ヒューシード




「おや、第二段階に入ったようですな」
宿屋に帰って来た一行を迎えたメイチェンが告げた言葉は、ティーダを脱力させるには十分だった。
「第二段階ー?!」
「まあまあ、頭に樹が生えてるよりマシだって!ね?!」
何じゃそりゃ!と頭を抱えるティーダにリュックの慰めになっていない言葉が掛けられる。
「旅の方、これからが正念場ですぞ。記録によれば、患者が失踪するのはこの時期の様ですからな。樹が崩れ、二、三日もする頃には失踪してしまうそうじゃ」
「それなら飛空挺に戻った方が良くないかな?」
リュックの言葉に一同の視線が集まる。
「だってさ、飛空挺だったらドアロック掛かるし」
「あ、そうだね!あの、もし宜しければメイチェンさんも如何ですか?」
色々教えて欲しい事もあるし、と伺うユウナに、メイチェンは大きく頷いた。
「わしの知識がお役に立つのでしたら、喜んでお邪魔させて頂きましょう」



異変は、早くも始まっていた。

戻った一行を乗せて飛空挺は大空をゆっくりと駆けている。
一向は談話室で会話に花を咲かせ、または己が武器の手入れをしながら、次の目的地までの時間をのんびりと過ごしていた。メイチェンはメイチェンで、飛空挺の構造などをシドと話している。
「……何か、やだ」
今までぼうっと上の空だったティーダがぽつ、と呟いた。
「どうかした?」
「何か…落ち着かないっす…」
呟きに気付いたユウナの声に、ティーダは己の首筋に手を当てて弱々しく呟く。
「お、ろして…」
「え?」
「降ろしてくれ、ここから早く降ろしてくれ!」
悲鳴の様なティーダの声に、漸く他の仲間たちもティーダの異変に気付いた。
「ティーダ?真っ青だよ?大丈夫?」
「良いから降ろしてくれよ!駄目なら自分で降りるっ!!」
心配そうに覗き込むユウナを押し退け、ティーダは窓辺へ駆け寄る。
飛空挺の窓は分厚いガラスが嵌め込まれ、開ける事はできない。
「ティーダ!」
けれど、ティーダは近くにあった椅子を掴むと、それでガラスを叩き割ろうと勢い良く振り上げた。
「ティーダ!!」
「!」
談話室を震わせるほどの厳しい低音がティーダの動きを止める。
「落ち着け」
青の瞳を見開いて固まっているティーダの手からアーロンは椅子を奪い、見下ろした。
「……ッ……」
くしゃりと顔が哀しげに歪み、見開かれた瞳には見る間に涙が浮き上がってくる。
「…ロン、アーロン…!」
お願いだから俺を降ろして、と目の前の紅衣にしがみ付いて訴える。
「何か、わかんないけど、駄目なんだ。離れていくのが哀しくて、居ても立っても居られないんだっ…!」
「何が離れていくんだ?」
崩れ落ちるティーダを受け止めて膝を付き、涙の溢れる瞳を覗き込む。
「大地が、遠いっ…それが凄く哀しくて、土の匂いが恋しくて、アタマ、どうかなりそうなくらい恋しくて…!」
「ティーダ…」
ぼろぼろと涙を零して訴える子に、掛けてやる言葉を持たない自分をアーロンは内心で舌打ちしてティーダをきつく抱きしめた。
「これを持っていなされ」
そんな二人の横からぬっと小さな花の鉢植えを差し出したのは、先程までシドの元に居た筈のメイチェンだった。
「え…鉢植え…?」
「事情はリュック殿から聞きました。土が恋しいなら、恐らくこれで多少は和らぐでしょう」
戸惑いと涙で濡れた顔でメイチェンを見上げ、そっととアーロンの腕の中から鉢植えを受け取る。
「ぁ…結構、治まった」
「それは良かった」
髭を揺らして笑う老学者に、ティーダは涙を拭い、微かに笑ってありがとう、と告げた。
「いいえ、いつも話を最後まで聞いてくれるほんのお礼ですじゃ」
「今高度落して着地準備に入ったから、もうすぐ外に行けるよ!」
メイチェンを呼びに行った時にシドに頼んでおいたのだろう。そう言ってティーダを励まそうとするリュックにもありがとう、と礼を述べる。
「みんなも、驚かせてゴメン」
落ち着きを取り戻したティーダに、一同はほっと安堵の息を吐く。
「全くだわ」
「ホント、驚いたぜ」
そう言いながらも笑ってくれる仲間たちにもう一度謝って、アーロンを見上げる。
「心配かけて、ゴメン」
「何時まで経っても、お前には手を焼かされる」
腕の中の子に対してか、己に対してか。アーロンは苦い溜息を落した。



「これ、返すよ」
そう言って、ティーダは飛空挺から降りる準備をしているリュックに鉢植えを差し出した。
「どうしたの?それ、チイにあげるって言わかなったっけ?」
「でも、これシドさんのだろ?」
ティーダの言葉にあれ、とリュックが声を上げる。
「アタシ、オヤジの部屋から取ってきたって言ったっけ?」
「いや、その、この花が…」
そこで言葉を区切り、手の中の小さな鉢植えを見下ろした。
控え目な大きさの葉と、仄かな温かさと優しさを滲み出す小さな生成色の花。
「この花、シドさんの事、すっげえ好きみたいなんだ。だから、引き離すの可哀相でさ」
「へーえ!そんな事もわかるんだー!凄いねえ〜」
純粋に感心しているリュックに曖昧な笑みを返すと、リュックに鉢植えを渡す。
「シドさんに、大切にしてあげてって伝えて欲しいっす」
「了解!」
リュックは受け取った鉢植えを大事そうに抱え、ぱたぱたとブリッジへ走っていった。
「……」
それまで二人のやり取りを見守っていたアーロンがすっとティーダの前に立つ。
「アーロン?」
じっと見下ろしてくる視線に、ティーダがきょとんと見詰め返した。
「……大丈夫っすよ?」
何となく、その視線の意味合いを察したティーダがそう笑うと、アーロンは手を伸ばし、ティーダの頬に手を添える。
「まだ少し赤いな」
先程まで泣きじゃくっていた瞼は腫れはしなかったものの、瞳は微かな赤味を帯びていた。
その言葉にティーダは気恥ずかしくなってへへっと笑って誤魔化す。
「カッコ悪いっすね」
「いや…そそるものがある」
ここが部屋だったら押し倒すのだが、と真面目腐って言う男の肩をばしっと叩いて喚く。
「アーロンのエロオヤジ!!!」
あーあ。顔真っ赤。





(続く)



(2002/04/05/高槻桂)

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