!」と喚く。 「だって昔スイカの種飲んじまった時、オヤジが「明日になるとお前の血ぃ吸って臍からスイカの樹がにょきにょき生えてくるぞ」って!!」 「………は?」 俺死んじゃう!と真剣に頭を抱えるティーダにアーロンは間の抜けた声を出す。 「どうしよう!今から吐き出せば大丈夫かな?!もしかしてもう手後れっすか?!」 「……落ち着け、ティーダ。スイカは樹に生るのか?」 「……あ?」 「第一、そんな危険な物を売り出すと思っているのか?」 「……じゃあ…」 「どうせジェクトがお前をからかったんだろう」 ぷっと笑いを吹き出すリュックとワッカ。ユウナとルールーも口元を抑えている。 「………」 ぽけっとアーロンを見詰めるティーダ。今彼の頭の中ではその時の記憶がリプレイされていた。 種を飲んでしまい、あのにやつき顔で父親がそう言い、自分が泣きながら部屋にかけ戻り。 その後を追う様に聞えてくる父親の笑い声。 あの時は、父の笑いは自分が明日死ぬからザマアミロとでも思っているのだろうと思っていたのだが。 「あ、あ、」 単に悪戯が成功して爆笑していただけだったのだ。 「あんの、クソ、オヤ、ジーー!!!」 事実に漸く気付いたティーダはがばぁっと頭を抱えて仰け反る。 「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでとは…」 「バカってゆーなーー!!!」 あからさまな溜息を吐くアーロンとそれに食って掛かるティーダ。 そんな二人を爆笑と忍び笑いが包んだ。 「あーーーーー!!!!!」 翌朝、一行は昨夜と同じく響き渡ったティーダの叫び声で叩き起こされる羽目になった。 「……今度は何よ…」 ルールーが不機嫌な声と共に草のベッドから起き上がる。 只でさえ野宿で体が軋み、眠りが浅いというのにこんな予定より遥かに早い時刻に起こされたのでは不機嫌になるなという方が無理という物だ。 だが、一同が起き上がって辺りを見回しても当のティーダの姿はない。 「…ティーダ?」 寝ぼけ眼のユウナが跳ねた髪を手櫛で直しながら辺りを見回すと、ばたばたと騒がしい足音が聞えて来た。 「アーロンの嘘吐き!!!」 ざしゃあっと僅かに砂煙を立てて立ち止まったティーダは開口一声そう叫んだ。 何がだと一同がティーダへと視線をやり、ぴしりと固まった。 「なんか生えてきたぁーー!!!」 涙目でそう訴えるティーダ。 そう、確かに生えていた。 ちょこんと双葉の芽が生えているではないか。 頭のてっぺんに。 「………」 ユウナ御一向はマカラーニャの森の某所にて緊急会議を開いていた。 取り巻く空気は張り詰めて…いるわけではなく、どこか妙な雰囲気だった。 「…で、どうするのよ」 長い沈黙を破ったのはルールーだ。 「どうって…だって…プッ…」 ちらっとティーダへ視線を向けたリュックが笑いに吹き出す。 「リュック〜…人事だと思って〜!」 「あっはっは!ゴ、ゴメンゴメン!」 謝りながらもそれでも笑うリュックにティーダがむくれる。 だが、周りは一向にそれらを咎める気配はない。 何故ならリュックの気持ちが痛いほどわかるからだ。 「そりゃ確かに俺だって他人事だったら笑ってるだろうけどさぁ!」 そうぶつつくティーダ。その頭のてっぺんにはちょこんと小さな双葉が、小さいながらも存分にその存在をアピールしている。 「それにしたって何で俺だけなんだよ!リュックやユウナもルーナの実食ってたじゃん!」 昨夜ティーダが口にしたそれはルーナと言う木の実だ。一般的に食用とされている物で、森の中には案外これが生えている。それらは一様に赤い実で、歯ごたえや味も林檎に近い。 確かにそれらは一本の樹から採ったものだったのだが、異常を訴えるのはティーダだけで。 「どうするっつってもなぁ…」 ワッカが苦笑して呟く。 この芽、抜こうにも抜けず、切るにも切れないのだ。 「痛覚があるってのが問題だよな」 そう、試しに引っ張ってみた所、ちょっと引っ張っただけでティーダは痛みに喚き出した。 ならばせめて見えない様に切ってしまえば、と思ったが、指先で弾いただけで宿主が騒ぎ、これも没。 「脳神経に根を下ろしていると考えても良いと思うわ」 もうこうなると専門外ね、と匙を投げたのはルールー。 「ま、キャラクター度がアップして良かったって思えば良いって!」 「そうそう」 気楽に笑い飛ばすワッカとリュック。 「えっと…メイチェンさん、何か知らない、かな?」 ぽそっとそう呟いたユウナに一同の視線が集まる。 「あ、そっか!あのじっちゃんなら何か知ってそうだよね!」 ぽんっとリュックが手を叩く。 そうなると善は急げ。 一向は立ち上ると旅行公司目指して歩き出した。 (続く) (2002/03/25/高槻桂) |