ヒューシード




「おやまあ」
マカラーニャ湖手前に位地する旅行公司に滞在していたメイチェンは、ティーダの頭を見るなりそう声を上げた。
「旅の人、ヒューシードを召し上がってしまわれた様ですな」
「爺さん、何か知ってんのか?!その、えーっと…シーフード?」
「ヒューシード」
「あ、そうそう、ヒューシードってやつなのか?これ!」
ティーダが詰め寄ると、メイチェンは「まあまあ」と宥めに掛かる。
「この目で見るのは始めてですが、確かにヒューシードでしょうな。人に寄生する植物はそれくらいなもんですからの」
「ねえじっちゃん、それってどういうのなの?」
リュックの問いに、メイチェンはうーん、と首を傾げる。
「正直な話、良く分かっておらんのですわ。何せ滅多に生らないものでなぁ」
「あの、ルーナの実とは違うんですか?」
「それが謎なんじゃよ。ヒューシードは樹に生る。じゃが、ヒューシードの樹は存在しないのです。他の果実に混じって極稀に生まれるのです。ルーナの樹ならルーナの実と同じに。ランドリの樹ならランドリの実と同じに」
「擬態か」
アーロンの声にメイチェンは深く頷く。
「そう。何故そんな現象が起こるのか、それもわからんのです。けれどもヒューシードはそうやって生り、誰も口にしなければそのまま朽ち果て、誰かが口にすれば寄生し、成長する。これまでにほんの何人かが口にし、発芽したのじゃが、その後どうなったかは誰も知らん」
「はあ?!何でだよ!前例があるんだろ?!」
「当人が失踪してしまうからじゃ」
メイチェンの、穏かだがそれでいて淡々とした言葉に一同の視線がティーダに向かう。
ティーダはその視線に気付けれないほど困惑していた。
「失踪って、どういうことだよ」
「ヒューシードがそうさせているのでしょうな。ある日突然居なくなるそうじゃ。何せこの長い歴史の中で、ヒューシードが確認されたのはたったの七名。わしらの様な学者でなければ知らないような実ですからな。予めそれを予測し逃さぬ様、またはその後を追うなどと、偶然出ていく所に鉢合わせない限り、無理な話ですな」
「じゃあ、引っこ抜いたりとかってできねえのか?」
ワッカが後方でそう声を上げると、メイチェンは「なりませぬ」、と首を振った。
「無理に抜こうとした所、その者は精神障害を起こし、後に廃人となったそうな。切っても同じ事。その激痛に耐えられず、ショック死したそうな」
そう言い終え、しんとしてしまった室内に、ごほんとメイチェンが咳払いを落す。
「これはわしの考えですが、語っても宜しいですかな?」
「…ああ…」
「では。えーこのヒューシード。植物と分類されておりますが、実は幻光虫なのではないかと睨んでおるんです。歪んだ魂が幻光虫を纏い、変化と実態化したものがモンスターならば、これは植物に幻光虫が宿ったものではないか、と。何せ生態系の枠を外れておりますからな。何処からヒューシードがその樹に宿り、実を生すのか。どうやって胃から脳へと移動するのか。他にも疑問は尽きませぬが、そう考えると幻光虫が何らかの形で、と考えるのが一番近い様に思えるのですわ」
まあ何にせよ、そっとしておくのが一番ですな。
年老いた緑の学者はそう頷いた。



「あ〜あ、俺って運が良いのか悪いのか…って悪いんだろうなぁ」
メイチェンの話を聞き終った一同は、中途半端に重い空気を引き摺って食堂へ来ていた。
「でもさ、医学書に名を残せるんじゃないかな〜?そう思えばラッキーってことで!」
ダメ?と可愛いこぶりっこするリュックに、「そーっすね」とどうでもよさげな返答を返しながらティーダは小魚のから揚げを齧る。
「フードのある服で良かったッス。隠せるのがせめてもの救いっつーか…すいません、エビピラフ追加!」
「…ちょっと、どれだけ食べる気よ。それ、四皿目でしょう?」
ルールーのウンザリしたような視線にティーダはだって、と唇を尖らす。
「なんか知んねーけど、すっげー腹減ってんだって」
「ヒューシードのせい、なのかな?」
「そうとしか思えないわね」
どちらかと言うとティーダは男にしては小食だ。
だから肉が付かないのだとワッカに言われていたが、これはさすがに食べ過ぎである。
「お待たせしました、エビピラフになります」
「どーも」
早速出されたエビピラフをかつかつと食べ始めたその姿に、リュックの苦笑が投げかけられる。
「見てるこっちが胸焼けするよねぇ」
紅茶を飲み干したカップをソーサーに戻し、リュックは席を立つ。
「んじゃ、私は部屋行ってるね〜。御馳走様〜」
「私も失礼するわ」
リュックと共にルールーが席を立ち、それを皮切りにキマリ、ワッカと席を立つ。
「えっと、じゃあ私も部屋戻ってるね。あ、ゆっくり食べてよ。それじゃ」
「おう」
そう微笑んでユウナも食堂を去り、既に残り少なくなったエビピラフをかき込むティーダと、それを呆れ半分な視線で見守るアーロンだけが残った。
「はい、御馳走様っと」
スプーンを置き、グラスの水を飲み干す。
「んーと、腹八分目ってトコ?」
「…まだ足りないのかお前は」
やれやれと溜息を吐いたアーロンに、だって、とティーダが拗ねたような声を上げる。
「まあいい。部屋へ引き上げるぞ」
「りょーかいっす」
がたりと席を立つアーロンに続き、ティーダも腰を上げた。
今回も部屋割りは女性三人で一部屋、ワッカとキマリで一部屋、そしてアーロンとティーダで一部屋という、いつの間にか定着してしまった振り分けだった。
「はーぁ、やっぱフード被ったままって居心地悪かったっす」
部屋に着くなりそう言って被っていたフードを下ろす。
「おい」
「なんすか?」
「成長しているぞ」
顎でそう示され、一瞬何の事かと考え込んだティーダは、次の瞬間備付の鏡へと視線を転じた。
「げっ!」
言われた通り、最初の双葉は落ち、変わって新たな葉が現れている。
「うっわー…マジかよ…」
「明日が楽しみだな」
全く持って楽しそうじゃない表情と口調で言われても。
ティーダは泣き寝入りしたい気分になった。






(続く)



(2002/03/25/高槻桂)

戻る