ヒューシード
朝早く目を覚ましたティーダを迎えたのは、強い喉の渇きだった。 (……喉乾いたッス) むくりと起き上がって隣りのベッドへ視線を向けると、その上ではアーロンがこちらに背を向けて未だ眠りに就いている。 長い間共に暮らしていたティーダにとって彼の寝顔は珍しい物では無かったが、己がこんな時間、漸く空が白み始めた頃に起きるのは初めてで。しかも気分は寝ぼけた物では無く、すっきりとしたものだった。 彼は物珍しげにその窓から差し込む青白い光を眺めていたが、それも数秒と経たぬままに喉の渇きに思考を支配され、ティーダはベッドを降りた。 「…うーん…」 三杯目の水で漸く満たされた渇きに一息を吐き、ティーダは鏡の前で唸った。 視線は鏡に映った己の頭上。 (育ってるし……) 昨夜寝る前には初めの葉が漸く落ちたばかりだったというのに、今や幼子の掌くらいの大きさをした樹がちょこん、と生えている。 まるで設計模型の樹を一本頭の上に乗せているようだ。間抜けな事に変わりは無い。 「うあ〜……」 こうなるともううめき声か苦笑のどちらかぐらいしか出てこない。 「落ち込むっすね、コレ…」 相変わらず抜ける様子の見えないそれを眺めながらそう呟き、何の気無しに視線を窓へ向ける。 「………」 不意に、外へ行きたくなった。 ちらっとアーロンを伺うと、規則正しい寝息が微かに聞えてくる。 (ちょっとだけ出てみようかな) ティーダは上着を羽織り、フードを被って頭上のミニチュア樹を隠すとそっと部屋を抜け出した。 パタン、と扉が閉じられると同時にアーロンは身を起こした。 掛けてあった赤の上着を手早く羽織ると、先に部屋を抜け出した少年の忍び足とは違い、完全にその気配を絶って部屋を出ていく。 何も知らないティーダはキィ、と微かな音を立てて扉を潜り、冷たい空気と朝焼けの中へと踏み出した。 その後姿が森を目指しているのが分かり、暫くしてからアーロンも扉を潜ってその後を付けていく。 こんな早い時間に目覚めたのが嬉しいのか、前を行くティーダの足取りは軽い。 朝日のお陰でいつもとは違って見えるのだろう、きょろきょろと辺りを見回しながら森の中へと入っていく。 暫く歩くと、やがて周りの木々より一回りほど太い樹の前で立ち止まり、ティーダはその樹に向かって嬉しそうに笑い掛けた。 そしてその根元に腰を下ろし、こてんと横になってしまう。 「……」 それを暫く木陰で伺っていたアーロンは、ティーダが寝息を立て始めたのを機に、少年の前にその姿を現わした。 既に眠りの世界へと旅立ったティーダがそれに気付く筈も無く、あどけない寝顔の縁は白いフードに覆われ、葉と葉の間から差し込む柔らかな光に照らされている。 アーロンはその隣りに腰を据え、フードの隙間から零れ落ちる金の髪にそっと触れた。 「…ん……」 指の感触が擽ったかったのか、ぴくりとティーダの瞼が揺れる。 けれど、起きる気配はない。 「……ティーダ」 小さく呼び掛けてみても、応えは微かな寝息だけで。 「…俺の傍に居ろ……」 切なる呟きは木々のざわめきに掻き消され、少年に届く事はなかった。 「ホントに食べないの?」 食堂に来てからもう何度目かの問いに、ティーダは苦笑した。 「うん、何か、駄目なんっすよね」 「昨日あんなに食べたからかな?」 「んー、でもそれ以外なら食べられるんすけどねえ」 それぞれが朝食を摂る中、ティーダ一人がそれを眺めている。 「でも、突然猫舌になるなんて、初めて聞くよ?」 やっぱヒューシードの所為なのかな?とリュックはサラダを突付きながら言う。 「そうだと思うっすけど…」 「見事に成長してるもんね、ソレ」 今朝になってぱったりとティーダは暖かいものが口に出来ないようになっていた。 食べ物自体余り喉を通らないらしく、先程から水ばかり飲んでいる。 「それで、今日はどうするの?」 朝食を食べ終え、コーヒーのカップを手にしたルールーがユウナを見る。 「うーん…ヒューシードの事も気になるし、もう一日滞在しちゃ駄目かな?」 ユウナが伺うようにアーロンを見ると、「構わん」と短い応えが返って来た。 「ありがとうございます。じゃあ、今日はこの辺りのモンスターを集めようと思うんだけど、君は大丈夫?」 「大丈夫っす!」 「じゃあ、食後の休憩も兼ねて、一刻後に集合に決定!」 「うーん…?」 幾ばかの戦闘を終える頃、ティーダは首を傾げて肩を回したり首を振ったりとしていた。 「どうしたの?」 きょとんとして見てくるリュックに、ティーダはもう一度うーん、と唸る。 「なんか、体が鈍ってるっつーか、ギシギシするっす」 「変な寝相して寝てたんじゃないの?」 リュックの言葉に、そう言えばと今朝の事を思い出す。 「あ、今朝外で寝てたから…」 「は?!なんで外で寝てんの?」 「えーっと…」 ティーダが今朝の事を掻い摘んで説明すると、リュックは納得したように頷いた。 「あー、確かに夜明けぐらいの時って気持ちイイからね〜」 でも爆睡するのはどうかと思うよ、と言うリュックにティーダは苦笑する。 「そう。だからアーロンに説教されたっす」 眼が覚めると傍らに何故かアーロンが座っており、驚きの声を上げると彼は呆れていた。 確かにモンスターの出るような森で一人爆睡するなど、馬鹿者としか言い様が無い。 「そりゃそうだよ…ってあれ?チイ、ちょっとフード取ってみてよ」 「は?何でっすか?」 ヒューシードが生えてから、ティーダはフードを被っている。 樹の丈の分、膨らんでいて多少間抜けな感じではあったが、曝して歩くよりはマシだったのだが。 「あ、膨らみが無くなってる」 リュックの隣りに居たユウナも同じ事を思ったらしく、そう指摘する。 「えっ!!」 ティーダは慌ててフードを取ってぺたっと頭に手をやった。 「あ!マジ!!あれ?……砂?」 指摘された通り、それは無くなっていた。だが、代わりにざらっと砂の様なものが手に触れ、ティーダはそれを摘んで目の前に持ってくる。 「…樹の残骸っぽいねえ」 「そっすね…」 ティーダは木片を細かく砕いたようなそれをぱたぱたと払い落とし、リュックが樹の生えていた辺りをチェックする。 「樹の生えてた穴とか跡とか、全く無いよ。良かったね!」 「っしゃー!!」 これでフード被っての生活はおさらばだ!と喜ぶティーダ。 「でも、もう一度メイチェンさんに意見を伺った方が良いわね」 「うん、じゃあ今日の夜にでも聞いてみよう」 今は取り敢えずモンスター集めに専念しよう、と結論付け、一向は雪道を巡っていった。 (続く) (2002/04/01/高槻桂) |